【タイ山岳民族の村に暮らす】

チェンマイ南西200キロ。オムコイの地でカレン族の嫁と綴る“泣き笑い異文化体験記”

【Judyの体内時計】

2005年10月12日 | ニューヨーク再び
 Judyと過ごした充実した時間のあとには、必ず重い疲労がやってくる。
 何しろ、“時”に対する感覚がまったく異なっているので、予定というものが立てられないのである。

 日曜日から月曜日にかけての深夜も、電話で「1時半頃には着ける」と言いながら、実際にやってきたのは3時過ぎだった。
 待ちくたびれて寝入った途端の訪問ゆえに、こちらの頭は朦朧としている。

 「同居しているスーザンがね、出かけに大事な用事を思い出して、それで引き止められちゃって...」

 一生懸命にそんな風な言い訳を英語で聞かされても、寝ぼけ眼のこちとら、半分も理解することはできない。

 「分かった、分かった、とにかく無事でよかった。あ、そうだ。ケーキがあるんだ。食べるか?」

 途端、疲れ切った顔に満面の笑みが広がり、「Why not?(もちろん)」と弾んだ返事が返ってくる。
 関西弁に訳すと「喰わいでか!?」ということになり、思わず噴き出してしまう。

 夜中の3時にケーキを勧める方も勧める方だが、昼間クイーンズを走り回っていた彼女はどうせろくに食事もしていない筈だ。昼近くに目覚めたあとは、水だけ。午後から夕方にかけては、チョコバーやライスバーなどのスナック類。夜は、深夜になってからサンドイッチやケーキのまとめ喰い。
 6月中旬に新たな裁判を始めてから、そんな生活パターンがずっと続いており、Judyはすっかり痩せてしまった。

 日曜日の昼間、俺は曇り空の下リバーサイドパークを散歩したあと、アムステルダム通りの76丁目から86丁目の間を埋め尽くした“秋祭り”の露天市を冷やかしてまわり、彼女のために天然素材の手作りケーキをあがなったのだった。

 例によって、ケーキを頬張りながらこっくり、こっくり居眠りをしては照れくさそうに笑うJudyを相手にとりとめのない話をしながら時を過ごし、結局、ベッドに潜り込んだのは明け方の5時半。

 疲れ切った彼女はすぐに眠りに落ちたが、寝入りばなを起こされたこちらは調子が狂って、なかなか眠りに戻れない。
 とうとう、目覚ましをかけた午前11時まで一睡もできぬままパッキングする羽目になった。

 月曜日はアパートが満室で、この日だけホテルに移動しなければならない。
 チェックアウトは昼の12時なのだが、焦る俺を尻目にJudyは悠々たるものだ。
 それなりに時間は気にしているのだが、興味がほかにいくと、そのまますっかり時間を忘れてしまうのである。

 チャックアウト時間を1時まで延長しても、彼女のペースは変わらない。
 俺がプレゼントした日本製の洋服を畳みながら洗濯の方法を気にし始め、裏地のタッグに日本語で表示された「手洗い30」「さらし不可」「ドライクリーニング」「アイロン可」などの解説をひとつひとつ求めてくる。

 さすがに切れそうになるが、もう二度と去る5月に犯した過ちを繰り返すわけにはいかない。
 
 それに、さも愛しそうに俺のプレゼントや自分であがなった新しいジャケットを丁寧に丁寧に畳みパッケージしていく様子を眺めていると、こちらも「時間などどうでもいいわい」という気分になってくるから、不思議なものではある。

 結局、すべての荷物をアパートのロビーに降ろしたのは1時半に近かった。
 ホテルのチェックインタイムは、午後3時。
 そこで、俺とJudyはロビー脇のビジネスルームを借りて、再び弁護士探しをすることにした。

 俺はチェックインまでの1時間程度の作業だと思い込んでいたのだが、Judyの集中力はすさまじい。

 「お金ばかりとって、何の成果も出せない今の弁護士は犯罪者だわ」
 「見て、Kiyoshi!“法律は闘う市民を応援するためにある”このフレーズ、素敵だと思わない?OK、メモしておこう。あ、でも、この弁護士事務所のクライアント、大手企業ばかり。なーーんだ、がっかり」

 ののしったり、笑ったり。
 はしゃいだり、落ち込んだり。
 時には完全に脱線しつつも、Judyのメモ用紙はきれいな英文字で黒々と埋め尽くされていく。
 
 気づいてみれば、戸外は闇に包まれ、すでに夜の7時半。
 チェックインどころか、彼女がしきりに気にしていた重要なアポイントメントの時間もとっくにすぎているではないか。
 
 この間、ブランチもとっていない彼女が口にしたのは水とチョコバー3分の1ほど。
 ブランチをとった俺にチョコバーとライスバーを2個もくれながら、いくら言っても自分ではそれ以上食べようとはしない。

 このままでは彼女の健康状態が心配になってくるが、体内に棲み着いた体内時計を調整するのは容易ではなく、また彼女の頑な意思と闘志もできるだけ尊重したい。

 結局のところ、うーんと唸るしか術なく、「Good job!」と称え合いつつハグとキスを交わすことによって、少しばかり互いの心を軽くするのみ、の日々である。

 アパートを出た俺たちは、もう時間を気にすることなく悠々とアムステルダム通りに出てタクシーを拾った。

 だが、裁判のタイムリミットは刻々と迫っている。
 俺にできることは、これ以上Judyの繊細な心が重圧に押しつぶされないように祈ることだけだ。


 

 

 
 
 
 

 

 

 


 

 
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