へびのように賢く、はとのように素直であれ

いつの頃か、偽善が世の中に満ちている。偽善は見破らなければならない。へびのように賢く、はとのように素直でありたい。

駐米大使の対米強硬発言とその正しい評価、そして....!!

2009-09-17 13:35:02 | Weblog

外務省よ、
しっかりせよ!!
この国難、夷敵包囲の中、
この体たらく、先が思いやられるとはこのことだ?!!



 おそらく、元外務官僚の天木さんの言であるから、真実であろう。官僚の腐敗、士気喪失があるとすれば、これ以上のものはない。相当、根が腐っている。


 組織がどうのこうのという前に、人間が腐っていては話にならない。組織は人間が作るものだ。腐ったリンゴは、隣のリンゴも腐らせる。組織の中の癌だ。まさに伏魔殿と表した、田中真紀子元外務大臣が思いやられる。


 もしも、実態がこうならば、手術が必要だ。


 検察も警察も、裁判所も、そして外務省までが........。平成の大掃除も、これからが大変だ。民主党も相当に性根を据えて事に当たらねば、容易でないことが分かる。


 これらを監視し、お天道様に、いや、国民の目の前にさらけ出す事はどうしたら出来るだろう。良心的内部告発か、それも限界がある。本当は、メディアの仕事であるが、今のメディアの同じ体たらくでは不可能だ。


  唯一、天木さんぐらいしかいないだろう。本当に貴重な存在だ。せめて、ブログで拡散するしかない。心ある無傷の官僚諸君は、今こそ目を覚ませ。胸に手を当 て、日本の国難に立ち向かう刷新官僚の会を立ち上げろ。そうすれば、今の国民は直ちに理解を示し、応援するだろう。それこそ、先ほどコメント氏に教えられたが、

棲守道徳者、
寂寞一時、
依阿権勢者、
凄涼万古、
達人観物外之物、
思身後之身、
寧受一時之寂寞、
毋取万古之凄涼

(訳:道徳に棲守(せいしゅ)するは、一時に寂寞(じゃくばく)たり、
権勢に依阿(いあ)するは、万古(ばんこ)に凄涼(せいりょう)たり
達人は物外の物を観(み)、身後の身を思う、むしろ一時の寂寞を受くるも、万古の凄涼を取ることなかれ)

http://www5.airnet.ne.jp/tomy/koten/saikon/saikon_d.htm#1

 『菜根譚』の故事を実践することとなる。一時の暗きは、永遠の光となる。

【転載開始】2009年09月14日

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藤崎一郎駐米大使の対米強硬発言とその正しい評価

 書くつもりはなかったが、この発言が一部メディアで「気概ある発言」などと評価されているのを知って、書かなければならないと思った。


 実はあの報道がテレビの画面で流されるのを偶然目にした私は、かつての同僚の変わり身の早さに、思わず苦笑せざるを得なかったのだ。


 国防総省のモレル報道官が9日の記者会見で、民主党政権になってもインド洋給油は継続するよう強く促すと述べた、と報じられた。明らかな牽制である。


 これに対し、藤崎一郎駐米大使が10日の記者会見で、すかさず切り返した。


 インド洋給油は日本政府が主体的に決めてきたことだ。米国から言われてやるものではない。日米の信頼関係は報道官を通じてやりとりするものではない。などなど。


 対米従属一辺倒の外務官僚がよくぞ言ってくれた。藤崎駐米大使は気概あるサムライだ。


 もしそのような印象を持ってこの報道を受け止めた読者がおられたら、残念ながらそれは勘違いだ。


 藤崎大使は米国に向かって言っているのではない。鳩山民主党新政権に向かってメッセージを送っているのだ。どうか大使を更迭しないで欲しい。民主党政権の外交に従います、と。


 それにしても、核密約はないと否定しながら一転して調査に協力すると言い出した藪中次官と言い、この藤崎発言といい、その変わり身の早さには驚くばかりだ。


 藤崎大使はかつての私の同期だ。藪中次官は一年後輩だ。


 私はよく知っている。彼らもまた、すべての野心ある外務官僚と同様に、対米従属に徹して外務省の中枢を歩んできた者たちだ。


 その彼らが、自民党から民主党に政権が交代したとたん保身のためにここまで言動を豹変させるのだ。


 彼らには信念に基づいた外交などはない。あるのは時の権力に迎合することだけだ。


 自民党政権の下においては、その主人である米国に絶対服従していればよかった。


 民主党政権になった今、彼らの主人は民主党である。民主党の対米政策がはっきりしない以上、米国に従属するより民主党政権に迎合したほうがより安全なのだ。


 そういう配慮から出てきた藤崎発言である。


 しかし、彼の発言は嘘だ。誤りだ。


 日本は米国の要請で外交を決めた事はない、などというのは冗談が過ぎる。無理を承知で米国に追従してきたではないか。率先してそれを行ってきたのは藤崎大使ではなかったのか。


 それに、報道官ごときにとやかくいわれる筋合いではない、というのも大きな間違いだ。報道官は勝手にそのような発言をしているのではない。国防総省を代弁して発言しているのだ。インド洋給油を続けてくれというのは米国政府の要望なのである。


 さぞかし米国は笑っているだろう。あれほど米国に尻尾を振っていた存在感のない日本の大使が、政権が変わったとたんに強硬な発言をし始めた、と。新政権に媚びた発言をし始めた、と。【転載終了】


【もう一つ】2009年09月15日

チューインガム次官を放置する外務省

 どうでもいいような事だが、実は組織論として重要な事ではないかと思って書いてみる。


 9月15日の毎日新聞に「仲川市長 ガムかみ答弁」という見出しの顔写真入の大きな記事が掲載されていた。


 仲川げんという名の奈良市長が(33)が11日の市議会本会議中、ガムやアメを食べながら答弁していたというのだ。


 会議終了後に議長が厳重注意し、市長が謝罪していたことが分かった、と記事は書いている。


 「仕事中にガムをかむこと自体、信じられない。規則で定める以前の問題だ」と怒る市職員の言葉が載せられていた。


 それを読んで私の脳裏に過去の苦い経験が鮮やかによみがえってきた。


 外務省の藪中事務次官がまだ課長の頃の話だ。


 アジア諸国の日本大使館の幹部館員が年に一回外務省に集まる会議の席上の事だ。


 本省を代表して出席していた薮中課長がガムを噛みながら私のところへやってきた。


 話の内容は他愛ないものであったが、その時私は言いようのない不快感を覚えた。


 当時彼は出世コースの登竜門である官房課長であった。私はマレーシア大使館の公使であった。


 幹部職員が勤務中に外務本省の建物の中でガムを噛んでいること自体が驚きであったが、年に一回の在外公館幹部館員と本省との会議は、外務省の中でも重要な討議の場である。


 特に年に一回本省に帰ってくる在外幹部職員にとっては、緊張して臨む本省の幹部や同僚との討議の場である。


 私は自分が馬鹿にされたような気がしてよほど注意しようと思ったが言葉を飲み込んだ。


 私はその時に藪中課長のおごりを見る思いであった。


 もし我々が彼の将来を決める力を持っている者たちであれば、彼は決してそのような態度をとらなかったに違いない。


 本省幹部の彼にとっては、在外公館の職員は、たとえ先輩であってもどうでもい存在なのだ。


 このような人物が組織の上に立っていく。


 そういう外務省の組織に、私は危ういものを感じた。


 後に思わぬ形で外務省を辞める事になった私は、その事を「さらば外務省」(講談社)の中で書いた。


 それから6年たって、私は今でも藪中次官が省内でガムを噛んでいるという事を知った。


 奈良市議会の場合と違って、誰も彼に忠告する者はいない。


 奈良市議会の場合と違って、外務省の内部の出来事は、メディアや一般国民の目にさらされることはない。


 外務省のこの弛緩と閉鎖性こそ、日本外交をここまで劣化させた原因の一つであると私は確信している。


 そのような外務官僚に外交を独占させてきた事が、日本の外交をここまで行き詰まらせたのだ。


 民主党政権の下で、外交もまた官僚の手から国民の手に取り戻されなければならない。


 鳩山首相や岡田外相がその事に気づくかどうか、そこが問題だ。


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 「小泉元首相のエルビス・プレスリー記念間訪問の裏に隠されたエピソード」【もう一つ終了】


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