【タイ山岳民族の村に暮らす】

チェンマイ南西200キロ。オムコイの地でカレン族の嫁と綴る“泣き笑い異文化体験記”

【アンミーヨー!】

2009年08月17日 | オムコイ便り
 
 「アンミーヨー!」

 道に面したベランダで飯を喰っているときに人が通りかかると、ラーは必ず大声でこう呼びかける。

 「アンミー」は、飯を喰うという意味のカレン語(タイ語ではギンカオ)である。

 「ヨー」は呼びかけであるから、日本語にすると“飯喰っていきなよ!”という感じであろうか。

 人が遠慮して通り過ぎようとすると手招きしながら

「マー!マー!」

 と叫ぶ。

 これはタイ語と共通で「おいでよ!」という意味だ。

 すでに腹がくちくなっている人は、「オー」または「ウン」とうなづきながら去っていくし、空腹の人は当たり前のような顔をして食卓(わが家の場合は竹で編んだ漆塗りの大ザルである)を囲む車座の中に入ってくる。

 これはどこの家でも同じで、仮に私が飯時に人の家の前を通りかかれば、必ず「クンター、アンミー!」と声がかかる。

 従って、米が切れたりおかずが手に入らなかったりした場合には、飯時に人の家の前をうろうろしていれば、必ず飯に(ついでに焼酎にも)ありつけることになる。

 嫁のラーも、自分ではつくれない昔ながらのカレン族料理を食べたくなったときや、料理が面倒になったときなどは、近所を歩き回り、好みの料理を作っている家に上がり込んでお相伴をさせてもらう(この場合、自分の食べる米は持参するのが礼儀である)。

 そして、私の口に合いそうなものがあれば、それを遠慮なく持ち帰ってくる。

 それが恥ずかしければ、そのあたりからバナナの数本ももいでくればいい。

 だから、わが村では飢え死にすることは絶対にないのである。

       *

 ちなみに、貧しい子ども時代、毎日バナナを盗んで食べていたラーは、バナナが苦手である。

 また、時おり私の知らない老人の葬式に出かけてはタンブン(香典)を奮発するが、彼らは子ども時代のラーに食事を与えてくれた人々なのだという。

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2 コメント

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はじめまして (鈴木)
2009-08-23 17:51:07
楽しく拝見させて頂いております。
素晴らしい習慣ですね☆
私は、オムコイから2時間ほど走ったモンチョンのファイナムカオ村(カレン語は、ティワクロゥ)と4時間走るメイトゥンのシブレー村(カレン語クルッディー)に毎年行っています。
そこのカレン族子ども寮の子どもたちと交流しています。
村のご家庭で食事は本当に良く御馳走になります。時々頂く「メトピ」は大好物です♪


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恩にむくいるタンブン (ura)
2009-08-18 15:05:25
子供時代の貧しいときに援助してくれた人を
いつまでも覚えていてその方の葬儀に多くのタンブンをする、きいていて気持ちの良い話でした。
今の日本ではないですね。
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