早朝に起き出した女将のラーが、裏の竹やぶでタケノコを掘ってきた。
これを煮て、ゲストへの朝食に供しようというのである。
近辺で採れるタケノコは、日本でいう女竹のように細く一カ所に密集して生える。
従って、タケノコも細いのだが、とろりと甘くなるにはやはり2時間近く煮込まなければならない。
これをナムプリック・ガピッというカニペーストを使った唐辛子タレにつけて食するのだが、これは辛さに弱い人にも好評だ。
ところが、辛い料理大好きな筈の拓真くん、私が座を外した隙にタレに浮いた青唐辛子を丸ごと食べてしまい悶絶。
「うまそうに見えたんで、ついつい食べてしまったんですけど。タイの唐辛子を舐めてはいけませんねえ」
という結果と相成った。
箸休めならぬ舌癒しは、タイ製甘口醤油「匠味」と湯がいたルクチンムー(豚つみれ団子)にて。
うーん、旅と人生はなかなか甘くない。
*
その拓真くん、今日の夜にはバンコクに向かわねばというTさんと一緒に午後2時発のバスでチェンマイに戻ることになった。
休みは残り3週間なので、ラオスかインドか、ともかくも次に移動しないとこのまま沈没しそうだというのである。
そこで、午前中に村はずれの滝に案内することにした。
着いた当初から、宿そばの川で泳ぎたいと言っていたのだが、雨季の増水で川の水は味噌汁色に濁り、かつ水温も低い。
むろん、滝でも泳げまいが、せめて水の迫力でも感じて欲しかったのだ。
バイクの二人乗りで、棚田を遠望しながらの道々。
またまた「棚田がきれいだ」を連発してくれるので、番頭さん、鼻高々だ。
*
このところの雨量は、かなり減っているらしい。
完全に隠れていた滝壺上の岩が半ば露出し、日本の滝のような直下型の滝に変わっている。
彼をその場に残し、宿で待っているTさんを迎えに。
戻ってみると、上半身裸だ。
「あれえ、泳いだの?」
「いやあ、上流の岸辺で深さを足で測っていたら落っこちちゃいまして」
「寒くない?」
「いいえ、全然」
空は、薄曇り。
時々太陽が顔を出す程度だというのに、やっぱり若さの力なんだなあ。
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Tさんを滝壺上に案内して戻ってみると、拓真くん、先ほど落っこちたというあたり、上流渓谷の岸辺に突き出ている樹の上に登っている。
流れの様子でも眺めているのかと思いきや、いきなり足から飛び込んだ。
「水が濁って底が見えないからちょっと恐いけど、気持ちがいい~!」
まあ、あたりは淵状で底は砂床、深さもさほどではないから問題は水温だけなんだけどね。
もっとも、去年の11月にやってきた25歳の漫才コンビ、もとい理学療法士コンビは、気温20数℃という中で川で泳いでいたもんなあ。
「撮影のために、もう1回」と冗談半分でリクエストすると、拓真くん、またもや樹に登り始めた。
しっかりとカメラを構えたものの、シャッターを押すのが遅れて、腰まで水に入ったご覧のような写真しか撮れなかった。
ごめんねえ、拓真くん。
今度はぜひ暑い4月に来て、滝壺への飛び込みに挑戦してくださいな。
*
疲れも、寒さも見せず、戻りは歩いてみたいという。
風邪が抜け切っていないTさんとふたり、棚田を遠望しながらバイクで戻ってきたのだが、拓真くん、さほど時間も置かずに戻ってきた。
それでも、のんびり歩いてきたのだそうな。
以前、女性を含む3人連れのゲストがぷらぷら歩いたときには片道50分という話だったのだが、40分もかからなかったのではあるまいか。
これもまた、若さゆえか。
*
ちょうど、昼どき。
たまたま食材が揃っていたので、女将のラーが得意のラッナーを作ることになった。
米でできた平麺と豚肉とパッカナー(ごつい緑野菜)を、片栗粉でとろみをつけたスープにからめる北タイの麺料理だ。
好みに応じて、炒った乾燥赤唐辛子と砂糖とレモンで味を調えるのだが、唐辛子を入れ過ぎさえしなければ、マイルドな味わいで日本人の舌にも合う。
だが、普通の観光ではなかなか見つけることは難しいだろう。
昼食は有料で、いつでも食材が揃うわけではないが、興味のある方はぜひリクエストしてみていただきたい。
*
さて、これをふたりがぺろりと平らげた頃には、すでに1時をまわっていた。
空を仰げば、雲行きが怪しい。
1時半過ぎ、パッキングを先に終えた拓真くんをバス停まで送った。
戻りがけに、小雨がぱらつき出した。
ま、まずい!
ピストンで、今度はTさんを拾い再び町へ。
ギリギリセーフ。
挨拶を交わし、猛スピードで家に戻る途中、激しいスコールがきた。
滝では季節外れの水遊びを笑いながら見ていた番頭さん、今度は自分がびしょ濡れだあ。
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