風に吹かれても!雨にうたれても!

桜田淳子さんの幸せを願うとともに、良き70年代の心を少しでも残したいと思います。

セーラー服と機関銃~桜田淳子さんの思いは

2012-12-31 19:30:00 | 日記
1982年の紅白歌合戦のことだった。

その年は、『セーラー服と機関銃』が、映画、歌共に大ヒットだった。
薬師丸ひろ子さんも大人気だった。

しかし、この年の紅白歌合戦で『セーラー服と機関銃』を歌ったのは、桜田淳子さんだった。

なぜ、この曲を淳子さんなんだというのは、番組の前から言われていたことを思い出す。
大半は、薬師丸ひろ子さんのファンサイドからのものだった。

NHKも対応に追われ、窮余の一策が、あの黒柳徹子さんの訳のわからないコメントになってしまったという曰く付きの歌唱だ。しかも引退した山口百恵さんまで引き合いに出して。曲アナの山川さんなんかコメント中いなくなっている。

本当に、
『責任者出て来い!!』
といいたくなる。
今だに爆笑問題のネタにされる始末だ。それはそれで嬉しいけれど。


桜田淳子 セーラ服と機関銃


異論はあると思う。『窓』を歌って欲しいともいえるし、『リップスティック』もいい。
それでも、この歌だったことに意味を認めたい。

淳子さんは、何を思い、何を感じたのだろうか。

あくまで、一ファン目線であるが、女優としてアイドルに臨む覚悟のステージだったように思う。
すでに淳子さん的には、アイドルではないことを宣言する格好の舞台ではなかったか。
過去を知るファンとしては、残念かもしれないが。
しかし、過去にこだわらない、そんな彼女の潔さを見るような思いがする。

歌唱も良かった。演出もなかなかだった。
ただ、上着を脱がされる時、微かによろめいたのは、わずかに気にかかるくらいだ。

この頃は、癖の少ない綺麗な歌唱の印象だったが、この歌は、誰はばかることなく、地声に近かった印象を持つ。
太めで声量があり、デヒュー前の声に近かったように思う。

この声を僕達に残して、歌手桜田淳子は、翌年名曲『眉月夜』を発表して歌手を卒業し、次のステージに向かった。それは、本来彼女がいるべき演劇の世界だったのだろう。

今年の紅白歌合戦を見ながら思う。

淳子さんは、紅白が似合う花のある歌手の一人であったことを。


追伸、貴重な動画のUP主様に感謝します。

声の手紙~桜田淳子、そして今思うこと

2012-12-31 11:00:00 | 日記
1970年のTBSドラマで、紀比呂子さん主演『アテンションプリーズ』という人気ドラマがありました。

英語の苦手な主人公が、鬼教官の厳しい訓練に耐え、国際線のスチュワーデスになるというサクセスストーリーです。

そこに流れる精神は、この年代の価値観ともいえる、根性、向上心、優しさ、連帯感、思いやりなど、人間(日本人)の『美しい心』だと思います。

また、スチュワーデスという職業が、非常に魅力的に描かれており、女の子の憧れでした。

70年は淳子さん少6の時です。
目を輝かせながら、夢みる気持ちで翌年中学に進学したことでしょう。

淳子さんは、入学後、すぐに卓球部に入りましたが、 将来の夢として、スチュワーデスになりたかったいうのは、『アテンションプリーズ』と同じ道です。

卓球部を辞めた理由は、私的には、運動神経とかではなく、遠近感がとりにくい視力のせいかな、と理解した方が残念ながらすんなりします。ご本人は否定するでしょうが。

そして、行動力のある淳子さんは、友達と演劇部を作ります。これが運命の分かれ道だったと思います。

淳子さんは、運命に導かれ運命を切り開いて、芸能界に飛び込みました。


中2で単身上京した可憐な夢見る乙女の精神は、逆境にもまけない強いものであったと思います。

上京に際し、彼女に当てられた友人の痛烈な批判こそが彼女の宝だと述懐しています。

淳子さんの最新メッセージは、この事を彼女らしく丁寧に語るものです。

桜田淳子さんから最新の声を


そして上京する彼女を上野駅に迎えにいった、チーフマネージャーの福田さんの率直なメッセージも心を打ちます。

阿久悠さんが淳子さんの心を読み、淳子さんが、表現した歌は、紛れもなく、70年代の精神そのものでした。

その彼女が『わざとらしい』と言われ始めたのは、時代感覚の変わり目だったのかもしれません。

デビュー前から変わらず純真な彼女と、進みゆく価値観の相克は、時の流れと共に、大きくなったというのが、しっくりします。

『声の手紙』の“変わらない”ということは、そういうことなのでしょう。

変わることのない淳子さん、変わってしまった時代、複雑な問題があり、解きほぐすのは時の経過だけなのだと思います。


しかし、今の時代の方向性が正しいと思う人は少ないと思います。

むしろ、方向性がなくなったと感じている人が大半でしょう。

価値観が多様化した状態から、価値観が失われた感すらあります。

社会全体のコンセンサスが取れていないように思います。


今、NPO法人カタリバの活動が注目されています。
大学生が、高校にいき、先輩として、同じ目線で相談に乗るというものです。

昔なら、先輩に教えられることは日常でした。優しさは屈折していましたが・・・。

僕らが、70年代共有した価値観は、学校、家庭、社会、そしてメディア、表現方法は違えど、本質は、変わらなかったと思います。

これまで、不透明な世相でも、芸能が果たす役割は大きかったはずです

今年を失われた20年の最後の年にして、来年こそ希望を持てる国になって欲しいと思います。

そして、アイデンティティを失わず、信じ続けることの希少性、貫くことの美しさを、桜田淳子という生き方を通じて感じていたいと思います。

しかし、この日本の立ち位置を考えるとき、統一協会という宗教の枠組みを超えている存在を許容することはできないことも事実ですが、同時に、そこには苦しみながらも信じる一般の純粋な信者がいることも事実です。

淳子さんが、人に語れない教義の矛盾を知りつつ、歌や講演を通じてそうした人の慰めになっているであろうこと想像に難くなく、時の経過ととともに、統一協会から、韓国色が取り払われ政財界に関わることなく宗教の枠内に浄化されるとともに、社会としてもより成熟し思想信条が矛盾なく受け入れられる社会になることを祈るのみです。

追伸:動画のUP主様、引用した記事のUP主様に感謝します。

あの頃の僕は~そして桜田淳子さん

2012-12-28 14:37:38 | 日記
74年秋、私は中3で部活も引退し、高校受験に備えていました。
夜中に起きて、深夜放送を聞くのが日課だったのを覚えています。

オールナイトニッポンなどは良く聞いていました。拓郎、鶴光、あのねのね、などなど、楽しい番組でした。

特にイルカさんが記憶に残っています。

74年秋から、深夜3時枠の第二部からスタートでしたが、最初は、おばさんのようなダミ声だったのが印象的です。

しかし、そのうち、レコードがかかり、聴いてみて、声の魅力に引き込まれてしまいました。

ソロデビューの『あの頃の僕は』は特に好きな歌でした。

「あの頃の僕は」イルカさん



歌詞が素晴らしい。味わうに値すると思います。

さすが、伊勢正三さんの手になるものだと今更ながら思わせます。

この曲は、失恋の思い出を歌った青春のフォークソングです。

叙情的な詩とその爽やかなメロディーラインが織りなす風景は、ラジオを通してリスナーに響いてきます。
こころに残る可愛い一作です。

それを、イルカさんが清々と歌い上げるサビの部分で、心が洗われます。
~~~~~
君はもう
この古いアルバムの中の
想い出の女として
小さな灰皿の中で燃えてゆくのです
~~~~~

名曲です。

もう一つ、この曲で、私の女性像がつくられたような気がするのです。

この曲は、青春時代の失恋の歌ですが、失恋原因は『君の気まぐれを許せなかった』ということだけです。
それ以上は何も語っていません。
些細な行き違いだったのでしょう。

しかし、これだけは言えることは、
『君』も『僕』も一途だったことです。
一途な人は、相手にも一途であることを求めます。
この『一途な思い』こそが失恋原因だったと思います。

この頃、桜田淳子さんが『花占い』をリリースをし、思春期の少女を歌い上げます。『花』に託されたのは、やはり少女の一途な思いでした。

淳子さんの一途な思いゆえの不幸な結末は、この曲のサビの部分と重なります。

70年代の圧倒的多数の淳子ファンにとって、『あの頃の僕は』のサビの

『この古いアルバムの中の
想い出の女として
小さな灰皿の中で燃えてゆくのです』

というのは、今更ながら考えさせられます。

淳子さんが残してくれたもの、それは当時青春を過ごしたものの心の本棚ににしまい込まれたものでした。

デビューして40年を迎えようとしている今、その本棚が開かれようとしているような気がします。
当時の立会人の一人欽ちゃんの記事は、当時をゆがめることなく伝えるものです。

どうか、時代の風があるのならば、正しい方向を示してくれることを望みます。


追伸:この記事は、2012年8月24日の記事を加筆しています。
動画・記事のUP主様に感謝します。



桜田淳子 歌唱の本質に迫る

2012-12-16 13:04:08 | 日記
淳子さんの歌唱の二回目を書こうと思う。
まずは、次の動画を。



夜のヒットスタジオでのオープニングメドレーは、持ち歌の歌手を頭に入れて聴くと実に興味深い。

1,港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ  『もう戻れない』 のとき
(印象)せりふの部分だけだが、『花物語』と比べて、洗練された言い回しとともに、言葉の明瞭さが際立つ。それとともに、ストレートな表現の最後のときだ。

2.どうぞこのまま   
『しあわせ芝居』のとき
(印象)この時期になってくると、発音に技巧が入ってきている。
『今の二人に与えられた』の『た』が少しずつ口を広げ、フェイドインして、次のフレーズを予感させるようになる。
   
3.気絶するほど悩ましい  
『しあわせ芝居』のとき
(印象)淳子節でさらっと歌い上げてくれる。しあわせ芝居の大ヒットとともに、自信が声量にいい効果を与えているように思う。
歌唱的には安定していると思う。低音のさばき方も聞きやすくなったが、『あたなは』の『は』が消え入るところが、残念だ。男の楽曲になると、低音がもう一歩な感じは否めない。

4.長崎は今日も雨だった  
『しあわせ芝居』のとき
(印象)2回目の挑戦となる。今回は、出だしでつまづく。キーがあわなかったのかでおくれたのか。
前回の挑戦で、息継ぎをミスしたのを概ね克服した。曲の難易度を考えるとうまくこなしたと思う。『愛の言葉を』の『を』の口のあけ方が以前より横に広げる感じで技巧を感じる。

5.わたしの青い鳥     
『追いかけてヨコハマ』のとき
(印象)新人のときより、楽しげに聞こえる。そして、声が立っている。

6.渚のシンドバット    
『追いかけてヨコハマ』のとき
(印象)こういうテンポのある曲は、相変わらずうまい。

7.母に捧げるバラード   
『リップスティック』のとき
(印象)『教えてくれた』の『た』であがる所は、唐突で、正直余り好きではない。リップスティックの歌い方そのものだと思う。

8.あいあい傘       
『リップスティック』のとき
(印象)目を閉じて聞いていると、『あなたのすべて』を歌っていたときの歌唱法で歌ってくれているのがわかる。伊豆にいって、浮世を忘れ、童心に返った影響かなと思う。

9.嫁に来ないか      
『冬色の街』のとき
(印象)新沼健二といい、千昌夫といい、東北出身の気心の知れた人の曲を歌いなれた気がして、まっすぐな感情が自然に入って非常に心地よい。

10.星影のワルツ      
『サンタモニカの風』のとき
(印象)2回目の挑戦だが、満点な歌唱だと言っていいと思う、最後に、『どうだ』といわんばかりの表情がいい。

11.花放浪         
『サンタモニカの風』のとき
(印象)相変わらず、中高音の響きはすばらしいと思う。この音が淳子さんの歌唱の魅力だと信じてやまない。

12.愛の園         
『MISS KISS』のとき
(印象)歌唱的には、非常に安定期にあって聞きやすい。この時期に楽曲に恵まれたらと思うばかりだ。

13.恋のサバイバル     
『LADY』のとき
(印象)布施明の決して易しい歌ではないのだが、うまくリズムに乗り、声量も十分。声質も素直だと思う。『LADY』のときの歌唱とは思えない。
転換点となったと思われるこの時期の歌唱については、後ほど考察を加えたいと思う。

14.アメリカ橋       
『美しい夏』のとき
(印象)歌手から、女優への脱皮が見え隠れする。と同時に、心の揺れが感じられる。百恵さんの結婚の影響が素直に感じられる。歌唱としては、淳子節は封印されてしまったような気がする。

15.MISS KISS   
『美しい夏』のとき
(印象)努めて明るく歌う淳子さんを思わずにはいられない。歌唱的には、くせがない。
他の人が、淳子さんの物まねをしているような気さえする。


2回に分けて、考えてきたが、アイドル期は、まっすぐな歌唱、中期は技巧的な歌唱、そして、転換点は、『LADY』ではないかと思う。

この歌唱については、この記事を参照してもらいたい。

 『70年代アイドル 桜田淳子 LADY』

どう、思うだろうか。
この記事を裏付けるのが、『恋のサバイバル』の歌唱だと思う。

できるのにやらない。あえて、アイドル桜田淳子に挑戦した。それが『LADY』だと思う。

たしかに、淳子さんの歌唱に横槍が入りだしたのは、この頃だったように思う。

百恵さんの交際宣言から、結婚までのマスコミによる引退セレモニーが、それに輪をかけたように思う。
それは、様々な女性像を歌いあげ、結婚までのサクセスストリーの最終章が演出された。百恵さんは、女性の時代幕開けのヒロインだったかもしれない。

そして、淳子さんの過小評価がスタートした。評価はあくまで相対的なものなのだから。片方を持ち上げるには、片方を下げるのが最も効果的なのだろう。

しかし、その陰で、淳子さんは、『正統派アイドル』から歌手としての王道を探し始める。
その決別が、『LADY』なのだろう。
そして、『美しい夏』に向かい、歌手桜田淳子を示したのが、1980年5月の『博品館ライブ』私小説なのだ。すばらしい出来栄えだと思う。

彼女がアイドルの正統派でなかったなら、もう少し広く歌手活動していたら、と思うと残念でならない。
そして、彼女のライブでのMCは、僕らの心を打つ。切ないまでに。

桜田淳子 オープニングメドレーに思うー歌唱編その1

2012-12-03 14:47:08 | 日記
桜田淳子 オープニングメドレーに思うー歌唱編

『桜田淳子は歌が下手だといわれているが、実は、うまいのではないか』ということをよく聞く。

これは、一般的な評価なのだろうか。

佐良直美さんが、第25回紅白歌合戦で、初めて紅白のステージに向かう淳子さんをこう言って送り出している。
『歌の方でも大いに伸びるようにがんばってくださいね。』と。
『じゃ 高1トリオの皆さん。お願いします。』
『今年成長が期待されております。桜田淳子さん、黄色いリボン』

佐良さんは、60年代デビューで、歌のうまさは定評がある。
たぶん、ポップスでは1、2位を争うのではないかと思う。
と同時に、後輩への思いやりがあり、正直な一人だと思う。
だから、当時毎年のように紅白歌合戦の司会を務めたのだと思う。

第25回の紅白歌合戦でのコメントは十分練られているはずで、台本どおりのコメントだろう。

それでも、当時、淳子さんへのコメントは、聞きようによっては違和感がある。
淳子ファンなら、余り好ましく思うかもしれない。

当時は、正直、早く歌ってくれよ。
という思いだけで、特別気にしていなかったように思う。

しかし、最近のように低い評価がされるようだと気になる紹介のしかたである。

佐良さんの正直な人柄だけに、改めてこのコメントを聞くと、避けて通れない。

YouTubeに面白い動画が投稿されている。
『夜のヒットスタジオ』のオープニングメドレーがそれだ。

桜田淳子 オープニングメドレー・コレクション(1974.04~1977.06)


この動画を視て思うことがある。
持ち歌のメドレーだと、先入観に左右される。
こなれた歌だと、そつなく歌うのは当たり前だ。

淳子さんの歌唱を判断するには、他の歌手の持ち歌を即興でどう歌うのかが一番わかりやすいと思う。

紹介された曲目、歌手、淳子さんの歌唱時期は次のとおりだ。

1恋の雪別れ   小柳ルミ子 
 三色すみれの頃

(印象)伸びやかな高音で、見事に歌いきる。正直、こんな声が出せたんだと今更ながら驚いた。
ルミ子さんが歌うと柔らかな高音でポップスなのだが、淳子さんはコブシがまわったような高音で演歌のようにしか聞こえない。
女性の変声期の影響があるのだろう。

2恋は燃えている  欧陽菲菲
 ひとり歩きの頃

(印象)曲に乗っている。声は、この当時の歌声そのままで歌っている。
アイドルとしての淳子さんはこの声を守ってきたように思う。
それは、前作の大ヒットより少し声を丸くしたように感じ、優しい歌声になってきたように思うのだが。
ただ、欧陽菲菲のような情熱的な歌い方ではない。

3星影のワルツ   千 昌夫
 17の夏の頃

(印象)淳子さんにとっては非常に歌いなれた曲のようで、そつなく歌っている。
もっとも、この曲は、あまりにも有名で、日本人ならだれでも口ずさんだのではないかと思う。
たぶん『上を向いて歩こう』と同じくらいに。
特徴としては、マイクに頼らない歌声になっているということだろう。
1970年代の代表的歌手 尾崎紀代彦さんのようにマイクを離して歌う歌い方が非常に印象に残る。この当時、マイクを離して歌うことは声量があることの証明だった(たぶん今でもそうなのだろうが)。
この時期、歌い込み、腹筋などを鍛え、腹から声をだせるようになったのではないかと思う。さびの部分の『しかたがないんだ君のため』というところは、そつがない。
ただ、男性の歌なので、やはり低音に不満が残る。

4あなただけでいい 沢田研二
 天使のくちびるの頃

(印象)この歌のときの、口のあけ方がいい。
意識したわけではないだろうが『天使のくちびる』になっている。
ホームポジションがダイヤ型という感じだと思う。

5女のみち     ぴんからトリオ
 天使のくちびるの頃

(印象)もしかしたら、桜田淳子というのは、演歌のほうが向いていたのではないかと思う。
コブシは回せないのか と注文をつけたくなるばかりだ。低音はやはり弱いかな。

6池袋の夜     青江三奈  
ゆれてる私の頃

(印象)ブルースらしく恍惚とした歌い方の片鱗を見せて欲しかった。

7君は心の妻だから 
鶴岡雅義と東京ロマンチカ  
ゆれてる私の頃

(印象)この歌もそつなく歌っているが、この歌は、低音から高音まで、声を引っ張るのがミソだと思う。
桜田淳子の個性なのだろうか、こらえが足りないように思う。
『定めにまけた』の『ま』の部分が曲に合わせようとして、ワンテンポ遅れる。葉書の紹介で気をとられてはいけないところだと思うが。

8弟よ       内藤やす子  
泣かないわ

(印象)この曲をそつなく歌えて当然でしょう。

9なみだ恋     八代亜紀   
夏にご用心の頃
(印象)この曲、本人も最後に舌を出したとおり、息継ぎを間違えてしまって、肝心な所で息が切れてしまう。
出だし歌いやすいと思って油断したのだろう。

10ロマンス     岩崎宏美  
 夏にご用心の頃

(印象)よく聞いて欲しい。『あなたお願いよ』で語尾が下がってしまうところが、宏美さんとの違いのような気がする。
確かに、甘えて歌う所なので、下げたほうが表現としては正しいのだろう。
しかし、歌を聞かせるという意味では、伸びやかに歌ったほうが、聞き応えがある。
ここの部分が、仲良しの二人の表現の違いなのだと思う。
二人が持ち歌を変えて歌い、宏美さんが、淳子さんの歌を聞いて『そう歌うんだ』と感心したことを回想したと読んだことがある。
二人の違いは、両方『あり』なのだろう。
『聞かせる岩崎宏美』と、『伝える桜田淳子』ということだと思う。
言い換えれば、『歌う宏美』と『演じる淳子』なのかもしれない。
それぞれが、進む道を分けたのも、そういうことなのだろうと思う。

11小指の思い出   伊東ゆかり 
 夏にご用心の頃

(印象)この曲は、『小指』ということがテーマにある。だから、この単語のさばき方がポイントになる。
最初の『こゆび』は一つの単語なのに『こ』『ゆ』『び』が一つづつ切れ、強調されている。
ところが、二度目の『こゆび』はひとつの単語としてさばいている。
淳子さんは一つ一つの言葉を大切にする人だと思う。
それが、せりふの聞きやすさに繋がっている。
二度の『こゆび』の歌唱の違いは、意図したものか、それとも偶然か。

12恍惚のブルース  青江三奈  
 ねぇ!気がついてよ

(印象)もはや、無理だ。と思う。青江美奈の枯れた声でしか、この歌は歌えない。
何といっても、この黄金時代の桜田淳子の歌にはつやがあり過ぎる。
これは、技術ではどうすることもできない。
まっすぐな声を楽しむのが正解だと思う。

13長崎は今日も雨だった 
クールファイブ 
ねぇ!気がついてよ

(印象)この歌で、二度の失敗をする。『あなたひとりに』『と』をフラットに歌ったため、次の低音が下がりきらなかったのではないかと思う。
『と』を少し独立してあげ、息継ぎをすれば、きっとうたいきれたと思う。
そして、『愛のことばを』で『の』少しあげ、息を継げばやはり最後まで歌いきれたと思う。
これまで、たいてい二度目は修正したのだが、今回はできなかった。
男と肺活量が違うのだから、歌い方を変えてもいいと思うのだが。

14ふれあい     中村雅俊  
 ねぇ!気がついてよ

(印象)『肩を抱いて欲しいと』のさびの歌い方は、実にうまい。

15なみだ船     北島三郎  
 もう一度だけふり向いて

(印象)実は、桜田淳子さんの歌唱で、最も好きなのがこの時期だ。
アイドル時代から次のステップに行くのに一番よかったと思う。
実に聞き応えがある。
北島さぶちゃんの難しい歌だと思うのだが、実にうまく歌っている。
『涙の』の『の』のあがり方には正直しびれる。
『お お お お~』といいう所の聞かせ方も素直でいい。
適当に淳子節も聞かせてくれる。
本人の満足の笑顔もうなづけるというものだろう。
『終わりのひとしづく』で、下がりきらなかったのは、語るまい。
本人も自覚の表情なのだから。

16友達よ泣くんじゃない 森田健作
 もう一度だけふり向いて

(印象)こういう、前向きの青春ソングは、彼女の十八番なのだから、語るに及ばないだろう。

17折鶴       千葉紘子  
 あなたのすべての頃

(印象)珍しくファルセット気味に歌っている。
今までにない歌い方に、歌手としての幅が出てきたのだろう。

18春一番     キャンディーズ
 あなたのすべての頃

(印象)この曲のような歌は、彼女の得意とするところなので、パスしかないでしょう。

19もう一度逢いたい  八代亜紀 
 気まぐれヴィーナスの頃

(印象)全体的に、低く設定してあるので、やはり低音が苦しい。
それでも低音のさばき方はだいぶ聞きやすくなってきたように思う。

20夏にご用心     持ち歌  
 気まぐれヴィーナスの頃
(印象)歌い込んだ歌は、安定感がある。


どれも名曲ぞろいで、70年代人には、どれも耳にこ慣れた曲ばかりだと思う。
しかも、演歌あり、ポップスあり、ブルースあり、とバラエティに富む。

ブルースの女王、演歌の大御所もいる。
今更ながら、当時のアイドルというのは大変だったな と思う。
と、同時にこれだけいろいろなジャンルに挑戦している。

曲だって、やさしい部類ではないだろう。
そんな中で、淳子さんは、音を確実に捉えているといっていいのではないかと思う。

歌唱について、岩崎宏美さんとの関係で面白いエピソードがある。
『あえて渦中の栗を拾う気はないのですが・・・』の後半部分を、是非参照してもらいたい。

このメドレーを聴いても、歌は下手だといえるのだろうか。
次回は、後期のものを考えてみたい。