夕方になって、2羽の鶏をつぶすことになった。
一度チェンマイに職探しに出たものの、望ましい仕事に就けなかった長男ヌンのためにお祓いをするのだそうな。
隣家のモーピー(霊医)であるプーノイが、昨夜から竹籠に確保しておいた鶏の脚を竹ひごで縛り飼料袋に詰めて、村の入り口の先までバイクで連れて行けという。
その通りにすると、峠の途中の道端に簡単な供物を備えて何やらお祈りを始めた。
*
家に戻ると、母屋の玄関口で鶏を取り出し、またもやお祈りをしながら竹の棒で鶏の頭を殴りつけた。
気絶した2羽を息子と私に渡して、これを締めろという。
そこへ、ゲストのアリさんがカメラを抱えてやってきた。
「あとで料理が食べられなくなる人もいるから、見ない方がいいかも」
そう声をかけたが、私が締めているところをしっかり眺めている様子。
締め終わると、さすがに顔をしかめたものの、「まだ、暖かいですか?」
そっと手を伸ばして、鶏の体に触れた。
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熱湯に浸して、羽をむしる。
七輪の焚火で、全身をこんがりと焙る。
腹を割く。
頭も蹴爪もそのままに、鍋でゆがく。
そのすべての手順を見終わったアリさん、「ああ、いい体験をさせてもらいました」
実に、たくましい。
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長い長い祈祷が終わって、ようやく供物の焼酎と料理にありついた。
とりあえずは、ゆがいた肝臓や蹴爪をつまみに息子からの献杯を受ける。
アリさん、肝臓がうまいと言いつつ、黄色い蹴爪にも手を伸ばした。
実にたくましい。
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トムヤムガイ(トムヤム味の鶏鍋)が完成して、宴会が始まった。
アリさんの飲みっぷりがいいので、集まって来た親戚や息子の友達が、どんどんと献杯を差し出してくる。
何度か注意信号を送ったのだが、アリさん、「飲みますよお」
敢然と受けて立つ。
血圧上昇を懸念する番頭さんは、そこそこに切り上げて、あとは女将ラーと若い連中に任せることにした。
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「ねえ、ガールフレンドはいないの? それ、本当? じゃあ、あなた、ゲイなの?」
アリさんが、長男にしきりに問いただしている様子だ。
そのたびに息子は否定しているのだが、時間をおいて何度もその質問が繰り返される。
ああ、これは酔っ払ってしまったようだな。
そう思っていると、「飲め、飲め、飲め」というアリさんの囃子声。
どうやら、若い連中にがんがん勧めているようだ。
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勧めれば、当然勧め返される。
しばらくすると、「ああ、回ったなあ。ラーさん、回ったよお」
日本語だから、そんなことは誰にも分からない。
ああ、こりゃ駄目だ。
そう判断した番頭さん、ふとんから抜け出してレッドカードを差し出し、息子とふたりで足元のふらつく彼女を宿のふとんに運び込んだ。
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翌朝、顔を合わせると、どうやって宿に戻ったのかまったく覚えていないという。
それでも、朝ご飯はしっかり平らげた。
実に、たくましい。
でも、やっぱり、飲み過ぎはいけませんなあ。
特に、海外ではね。
いやはや。
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