エウアンゲリオン

新約聖書研究は四福音書と使徒言行録が完了しました。
新たに、ショート・メッセージで信仰を育み励ましを具えます。

2013-05-21 | ルカによる福音書
 さてこうして「そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、言われた」(ルカ24:45-46)と描かれています。「聖書」は「書かれたもの」といういつもの言い方です。ところが新共同訳は「心の目」などという発明をしました。前代未聞のような気がするのですが、「目」などという単語はどこにも見られません。「開く」だから目だろうと錯覚に囚われたのでしょうか。心だって開かれてよいでしょう。何もわざわざ目にしなくてもよかったのに、と思います。また、この「心」もギリシア語における「理性」の語が使われています。理解する知性を指し、そのようにして思い描かれた考えを意味することもあります。「心」という日本語は実に広い意味を含んでおり、知的なものから感情、また倫理など、あらゆる精神活動を表現することができます。ところが英語でもそうですが、その機能により区別した語が用いられるのが通常です。ここでは、明らかに知的な精神活動を指しています。それから、この文末にある不定詞を目的として見るのも一案ですが、結果として受け取ることもできます。つまり、彼らの理性を開き、聖書を理解させた、という文脈として読むのです。ただ、ここで弟子たちがそれを成し遂げたかどうかという点については、まだ保留しておくべきだと思われますから、理解できた、というふうにしてしまうことはやはり慎重でなければなりません。
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