久しぶりに、ギター弾きが村に戻ってきた。
阿片吸引の罪で服役後、彼が演奏家として復帰したことは以前にも書いたことがある。
この正月には、チェンマイのライブハウスで彼の歌と演奏を楽しんだ。
その後も元気にやっているのかと思いきや、その表情は冴えない。
*
「何かあったの?」
「いやあ、刑務所で傷めた腰が痛みだして、ギターが弾けなくなったんだよ」
「うーん、それは困ったな。これから、どうするの?」
「仕方がないから、曲を作って売ろうかと思ってるんだ」
バッグから、数枚の紙を取り出した。
見ると、すでにアルバム用に書いたという12曲の歌詞が並んでいる。
しかも、タイ語と英語の2バージョンである。
「え、歌詞も自分で書くのか?」
「そう。この曲は、こんな感じだよ」
そう言いつつ、メロディーラインを次々に口ずさむ。
ブルースっぽいバラードが多く、なかなか泣かせるフレーズだ。
*
「ほう、いいじゃない。デモテープでも作って、レコード会社(とは、もう言わないのだろうか)に売り込んだら?」
「そのつもりなんだけど、金がないんだ。ギターを友だちに3,000バーツで売ったんだけど、もう残りは1,000バーツになっちまった。それで頼みがあるんだけど、この歌詞を日本語に訳して、日本のミュージシャンやレコード会社に売り込めないかな?」
彼はかなり流暢な英語を喋る知的な印象の男なのだが、この飛躍ぶりはいかにもカレン族(すなわち、タイ人)である。
「うーん、俺は音楽業界のことはよく分からんけど、それは順序が逆だろうな。まずはタイで売り出して、ヒットでもすればそうした道は開けるかもしれない。数年前にタイの女性歌手が日本デビューしたという話は聞いたことがあるし、最近では日本のアニメ映画かなんかに起用されたという話も聞いたよ」
「そうか。でも、売り込むに当たっては、タイ語はもちろん、英語でも日本語でも歌詞が書けるという点は強みになると思うんだ。よかったら、試しにどれか一曲を日本語に直してもらえないかなあ」
どうやら、この男、現状を顧みず本気で「世界進出」を考えているようだ。
「それは構わんけど、訳詞をメロディーに乗せるのは難しいぞ。日本には、そのための専門家もいるくらいなんだから。それに、直訳したあとに曲に合わせて言葉を換えたり、長さを調節しなくちゃいけない。デモテープもないのに、それは不可能だよ」
「うーん。でも、とにかく一度日本語の歌詞で歌ってみたいんだ。一曲だけでいいから、試してみてよ。そうすれば、あんたが日本に帰るときに俺も一緒に日本に行って、売り込めるじゃない」
「・・・」
仕方がない。
まあ、なにやら面白い作業だし、頭の訓練にはなるかもしれない。
「あくまで、一曲だけ」という条件をつけて、引き受けることにした。
*
話がひと段落すると、彼がそばに置いてあるミキサーに目を留めた。
「あ、これでナームトーフ(豆乳)が作れるね。これから町で大豆を買ってくるから、一緒に飲もうよ」
ちなみに、友人のウイワットの知り合いはチェンマイの市場で豆乳を売っており、一度その仕込みの現場を見せてもらったことがある。
そこには各種の装置があり、仕込みにはひと晩かかると聞いた。
「そんなに簡単に作れるのかい?」
「ああ、簡単だよ」
「そんなら味見をしてみて、いけそうだったらこの店で売るという手もあるな」
「よし、じゃあ、さっそく大豆を買ってくるね」
彼のいいところは、金のことで絶対にこちらに頼らない点である。
しかし、残り1,000バーツを豆乳づくりなんぞに注ぎ込んだら、曲作りどころではなくなってしまうぞ。
「世界進出」は、果たして大丈夫なのだろうか?
☆応援クリックを、よろしく。
阿片吸引の罪で服役後、彼が演奏家として復帰したことは以前にも書いたことがある。
この正月には、チェンマイのライブハウスで彼の歌と演奏を楽しんだ。
その後も元気にやっているのかと思いきや、その表情は冴えない。
*
「何かあったの?」
「いやあ、刑務所で傷めた腰が痛みだして、ギターが弾けなくなったんだよ」
「うーん、それは困ったな。これから、どうするの?」
「仕方がないから、曲を作って売ろうかと思ってるんだ」
バッグから、数枚の紙を取り出した。
見ると、すでにアルバム用に書いたという12曲の歌詞が並んでいる。
しかも、タイ語と英語の2バージョンである。
「え、歌詞も自分で書くのか?」
「そう。この曲は、こんな感じだよ」
そう言いつつ、メロディーラインを次々に口ずさむ。
ブルースっぽいバラードが多く、なかなか泣かせるフレーズだ。
*
「ほう、いいじゃない。デモテープでも作って、レコード会社(とは、もう言わないのだろうか)に売り込んだら?」
「そのつもりなんだけど、金がないんだ。ギターを友だちに3,000バーツで売ったんだけど、もう残りは1,000バーツになっちまった。それで頼みがあるんだけど、この歌詞を日本語に訳して、日本のミュージシャンやレコード会社に売り込めないかな?」
彼はかなり流暢な英語を喋る知的な印象の男なのだが、この飛躍ぶりはいかにもカレン族(すなわち、タイ人)である。
「うーん、俺は音楽業界のことはよく分からんけど、それは順序が逆だろうな。まずはタイで売り出して、ヒットでもすればそうした道は開けるかもしれない。数年前にタイの女性歌手が日本デビューしたという話は聞いたことがあるし、最近では日本のアニメ映画かなんかに起用されたという話も聞いたよ」
「そうか。でも、売り込むに当たっては、タイ語はもちろん、英語でも日本語でも歌詞が書けるという点は強みになると思うんだ。よかったら、試しにどれか一曲を日本語に直してもらえないかなあ」
どうやら、この男、現状を顧みず本気で「世界進出」を考えているようだ。
「それは構わんけど、訳詞をメロディーに乗せるのは難しいぞ。日本には、そのための専門家もいるくらいなんだから。それに、直訳したあとに曲に合わせて言葉を換えたり、長さを調節しなくちゃいけない。デモテープもないのに、それは不可能だよ」
「うーん。でも、とにかく一度日本語の歌詞で歌ってみたいんだ。一曲だけでいいから、試してみてよ。そうすれば、あんたが日本に帰るときに俺も一緒に日本に行って、売り込めるじゃない」
「・・・」
仕方がない。
まあ、なにやら面白い作業だし、頭の訓練にはなるかもしれない。
「あくまで、一曲だけ」という条件をつけて、引き受けることにした。
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話がひと段落すると、彼がそばに置いてあるミキサーに目を留めた。
「あ、これでナームトーフ(豆乳)が作れるね。これから町で大豆を買ってくるから、一緒に飲もうよ」
ちなみに、友人のウイワットの知り合いはチェンマイの市場で豆乳を売っており、一度その仕込みの現場を見せてもらったことがある。
そこには各種の装置があり、仕込みにはひと晩かかると聞いた。
「そんなに簡単に作れるのかい?」
「ああ、簡単だよ」
「そんなら味見をしてみて、いけそうだったらこの店で売るという手もあるな」
「よし、じゃあ、さっそく大豆を買ってくるね」
彼のいいところは、金のことで絶対にこちらに頼らない点である。
しかし、残り1,000バーツを豆乳づくりなんぞに注ぎ込んだら、曲作りどころではなくなってしまうぞ。
「世界進出」は、果たして大丈夫なのだろうか?
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そんな日本からみると、この話は凄くうらやましいです。やっぱ、その国の気分や民族的な特性が行動を決めていくのでしょう。
そこで、生きてゆくことの大変さの片鱗は、ここの文章よむことでかんじますが、でも、というか。だからこそ、楽しみにここを読ませていただいております。
ご愛読ありがとうございます。おっしゃる通り、わが村では老若男女を問わず能天気なほどに楽天的です。かのギター弾きには、今朝日本語の訳詞のさわりを歌わせてみましたが、「これならいける、日本デビューしたタイ人歌手に売り込んで、東京ツアーを敢行しよう!」とひとり盛り上がっていました。ちなみに、豆乳づくりは大豆の値段が高いとかで、あっさり諦めたみたいです。
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fredhosonoさん
興味深いコメントをいただき、ありがとうございました。焼き物の話は聞いたことがありますが、現地に行ったことはありません。次回、また機会がありましたら、ぜひオムコイにお立ち寄りください。