【タイ山岳民族の村に暮らす】

チェンマイ南西200キロ。オムコイの地でカレン族の嫁と綴る“泣き笑い異文化体験記”

【ハーレム哀歌】

2005年10月21日 | ニューヨーク再び
 やられてしまった。
 ハーレムの北のはずれの坂道で、いきなり背後からパンチを喰らったのである。

 さほど強い当たりではなかったが、右頬に黒い右拳がきれいに入り、頬骨がごつんと音を立て、頭がクラッときた。
 腰を屈め戦闘態勢をとりながら振り向くと、明るいブルーのセーターを着た大柄の黒人ティーンエイジャーがこちらに顔を向けたまま後ずさりしている。
 
 残念ながら眼鏡がずれて、その表情をよく見ることはできなかった。

 不意打ちの次は、左肩にかけたメキシコ製布袋をひったくりにくるか。
 あるいは、ナイフでも出して「金を出せ」と来るのだろうと身構えたのだが、少年はそのまま背中を見せて走り去っていく。

 反撃に転じ怒鳴りつけようとした瞬間、視界の隅に5~6人の黒人グループの姿が目に入った。

 「やばい!」

 仲間を呼び込んで、袋叩きにあっては、たまらない。
 逃げるが、勝ちだ。
 
 そう思った途端、身体が反射的に動き一目散に走り出していた。
 
 追いかけてくる気配はないが、俺が逃げ込もうとしているのは名高いハーレム、ブラックピープル(黒人)の街である。
 (※Judyに聴いたところ、ブラックピープルという呼称はきわめて一般的でアフロアメリカン、アフリカンアメリカンという呼び方はあまりしないそうだ)

 彼らが俺の悪口でも叫べば、すべての人を敵にまわしかねない。

 腰痛、首痛、腹ぼてと悲惨な体調の昨今ではあるが、思いもかけず逃げ足は健在だった。
 10ブロックほどを一気に駆け抜けて、完全に振り切ったことを確認した。

 だが、116丁目から155丁目までハーレム街のど真ん中を北上漫歩した“往き”に較べて、気持ちは数倍も張りつめている。
 「みんな、優しい目をしているなあ」と感じた彼らを、復路には警戒せざるを得なくなった自分が哀しかった。

 おい、少年よ。
 キミの狙いはひったくりじゃなくて、肝試しだったんだろう?

 「おい、あそこで地図を広げて歩いている間抜けな中国人だか日本人だかしらないが、あいつを殴ってこい!」
 「チビで、ひょろっと痩せてて弱そうだから、心配すんな!」

 ワルの仲間たちにそうそそのかされ、仕方なくジョギングの振りをして背後から俺に近づいた。
 そして、俺が振り向いた瞬間、いきなり黙って殴りつけたんだろう?
 
 物を盗ろうとする素振りなんか、これっぽっちも見せなかったもんな。
 ひょっとしたら、人を初めて殴ったのかも知れんな。

 それにしても、きれいに頬を殴ってくれてありがとう。
 もしも、拳が眼鏡に当たっていたら、俺は今頃悲惨な目に遭っていたはずだ。

 なにせ、極度の近視に乱視に老眼で、眼鏡がなくちゃあ盲人同然の俺だ。
 枕を並べて寝ても、おいら、ガールフレンドの横顔さえろくに見えないんだぜ。
 彼女の名前は、Judyって言うんだけどな。お前には関係ねえか、まあ、いいや。

 で、図体がでかかった割には、パンチ力もいまひとつだったねえ。
 おかげで、頬の腫れはさほどではなく、後遺症といえば飯を喰うときに頬の筋肉がひどく痛むくらいだ。
 
 ところで、無抵抗のチビで痩せた年寄りの東洋人を背後から不意打ちしたあとのいまの気分はどうだい?
 流行りのヒップホップ聴いたみたいに、胸がせいせいしたかい?

 おいら、今夜は、さすがにアポロ劇場でやっているブラックピープルの“公民権運動”をテーマにしたミュージカルを観る気にはなれなかったけれど、土曜日の夜には、またハーレムにジャズを聴きにいく予定だ。

 アポロ劇場やジャズクラブのあるハーレムの中心街は、日本人が風評するほど治安は悪くないが、今度は油断しないぜ。
 町中で鉢合わせしたら、今度は正面から正々堂々と日米対決をしようじゃないか。

 ともかく、今日の件は、街はずれで油断して卑怯で弱虫のお前たちに隙をみせた俺が悪かった。
 
 だけどな、お前、どうせ殴るなら俺みたいなジャズファンの年寄りじゃなく、「エクスキューズミー」も言えないしコルトレーンも知らない、馬鹿で腑抜けな若い日本人を殴れよな。
 
 分かったか?

 
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