このところ、朝方の霧が深い。
8時前になっても、ご覧のとおり、村は霧の中に包み込まれている。
これが一日中続けば憂鬱だろうが、この霧は快晴の印であるから、熱い薬草茶を啜りながら、しばしの間“霧の中に立ち尽くす男の哀愁”を演じるのも、悪くない。
*
だが、この哀愁は嫁の大声ですぐに破られる。
「クンター!今日は、親戚の家でお祓いごとがあるんだって。ちょっと、様子を見に行ってくるね」
そう叫びながら家を出ていったラーが、なかなか戻ってこない。
料理の手伝いでもしながら、お喋りに夢中になっているのだろう。
腹が減ってきた頃合いだが、お祓いごとなら、そのあとは焼酎宴会と辛い辛い鶏鍋に決まっている。
あいにく今朝は腹具合が悪いので、目玉焼きとさつま揚げで先に腹ごしらえをすることにした。
飯をよそったところへ、当事者の従兄が現れた。
彼は最近、私の顔を見るとワイ(合掌礼)をしながら妙な発音で「アリガト」と言う。
「クンター、だめだめ。ひとりで、こんなの食べちゃあ。せっかく鶏をつぶしたんだから、ウチに食べに来てくださいよ。ラー姉さんも待ってますよ」
「ああ、アリガト。でも、今日は腹具合が悪いんだ」
「そんなら、鶏鍋を食べて精をつけなくちゃ。ほらほら、飯は炊飯器に戻して。おかずは、冷蔵庫に入れて」
すでに酔っ払っているから、強引である。
そのまま手を引っ張られて、彼が自分で材を切り出し、ひとりでこつこつと時間をかけて建てた自慢の台所兼食堂に拉致されてしまった。
わが村では、経済力のある者は台所兼食堂を寝室とは別棟として建てることが多い。
板の間の中央壁際に囲炉裏が切られただけのシンプルな造りだが、やたらにだだっ広い。
これは、山奥から親戚などが大挙して訪れたとき寝室に転用するためだという。
雑魚寝すれば、20人は楽に寝れるだろう。
*
今日のお祓いごとを取り仕切った隣家のモーピー(霊医・霊占い師)、プーノイと挨拶を交わす。
彼を初め、参加した家族や親戚などはすっかりできあがっている。
「クンター、ライガーマイ(元気ですか)?昨夜は、何回嫁さんを喜ばした?」
いきなり、下ネタの冗談が飛んできた。
「うーんと、5回かな」
私も、朝っぱらからの下ネタにすっかり馴れてきた。
すかさず、従兄からどぶろくの献杯。
これ、焼酎より飲み口はいいが、油断するとあとで腰が立たなくなる。
だが、お祓いごとなので、少しは付きあわなくてはなるまい。
「チョイ」
カレン語で“少しだけ”と断り、ひと舐めしてぐい呑みを返す。
すると彼も一気飲みはせず、少しだけ舐めてそれを別の人に順繰りに手渡す。
つまり、ぐい呑みに満たされたどぶろくを車座になった全員(今日は5人)でシェアするわけで、一気飲みを避けたいときはこの手を使うのである。
*
数度の回し飲みが終わったところで、ラーが料理を手伝ったという鶏鍋が出た。
か、辛い。
宴会はまだ続いているが、ラーがすぐに皿に飯を盛ってくれる。
だが、この村では飯は免罪符にはならない。
皿の飯を半分ほど平らげると、すかさずまた献杯が始まるのである。
「ブヤオ(要らない)!ポーラ、ポーラ(もう充分)!」
両手を突き出して、大げさに拒否のポーズを示しても、「チョイ、チョイ(少し、少し)」としつこくぐい呑みが迫ってくる。
ラーが喧嘩腰で「ブヤオ!」と叫ばない限り、この献杯攻勢は終わることがない。
*
カレン族の風習に従い、飯を喰い終わったらすぐに席を立った。
家に戻ろうとすると、ラーが「材木のことで話があるって言ってるよ」と私を引き止める。
そういえば、彼には梁の切り出しを頼んでいたのだった。
「クンター、梁を50本切るって約束したけど、今は36本切り終えたところです。切り出した場所が、予定外の山奥だったので、ジョーとドー(いずれも甥)には道路近くまで運ぶのに、きつい思いをさせました。それで、これを村に運ぶにはクルマの手配が必要です」
「そうだね。じゃあ、さっそくクルマを手配するけど、50本全部を切り終わるのはいつになるの?」
「明日、いや明日はきついか・・・あさって、たぶん、あさって。でも、また大雨が降ったら、少し時間が・・・」
「そうか。じゃあ、とにかく全部切り終わってからクルマを手配することにしよう。それで、オッケー?」
「オッケークラップ!それで、50本って約束したけど・・・」
毎度のことだが、村の衆が土地や牛や材木の売買など金銭がらみの話を始めるのは、きっと酔っ払ってからである。
この堂々巡りに付き合っていると、あっという間に一日が潰れてしまう。
ワイをしながら、「アリガト!」と言って腰をあげた。
おっとっと。
こちらも、すでに足元が怪しい。
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朝からの宴会。羨ましいですね。
此方でも宴会はよくしますが、さすがに朝からの宴会は、ソンクラーンの時くらいです。
体に気をつけて、頑張ってください。
私も一度、そのドブロクを飲んでみたいです。
お祓いごとなどの正式宴会ならまだしも、朝飯の支度中に親戚や友人たちがやってきて、勝手に焼酎を飲み始め騒ぎ出すのには参ってしまいます(苦笑)。なにしろ、こちらがパソコンに向かっていても、“献杯”してくれるのですから・・・。