【タイ山岳民族の村に暮らす】

チェンマイ南西200キロ。オムコイの地でカレン族の嫁と綴る“泣き笑い異文化体験記”

【14時間の移動ののちに】

2006年02月23日 | やれやれ,ニッポン
 22日の朝8時半、約束通り迎えのクルマがやってきた。

 ハーレムではタクシーが拾えないので、家主のトミー富田に頼んでハイヤーを雇ったのである。

 といっても、チップや高速代込みで50ドルなので、タクシーよりも安い。

 豪華なリンカーンに、Judyとふたり悠々と乗り込む。

 と言いたいところだが、彼女の体内時計は相変わらずで、8時半になってもシャワー室から出てこない。

 部屋には、彼女のビニールバッグが10個近くもあり、とても一度では運び切れそうもない。

 「Judy、キミが望むなら俺は先に出るから、キミはゆっくりと準備して、あとで荷物を数度に分けて運ぶこともできるんだよ」

 ドアの外から声をかけると、

 「大丈夫。すぐに出るから、一緒に行こう」

 声がして、飛び出して来た。

 だが、部屋に戻ると、薔薇の花が残っていることに気づき表情がくもる。
 バレンタインデーに贈った薔薇が、ヒーターの効き過ぎですっかり萎れてしまった。そこで、彼女はそれをドライフラワーにして保存するつもりでいたのだが、昨夜一晩中話し込んだため、その作業を忘れてしまったのである。

「オッケー、Kiyoshi。とにかく、一度持てるだけの荷物をもって私のアパートに送ってくれる?あなたはそのまま空港に向かい、私はもう一度ここに戻って、ドライフラワーをつくる。そうすれば、荷物も全部運べると思う。どう?」

「オッケー。とにかく、急ごう。アパート前の道路は狭いから、あまり長時間は待たせられないんだ」

 トミーが階段をのぼってきて、「クルマ、待っていますよ」と声をかける。
 ハーレム在住20年の彼も、いまだに律儀な日本人のままのようだ。
 俺同様に、呼んだクルマを待たせることができないのである。

 事情を話して、鍵の返却はJudyの用件が済んでから、ということにしてもらった。

 その点、Judyは慌てず騒がず、せかす俺に向かって「パスポートは持ったか?」「エアーチケットは大丈夫か?」と何度も念を押し、部屋の中を「ダブルチェック」する。

 幸い、駐車スペースが空いていたこともあって、アフリカ人らしい運転手はおおらかに対応してくれた。

 クルマだと、彼女のアパートまで5分もかからない。

 鍵の開け方を説明しているうちに、着いてしまった。

 「とにかく、身体に気をつけるんだぞ」

 ドアをあけて、彼女をおろす。

 軽いキスとハグを交わし、見つめ合う。

 「どうか安全な旅でありますように」

 そう言いながら、Judyがどこで覚えたのか両手を合わせて日本式のお祈りをする。

 胸が、詰まる。

 その手を握りしめて、「身体に気をつけるんだぞ」と同じセリフをくり返す。

 ふたりの時間よりも、クルマの方を気にする“日本人根性”が、つくづく情けない。

 気のいい運転手と会話を交わしたいが、思いが深く、ついつい沈黙を選んでしまう。

 今日は渋滞もなく、1時間の予定があっけなく20分足らずでJFK空港に着いてしまった。

 2時間待って、定刻通り11時半の離陸開始。

 それから、約14時間の長いフライトを俺はクラシックを聴きながらほとんど眠って過ごした。

 日付が変わり、23日午後3時50分ランディング。

 それから、また退屈な時間が流れ、9時前に誰もいない家に辿り着いた。

 山のような郵便物。出発前に捨て忘れたゴミ。閉め切った室内に漂うカビの匂い。

 2ヶ月前と何ら変わりのない荒涼たる光景に、ただ呆然と溜め息をつく。

 14時間の移動で、時間がまた11月22日に逆戻りしてしまったかのようだ。

 

 

 
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