29日、木曜日。
今日はいよいよ、貸店舗のお祓い日である。
朝6時から、隣家の主人や友人、親戚が集まって、ラープ(豚肉血まぶし叩き)とゲーンムー(豚肉スープ)の調理が始まった。
「トントントン・・・」
丸太を断ち切った丸いまな板の上で豚肉を叩く音を聞きつけて、近所や通りがかりの人が、次々に台所をのぞきにやってくる。
そのたびに焼酎を振る舞うと、必ず返杯がくるので断るのにひと苦労だ。
お祓いが終わるまで、酔っぱらうわけにはいかない。
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その間にも、次々に米の売り込みがやってくる。
村人たちは稲刈りと脱穀を持ち回りで助け合うのだが、その際には昼食や焼酎、飲みものなどを振る舞わなければならず、その出費に頭を悩ますことになる。
そこで、田んぼを持たない私の家に200バーツ、300バーツという単位で前借りに来て、米の収穫後にその代金分の米を納めるという仕組みだ。
村人たちは、今すぐに現金が欲しいものだから、通常の取引価格よりもかなり値引きしてくれる。
こうして私たちは格安の新米を確保し、村人たちは無事に収穫を終えるのである。
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調理が終わったところで、今日のお祓いを取り仕切る義兄のプーノイ(修行した人)がやってきた。
彼は、モーピー(霊医・霊占師)同様のパワーを持っていると噂されているが、隣家のプーノイのようにそれを商売にすることはせず、ラーが何度も頼み込むとやっと重い腰をあげてくれるのである。
彼の指示で小さな器にご飯とラープを盛り、お盆の上に水と焼酎の入ったグラスと共に載せる。
脇には、白い花を添えた。
それを抱えた彼をバイクに乗せて、貸店舗へ。
裏庭の隅にある小さな祠にそれを供え、3本のろうそくと線香に火をともす。
彼が祈祷の言葉をとなえる間、私も脇にしゃがんで両手を合わせ、商売繁盛を祈った。
*
ラープとゲーンムーで朝食を済ませると、引っ越しは12時まで待てという。
せっかちな私には、すべてがのんびりし過ぎだ。
11時になると、また人が集まってきた。
今度は、竹で編んだ漆塗りの大盆に、ラオスのビエンチャン博物館であがなった商売の神様(象頭人体の仏像)を載せ、そのまわりを朝と同じ供物で埋め尽くす。
それに、大鍋に入れたラープとゲーンムー。
焼酎多数。
これらを手分けして店まで運ぶと、店の前ではすでに隣家のプーノイがドラム缶で急ごしらえした祭壇の上に供物を載せ、ろうそくを灯してお祈りを始めていた。
義兄のプーノイに手招きされて、寝室用の小部屋に入る。
ここには枕、砥石の上に載せた蛮刀、運んできた供物の大盆がセットされている。
枕は、引っ越しの象徴、蛮刀は災いを断つための象徴だという。
そして、私とラーに仏像と供物が載った大盆の縁を両手でつかむように指示してから、プーノイの祈祷が始まった。
それが終わると、今度は恒例の“糸巻き”である。
束ねた白い木綿糸の先を、グラスの中の水と焼酎に交互に3回ひたし、まずは右手、次に左手の手首に1回、または2回巻き付けて結わえたら、それを手で引きちぎる。
祈りの力を強めるために、今日は隣家のプーノイ、義兄のプーノイ、村長、従兄弟のマンジョーの4人が順繰りに巻いてくれた。
私は特に何も感じなかったのだが、義兄のプーノイが巻いてくれているときに、ラーは確かな霊力を感じたらしい。
「あたし、義兄が怖い。彼のパワー、あたしには強すぎる」
隣りでそうささやきながら、顔をしかめて、しきりに右手で左腕をさすっている。
首をねじってみると、なんと鳥肌が立っているではないか。
うーむ。
やっぱり、彼のパワーに関する噂は本当だったようだ。
これなら、今日のお祓いと商売繁盛祈願は間違いなく効果をあげるだろう。
最後に、義兄からひとこと。
「ここに仏様だけを残して家に帰るのは災いのもとだ。3日間はここに泊まって、仏様をお守りするように」
*
お祓いを終えると、あとは宴会である。
友人が駆けつけてくれたり、通りがかりの人を呼び込んだり、宴の輪がどんどん広がって行く。
4時半になって、今夜はここに泊まらねばならないことを思い出した。
あわてて、町にベッドマットを買いに出かけた。
枕や掛け布団を含めて、6,000バーツ。
これは、計算外の出費である。
コンクリートの床にゴザを敷き、マットを据え付け終わると、そこへ巨大な蚊がブーン。
「蚊帳だ、蚊帳だ!」
家主の雑貨屋へ駆け込んだ。
蚊帳を買って店に戻ろうとすると、「クンターたちは、ここでひと休みしていなよ」と言いつつ、旦那がその蚊帳と電動工具セットを持って店に向かった。
ビールを飲み、カオパッ(焼き飯)で腹ごしらえをし、もろもろの精算をして店に戻った。
寝室をのぞくと、蚊帳がきちんと吊られている。
だが、壁の一ヶ所にさっきまではなかったドリルの穴があき、そのまわりの白いペンキがすっかりはがれてしまっている。
どうやら、旦那が蚊帳用の釘打ちの場所を誤ったようだ。
アチャーッ!
だが、今日は女房殿がもち米を炊いて差し入れてくれたり、長椅子や蛇口付きのクラーボックスを貸してくれたり、なにくれとなく世話を焼いてくれている。
ここで文句を言う訳にもいかない。
水浴びを済ませると、どっと疲れが出て、8時半に真新しいベッドに潜り込んだ。
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嫁さんとのごたごたがあった後でしたから心配しとりました。
どうも、ご心配をおかけしました。
今朝、書きためた記事をすべて掲載したので、これらを読んでいただけたら、これまでのいきさつがご理解いただけるのではないかと思います。
それでは、今後ともよろしくおつきあいのほど。