Absolute ZERO

オールウェイズ低空飛行(墜落寸前)な精神状態で綴る雑多オタク(主に舞台。あとラノベとアニメと漫画とゲーム)な雑記ブログ。

La Vita

2006-09-29 22:57:36 | 雑記
久しぶりの更新でいきなりこの話題もどうかと思うんですが…

前の職場の1年先輩が自殺した事を今朝早くに知りました。
1年上と言っても入職の話で、年は私よりもずっと下で、まだ未成年と言われる年齢の人で。
勤務態度に問題はなかったけれど、仕事のことで悩んでいたそうです。

ショックを受けたには受けたんですが、「ああ…」と納得に近く思ってしまうところもありました。
昨今公務員の自殺が多いとは言え、その中でも一際特殊な環境。
たかが3ヶ月とは言えそれを身をもって知っているので、尚更そう思うのかもしれません。
相談するなんてのは在り得ない事で、集団の中にいるからこそ一層、悩むこと自体が自分のどうしようもない弱さの表れであるように思えて。
仕事には向き不向きがあるんだと思います。少なくとも私は。

私にその話を知らせたのは母だったのですが、母は「死ぬなんて駄目だよ」と言います。
私は駄目とは言う気はありませんが、それでも、死ぬくらいなら仕事も辞めて全部放り出して、逃げ出してしまえばよかったのに、とは思っています。
私はさっさと辞めて出てきた口ですが、自分に帰れる家があることを知っていました。
あの人はそうじゃなかったんだろうか。
辛い時、帰る家を思い出すこともできなかったんだろうか。
発作的なことだったのだろうとは言え、そう思うとやっぱり哀しい。
…でも私も実家の家庭環境が5年前の状況だったら帰れなかったかもなぁ…。
今週末にでも、今もあの職場で頑張っているはずの友人に電話しようと思います。
泣きそうな声で掛けてきた電話を最後に話してないので、余計に心配…。
ホントにもっと早く電話しとけよ私の大馬鹿者。こういうことがあったからってんじゃなくてさ。


以下は私のオタク的人生観について。
ご老人方から見れば鼻で笑い飛ばすような年数しか生きてない私でも、これまでの人生死ぬことを一度も考えなかったとは言いません。
文科省の統計とか見ても今の子供は一度くらいは考えたことがあるもんなんでしょう。(そんな“普通”はかなり嫌だし駄目だと思いますけど。)
まぁ、私がそんなこと考えてたのは今よりもっと繊細な神経してた4年以上前の話ですがね。
無職だしオタクだし引篭もりに近いという、昔の自分より遥かに駄目っぷりに磨きのかかった今の私が死なない理由とか考えてみたんですが、駄目になって感性が鈍くなったからという以上に、それもやっぱりオタクだからな気がしてきました。
常にローテンション気味で感動薄い私が感動しようと思ったら、小説読んだりマンガ読んだりゲームやったり映画見たり演劇見たりするのが一番手っ取り早いんですが(映画と演劇は出かけなきゃいけないから前3つに偏りますが)、これまで生きてきた中で、私はその虚構世界の中に現実と通じる何かを見て、私が心動かした何かが現実にも、自分にもあると信じてきたんですよ。
夢見がちだとか頭が悪いとかオタクの戯言だとか言わば言え。
それは世の中で批判的に言われるような、虚構と現実の混同とは別物です。
私はそこからいつでも、絶望に負けない何かをもらってきたんですよ。
私にとって、アニメやマンガや小説や映画や演劇は、そういうものでした。
ひとかけらの真実が込められたつくりもの。
そうして育って、生きてきて、私は今も信じてます。

人生には、生きる価値がある。


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