「クンター、大変だよお。雄太の様子がおかしいよお!」
空がうっすらと白んだ頃、ラーの大声で目が覚めた。
裏のベランダに飛び出すと、古着にすっぽりと包まれた雄太らしいものが横たわり、それに覆いかぶさるようにしてラーが啜り泣いている。
ドキッとした。
まさか?
死んだのか!?
急いで頭から古着を剥ぎ取ると、雄太がうっすらと目を開けた。
「おいおい、脅かすなよ。一体、どうしたんだ?」
「歩けないんだよ。起き出して声をかけたら、ぐったりして死にかけたような目であたしのことを見たんだから」
抱き上げて立たせようとすると、前脚はしっかりしているが後脚が萎えたままだ。
歩くどころか、踏ん張ることすらできない。
古着に包み直して横にならせると、ブルブル震えている。
とりあえず、焚火を起こして体を温めた。
*
「どうしたんだろう?」
「流行り病かなあ。それとも、夜中にクルマかバイクにはねられたのか・・・」
ラーによれば、最近村の何軒かで犬が食欲をなくしてぐったりしているそうだ。
さらには、夜中にスピード殺しの段差がついた村の狭い道を無造作に飛ばすクルマやバイクが増えて、道路に寝そべっている犬たちが怪我をする事件も何件か起きているという。
もう一匹の飼い犬である元気もそうなのだが、道路に寝そべっている村の犬たちの動きはきわめて鈍く、バイクやクルマが近寄ってきてもなかなか動こうとしない。
私も一度、バイクに乗っているときそんなぐうたら犬に警笛を鳴らしたところ、のろのろと立ち上がった犬があろうことか、いきなり方向を変えてこっちの前輪の前に走り出してきて冷や汗をかいたことがある。
しかし、雄太の場合は私の日頃の脅し、もとい警告演習が功を奏したのか、元気よりもずっと素早く道端によけていたのであるが。
*
改めて全身を点検してみても、外傷はないようだ。
頸や背骨、腰、後脚などを隈無く探ってみたが、痛がる様子もない。
ラーが改めて、タイガーバームを擦り込みつつ全身マッサージを施す。
すると唯一、睾丸に近い股の付け根のやや左寄りを押すと弱々しく悲鳴をあげることが分った。
すると、やはりバイクにでもはねられたのか。
しかし、ここを傷めるには雄太が腹を見せて完全降参の姿勢をとっている必要があるのではないか。
なんだか、よく分らない。
*
朝飯を済ませて、町の獣医診療所に走った。
しかし、ドアには鍵がかかっている。
張り出された電話番号にかけると、医師は90キロほど離れたホートに出張中で、戻りは二日後になるという。
あちゃ~!
やむなく家に戻ると、手が空いた医師から電話があり、とりあえずは家畜用の「OXYCLINE Oxytetracycline」という薬を皮下注射しろと言う。
この薬は牛の具合がおかしくなった時に甥っ子のジョーもよく注射しており、なかなか効果的だ。
そして、回復の兆しが見えなければ骨折や神経を傷めた疑いがあるので、チェンマイに近いジョームトンの動物病院まで行くしかないという。
レントゲン機材は、そこにしかないのだそうである。
うーむ。
*
とりあえず注射は打ったが、獣医がいない以上他にできることはない。
雄太は腹で息をしながらぐったりと横になったままで、時おり頭を起こして動こうとするのだが、すぐに諦めてしまう。
下半身は、相変わらず萎えたままだ。
ふと、30代の初めに頸椎損傷を負って首から下がまったく動かなくなった亡き妻の姿が脳裡に浮かんだ。
今日、彼の声を聞いたのは、股の付け根を探ったときにあげた弱々しい悲鳴だけである。
元来おとなしい犬なのだが、こんなになっても吠えも唸りもせずにじっと耐えている様子が不憫でならない。
それとも、痛みすら感じることができないのか。
朝から水を飲まないので無理矢理飲ませようとすると、頑なに顔を背ける。
これには、何か理由があるのだろうか。
朝の餌は少し食べたのだけれど、このままだと排泄行為もままなるまい。
さて、どうしたものか。
雄太のまわりで立ったり、座ったり。
うろうろしながら、むやみに煙草をふかしたり。
父ちゃんは、どうにも落ち着かない。
今はただ、薬の効果をじっと待つしかないことは分っているのだが。
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お返事が遅くなりましたが、先ほどブログに書いたようにかなり回復してきました。ご家族にも、どうぞよろしくお伝えください。