「人間って、死ぬもんなんだよね……」

私が明日、死ぬとわかったら「自分にも相手にも優しくなる」
人間は、いつ死ぬかわからないんだ…みんなに優しくしよう。

【第八話 心地の法】05

2013-06-09 19:44:42 | OSHOの講話



(…ところが面倒なことになった。というのも、)

皇帝が ヒマラヤへ通じる すべての街道の守備兵に 命令を出したからだ。


皇帝は守備兵たちに、
「老子が 中国の 国境を越えてゆくのを見かけたら、かならず 彼を投獄せよ。
深く敬意を表しつつも、彼と交渉し、ヒマラヤへ行くのと 引き換えに 自らの体験を綴る書物をーーー重要な鍵を 書き留めさせるのだ 」と 命じていた。


老子は 丁重に捕らえられ、用意された守備隊の小屋に 閉じ込められると、告げられた。
「本質的な体験と それに到る手順を 書き記さないかぎりーーー我々は 厳しい命令を受けているのですーーーあなたが中国を去り、ヒマラヤに向かうことは 許されません 」


このような 愛のこもった 強い勧めを受けては しかたがない。

老子は『道徳経』を書いた。


老子は その最初の一行から こう始める。
「真理は 語ることができない。
語るやいなや、それは 真理ではなくなる 」


この 小さな書を 読む者はみな、まさに その冒頭から、これは 言葉であり、言葉は 言葉なき沈黙を 伝えることができない と警告される。

彼の 書物の序には こう記されている。
「私は強いられて、この書物を書いている。
だが、これは真理 そのものではない。
書物から 真理を手に入れることは できない 」ーーー

ーーー何という誠実さだろう!


(つづく)

【第八話 心地の法】04

2013-06-09 11:17:42 | OSHOの講話



(…臨済の 最後の言辞だーーー)

【「道(タオ)を奉ずる者たちは、つかんで、働かせるが、けっして名をつけないーーー
ーーーこれが〝玄旨(ゲンシ)〟と呼ばれる」】


道(タオ)は仏陀と まったく同次元の理解だ。

〝道(タオ)〟という言葉には 何の意味もない。

老子は それを やむをえず〝タオ〟と呼んだーーー
ーーーまさに仏陀が それを〝ダンマ〟と呼んだように、どちらも 意味のない言葉だ。



老子は、生涯 一度も 本を書かなかった。

皇帝さえもが
「あなたの体験を 書き留めるべきです。
未来の世紀には、それが価値を持つことでしょう」と しきりに勧めたものだ。

老子は言った。
「あなたは自分が 何を求めているのか ご存知でない。
誰にも それは書けないし、誰にもそれは 明言できない。

それを生き、それを 愛することはできる。

そのなかへ 溶け込み、そのなかに 蘇(ヨミガエ)ることはできる。
だが、
それについては 何も言うことができない。
言葉は あまりに かけ離れ、あまりにも 語弊が多い 」


生涯にわたり、老子は 弟子たちの申し出を いっさい拒んできた。


「あなたは完全に 静かで、穏やかで、至福に満ちた生を 送ってこられました。
あなたが どうやって この高みに到達されたのか、私たちは どちらの方角へ進めばよいのかを示すーーー私たちの手引となるーーーごく小さな書、二、三の経文、足跡を書き残してください。
さもなければ、
人類にとって 大きな損失になります 」

だが、老子は言った。
「口にしたいのは やまやまだが、体験の純粋さを 損なうわけにはゆかない。

口にするやいなや、それは 損なわれてしまう。

言葉は あまりにも小さく、体験は はかり知れない。

どうか私を 許して欲しい!」

これが 生涯を通じての 老子の態度だった。

だが、とうとう彼は 弟子たちに 言った。
「今や、ヒマラヤへ 身を隠すときがきた。

私の死は 遠くない。

私は ふさわしい場所で 死に出会いたい、死を歓迎したいのだ 」



さて、ヒマラヤの 永遠の静寂よりも それにふさわしい場所は ありえない。

老子だけでなく、多くの人々が その最後の日々に ヒマラヤに移り住み、万年雪の なかへと消えた。

ヒマラヤには 神秘的な魅惑がある。

あまりにも 高く、未踏の行路ゆえに、いまだに人が たどり着いたことのない場所がたくさんある。
そこは、
人や 人の発する醜悪な波動に まったく汚されていない。



老子は 弟子たちに別れを告げた。 ところが面倒なことになった。

というのも

(つづく)