懐かしい邦楽:007 〜 心にしみる曲
俺はフォーク歌手じゃない!
井上陽水は世間一般的にはフォーク歌手として認知されていますが、本人は自分のことをフォーク歌手と思った事は一度としてないそうです。 高校時代はビートルズに狂うなど、当時の若者としては、極々当たり前な音楽嗜好だったといえます。 1948年生まれの陽水の年齢とビートルズの年表を照らし合わせてみると、世界的なビートルズ・ブームの始まりの1964年が16歳、1966年の初来日の時が18歳の年に当たり、高校時代が丸々とその時代という見事なまでのリアルタイム世代なのがよく判ります。
一部のファンが不快だった!
1969年にアンドレ・カンドレという名前でCBSソニーからデビューするも全く注目されず・・・フォーク歌手というジャンルに色分けされているという事もあってか、各所でかなり嫌な思いもしたそうです。 この頃はまだ、フォーク=反戦歌、反体制といったムードが支配していたのも事実です。 吉田拓郎が「結婚しようよ」をヒットさせると、まるで売れたことが悪であるかの如く批判をする輩もいました。 実際に僕の同級生は「姉ちゃんが、拓郎も商業化したと言ってる」と言っていたのが未だに忘れられません。 僕は陽水と拓郎のリアルタイム世代ですが、ビートルズにどっぷり浸かり始めた頃で、当時はフォークブームでありながら、それ程、夢中になって聴いていませんでした。 そういった僕でも、「売れたからといって文句を言われちゃあ堪ったもんじゃない!」と一部の偏った考えを持っているフォーク・ファンに対しては、かなりの不快感がありました。
昼食を食べながら聴いた
すっかりビートルズ狂になっていた僕でも、昼休みに拓郎や陽水のアルバムが放送室から頻繁に流されていた為、シングル化されてない曲もよく知ってました。 陽水なんて、どちらかというと、シングル化されたわけでない、“アルバムの1曲”といった中に好きな曲が多かったですね。
今日ご紹介する「いつの間にか少女は」は、アルバムに(ライブアルバムには入っている)入っておらず、ヒット・シングル「夢の中へ」のB面曲という、一般的には捨て曲といわれるような位置に存在します。 このシングル盤は、1973年に公開された栗田ひろみ主演の映画『放課後』の主題歌、挿入歌として使われました。 陽水は栗田ひろみをイメージして「いつの間にか少女は」を書き上げましたが、結局、主題歌は「夢の中へ」になり、「いつの間にか少女は」は挿入歌に・・・。
それまで井上陽水はフォークファンの間では充分な認知度がありましたが、一般の人が誰でも知ってる存在というわけではありませんでした。 このシングルのヒットが、次の「心もよう」や日本初のミリオンセラー・アルバム『氷の世界』の大ヒットに繋がったといっても過言ではないように思います。
因みにこの動画に登場する土屋太鳳ちゃん、妊娠と結婚が最近発表されましたが、まさに“いつの間にか少女は”ですね♫
映画『放課後』の冒頭部分
大好きな曲ですよ。陽水は外せません!
有り難うございました!
栗田ひろみさん、顔がぽっちゃりしてて可愛い、いかにも昭和のアイドルって感じですね。
陽水や拓郎は、当時、アルバムを1枚も持ってなかったのに、何でよく知っているんだろうと、以前、疑問に思ったことがありましたが、昼食時に放送部が頻繁に彼らのアルバムを流していた事を思い出し、「成る程」と・・・
無許可で発売されたアルバムで聴く事は出来ますが、
これも今では入手困難ですね。
そのB面にモップスをバックにしていた時の音源があり、
モップスに提供された「傘がない」の陽水さんが歌うバージョン、
これが隠れた自分のお気に入りだったりします。
GFRの「ハートブレイカー」の紹介する時に話すつもりですが、あの曲の演奏をバックにして「傘がない」を歌えるんですよね。
陽水が自分のことを「フォーク歌手でない」と言ったのが良く理解できます。