ナムプリック・プラトゥヌン(魚ベースの唐辛子味噌)の朝食を終えて、棚田遠望トレックに出ようとしたところ。
どういうわけか、仔犬の龍(りゅう)が先頭に立って歩き始めた。
これまで何度かゲストの案内に付いてくる素振りを見せはしたものの、たいていは数メートルで姿を消すのが常だったのだけれど。
*
川向こうの高台に広がる棚田を突っ切り、支流のせせらぎを渡って坂道を上るこのコースは、ちょっと健脚向けだ。
さて、龍はどこまで歩けるものかと思っていたのだが、案に相違して、ちょろちょろと周辺で道草を喰いながらも、へたる様子を見せない。
急な山道を登り切り、山並みの裾まで広がる棚田を一望する作業小屋でひと休み。
この小屋は背丈に近い高床で、階段も踏み板の間隔の開いた大雑把なものである。
番頭さん、謎の執事さん、けい子さんの順で小屋に上がり込むと、龍もあとに続こうとしたのだが、やはり踏み板の合間が広過ぎてどうにも無理なようである。
階段の下をうろうろしながら、ヒャン、ヒャンと甘えた声をあげるだけだ。
今日は、甘やかしの母ちゃんはいないぞ。
ざまあ見ろ!
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ところが、写真などを撮っているうちに、もがくようにしながら階段をよじ上り、小屋の中に上がり込んできた。
なんだ、お前。
なかなか、根性があるなあ。
さて、下りはどうかと思いきや、上から三段目あたりで見事に転がり落ちた。
フギャン!
相当痛かったのだろう。
逃げるように、ひとりでトコトコと帰り道の方に走り出した。
なんだあ、冒険が嫌になってひとりで戻るつもりかあ?
そう思っていると、少し先で腹這いになり、われわれを待ち構えている様子だ。
戻りの坂道を下り始めると、また先に立って歩き出し、途中で立ち止まってはこちらを振り返り振り返り、また歩き出す。
おお、まるで死んだガイド犬の「元気」みたいではないか。
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その後のガイド振りも、なかなか堂に入ったもので、番頭さん、嬉しくてならない。
川手前の棚田まで出ると、草を食んでいる牛の群れに出くわした。
さて、どうするかと思いきや、牛の様子をしきりにうかがいながら、遠巻きに迂回してゆく。
ビビっている様子だ。
川沿いの道を歩いて宿に近づくと、今度は水牛の群れに遭遇した。
ずっと手前で立ち止まってその様子を窺い、水牛たちがゆっくり進み出すと、やはり距離を置いて、そのあとを歩き出した。
死んだ元気や雄太が幼い頃は、やたらに吠え声をあげ、少し成長すると今度は牛や水牛を追い回すので、子牛が足でも折らないかとハラハラしたものだが、龍は吠え声すらあげない。
いや、まだ幼過ぎて相手の威圧感に押され、吠えることもできないのか。
しかし、普段も無駄吠えはしないから、案外と肝は座っているかもしれない。
*
かくして、ガイド犬デビューの初日は、宿に戻るまで無事に務め終えることができた。
けい子さんも謎の執事さんもよく可愛がってくれたから、きっと安心して一緒に歩く事ができたのだろう。
ご褒美に、ゲストを背景にしてゴールの写真を撮ろうとしたら、体当たりするように駆け寄ってきたので、ご覧のような黒い尻尾しか撮れなかったという次第。
それにしても、よく頑張ったものだ。
頭を撫で回してやると、なんだかホッとしたような顔で身繕いを始めた。
とりあえずは、ガイド犬の仮免許は与えてもいいだろう。
そういえば、最近はかなり落ち着いてきたような感じもあるしなあ。
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