【タイ山岳民族の村に暮らす】

チェンマイ南西200キロ。オムコイの地でカレン族の嫁と綴る“泣き笑い異文化体験記”

【ニューヨークの花火】

2006年07月06日 | 新緑のニューヨーク
 昨日4日は、アメリカ合衆国の独立記念日だった。
 
 週末から続いた4連休(HAPPY FOURTH)の締めは、全国各地で催される花火大会。

 ここニューヨークでも、夏の観光の目玉になるほどの人気ぶりだ。

 朝からの曇天もあって、気分はいまひとつだったが、3ヶ月に及ぶニューヨーク生活もそろそろ終わりに近づいてきた。

 去年は6月中旬にニューヨークを離れたため見物できなかったこともあって、寝不足でへたれこみそうな体に鞭打って地下鉄に乗り込んだ。

 行き先は、サウスフェリー駅近くのバッテリーパーク。マンハッタン島最南端にある公園で、ここからは自由の女神像を眺めることができる。

 9時半頃からの開始だというのに、すでに駅周辺の公園やフェリー乗り場には人があふれている。

 ちょうど8時をまわったばかりで、西空を得も言われぬあかね雲が覆っている。

 花火開始時刻を尋ねた警備員のすすめにしたがい、閉鎖された海沿いの高速道路にむかう。

 湾沿いに伸びたハイウエイがちょうど高まりを見せるあたりが、絶好のビューポイントになっているのだ。

 すでに見やすい全面は満員で、なんとか隙間のありそうな場所を探す。

 前方には、電飾のブルックリン・ブリッジが優雅に浮かび上がっている。

 穏やかな表情をした中年のカップルの横に立ち、開始時刻を待つことにした。

 彫りの深い夫人の横顔が、4日前の深夜、私を振りきるように地下鉄に飛び乗ったJudyの姿を思い出させて、辛い。

 9時20分、いきなりの轟音と共に絶え間ない花火の饗宴が始まった。

 偶然にも、私の立った位置は湾対岸の打ち上げ場所正面に位置しており、見物場所としては最高のロケーションだった。

 夏の花火を見るのは、何年ぶりだろうか?

 次々に夏の夜空を彩る音と色彩の饗宴に見ほれながら、カミさんの旅立ちを中心にしたここ数年の疾風怒涛ぶりを振り返る。

 そして今、新年のカウントダウン花火を共に仰いだJudyが横にいない喪失感に改めて打ちのめされるのだ。

 彼女との出会いによって再生の兆しをつかみかけた心が、彼女との離別によって、再び振り出しに戻りつつある予感が強い。

 別離は、まだ決定的になったわけではない。

 3月後半から彼女の身辺に起こっためまぐるしい変化についての説明は受けたものの、彼女の心の中に起こった“何か”について私はまだなんの説明も受けてはいない。

 だが、もしも彼女が今週の週末までに自分からすすんで私に連絡してこなかったとしたら、そして、彼女が同居人たちと共に捨てることを決意したらしいアパートで私が彼女を待ちかまえつかまえることができなかったとしたら、私にはもう彼女の新しい住まいを探し出す術は残されていない。
      *
 ニューヨークの花火は、「花火」というよりも夜空を彩るグラフィック・デザインという趣が強い。

 日本での打ち上げのような“余韻”はなく、趣向を凝らしたデザインが絶え間なく夜空を彩り続ける。

 久しぶりに本格的な花火大会を見る私にとって、特に珍しかったのは、クラゲのような形をした数個の白い花火の塊がするすると天にのぼり、落ち、再びのぼって消えていくという不思議なパフォーマンスだった。

 歓声をあげ、拍手をしながら凝らされた意匠と腹を揺さぶる轟音に魅了されながらも、心の中にはJudyの不在が否おうなく広がり、生への意思を侵食していく。

 「これが最後のニューヨークになるかもしれない」

 思わずこみあげてきた思いに、愕然となり、うめき声が漏れる。

 私にとってのニューヨークとは、Judy Romerというミステリアスなニューヨーカーそのものであった。

 Judyとの出会いで始まった約1年間におよぶニューヨークとの縁は、Judyの不在とともに跡形もなく断ち切られてしまうだろう。
       *
 正味30分の花火の饗宴は、連発クライマックスの末に唐突に終わった。

 余韻や感傷を排除したあっけない幕切れをあっさりと受け入れて、ニューヨーカーたちはそそくさと家路に着き始める。

 ・・・今週末、Judyは私の前にどんな幕切れを提示するのだろうか。

 そういえば、ニューヨーカーのくせに彼女は、自由の女神像があるリバティ・アイランドにも足を踏み入れたことがないと言っていたっけ。

 まあ、東京人が東京タワーに昇らないようなものなのだろうが、「そのうちに一緒に行こう。俺が案内してやるよ」という約束もまだ果たしていない。

 ふと思いついて、彼女と同行するときにはこれだと思い決めていたスタッテン・アイランド行きフェリーによるニューヨーク湾からの夜景見物を自分だけで実行することにした。

 係員に聞くと、「10時半初で向こうに行き、11時発でこちらに返ってくればパーフェクトだね」という。

 涼しい海風を浴びながら、幻想的なニューヨーク夜景を虚しい心のまま胸に刻み込む。

 「Judy! Where are you?」

 彼女がいるはずのニュージャージーの夜空に、小さな花火があがった。




 

 

 
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