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ブログ・若手研

愛知でサークル活動をしています。授業づくり、サークル活動、初志の会について、ワイワイ、一緒にしませんか。

18年11月29日(水) 『考える子ども』06.11月号が届く

2006年11月30日 | 『考える子ども』
今日、 『考える子ども』06.11月号が届きました。
特集は「豊かな学力」
静岡・安東小の石上先生、名古屋大学大学院の伊藤先生、愛知・豊田市青木小の大野先生など、東海地区の先生方の原稿が掲載されています。
ぜひ、読んでみたいと思います。

今日、東海集会(静岡)の参加申し込みをしました。昨年は銀行振り込み、今年は現金書留でした。行く気になってきました。

また、あわせて、初志の会50周年記念事業への賛助金も振込みました。
みんなの力で目標を達成したいですね。
みなさんは、もう協力されましたか?まだの方はぜひどうぞ。

それから、N先生から、お茶の実践報告が届いています。
また、アップします。

18年10月15日(日) 『考える子ども』(304号:2006年9月号)より

2006年10月16日 | 『考える子ども』
先週『考える子ども』第304号(2006年9月)が届きました。
特集は8月に開催された初志の会全国集会です。分科会、シンポジウムの感想から総会の様子までほぼすべての内容が網羅されています。
学年別分科会では、提案者と参加者の両者の感想が併記されており、どのような分科会であったのかを両者の立場からとらえることができ興味深い。
また、テーマ別分科会の報告では、安東小OBのK先生が安東小の考え方、手法がコンパクトに分かり安く整理されていました。
 
今回、こうした特集と合わせて、学力について以下の二つの論が掲載されています。
学力に対する説得力ある小論です。
(1)豊かな学力-子どもと共に創る授業から見えてきたこと-
               (埼玉県所沢市F先生)
(2)内在的な価値に基づく学力への転換(名古屋大学柴田好章先生)

(1)は、東京学芸大に1年間の内地留学を果たしたF先生が、おぼろげだっためざしたい授業の姿を明確にとらえ、みえてきた授業観(教育観)に基づく実践の様子を綴られたものである。1年間にF先生は、安東小を始め、伊那小、鳥取県泊小、奈良女附小、附属竹早小など全国の小学校の授業を参観し、研究をされました。
座席表を授業づくりの基盤として、「子どもと教師が共に創る授業」をめざしてみえます。

 F先生の昨年の内地留学の様子と現場に戻られてからの様子は、以下のブログで詳しく知ることができます。
◆はーと&はーと2006 http://kfujita11.exblog.jp/

(2)の名古屋大学柴田好章先生は、学歴社会の変化と学習意欲の低下という状況の変化を電車が渋滞した状況にたとえて説明してみえる。そして、この変化の学力を手段から目的に転換させる好機ととらえ、価値に結びついた豊かな学力への転換を説いてみえます。

ぜひ一度ご覧下さい。





18年5月22日(月) 『考える子ども』301号

2006年05月22日 | 『考える子ども』
今日、初志の会の機関紙『考える子ども』第301号が届きました。

年間6~7冊のペースで300号です。
まもなく50周年を迎えるにふさわしい歴史を『考える子ども』を持っています。

今回は、200号から300号までの総目録の特集です。
目を通しながら、懐かしい記事がいくつもありました。

あの頃、必死で読んだ記事にはマーカーで色をつけていました。
真っ赤に染まった『考える子ども』がとても懐かしいです。

自分の原稿は恥ずかしいばかりだけですが。

編集に携わってみえる先生方、本当にありがとうございます。

また、今回、今年4月に開催された運営委員会の報告が掲載されています。

50周年を迎える会の今後について真剣に討議されたようです。
会の名称、主張、今後の活動の方向が記されています。
また、『考える子ども』を活発な討論の場としていく、という意見が編集後記に記されています。
意図的な討論の場の設定も方法としてありうる、と思いました。
今後に生かしていけたら、と思います。

18年5月12日(土) 本当の「学力」

2006年05月13日 | 『考える子ども』

以下の文章は、いつ頃書かれた文章か、あるいは、筆者はどなたか、お分かりになりますか。

 「ほんもの」にするためには、かっての経験と絡み合わせて情報を聞きとっていく。そういうことによってだんだん本物になっていく。ほんもののの学力は人間とともに育っていく。 本当に生きてはたらく知恵・学力は、人間の燃焼とともに育つものである。 本物の学力は、子どものものの感じ方・思い方・考え方・行い方のすじ道を大切にする。これを「子どもの生活の論理」という。

「本当の学力」「生きてはたらく学力」「生活の論理」など今日のもののように感じますが、実はこれは、、あの東井義雄先生の昭和32年『村を育てる学力』の主張です。
驚きました。現在の学力論争での意見かと思うほどです。
そして、現在私たちが求めるものもここにある気がします。

修学旅行のガイドの説明を「東大寺は木造建築では世界一」と暗記しているだけの子ども。「姫路のお城と東大寺とどっちが大きいの」と問われて、「さあ」といわなければならない程度の知識を本物の力といえるだろうか。「にせもの」ぱかりを追っかけていると、とうとう、人間そのものまでがだめになってしまう。

そして、「はいまわる児童中心主義」に陥らないためには、「教科の論理」を子どものものにしてやる。「子どもの生活の論理」が「教科の論理」を完全消化するように。と述べてみえます。

私たちの年代からすると、東井義雄、斉藤喜博というのは、偉大なる先人という感があります。新任の頃、向山洋一氏による斉藤喜博批判「出口論争」がありました。名前だけは知っているという感じでした。

この書物から50年を経過し、「生活科」「総合的な学習」が生まれました。また教科においても子どもの論理を大切にした実践が生まれています。

改めて、東井先生の主張に触れて、生活教育の大きな流れ改めて感じました。

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3月25日 『考える子ども』300号

2006年03月25日 | 『考える子ども』

昨日『考える子ども』300号が届きました。

 『考える子ども』は初志の会の機関紙です。
第1号は、昭和33年11月であり、50年以上発刊されてきました。
300号は、記念号として特集が組まれています。

初志を忘れずしたたかに改革を   市川博(帝京大学) 
「考える子ども」と初志の会の迫力 上田 薫(本会名誉会長)

また、初志の会の外部方からの稿もありました。

「考える」子どもの姿を多面的に学びたい 臼井嘉一

評議員17名、の方からの「考える子ども」300号に寄せて

加藤九二代 300号に寄せて
霜田一敏 社会科の初志から教育の初志へ
戸崎延子 今こそ「初志の会」の出番
戸田久雄 教育の本質的なことに目を向ける
外山 明 私の澪標-「初志の会」を回想して-
西 良孝 医者は病気をみ、名医は病人をみる。教師は…
橋本輝久 だまされない人間を育てよう
長谷川正巳 つながりを求めて
深谷孟延 初志の会がゆえに
前田勝洋 子どもありきの逍遥
松村好雄 初志の会は宗教か
溝端祥浩 初志の会はわたしたちの拠りどころ
水戸貴志代 「温故知新」若い人びとへ
山本良苗 現場を離れた十年
若林シゲミ 300号記念に寄す
渡辺富士男 伸びよ-その時、その場所で-
森 茂 長坂家のころ

運営委員11名の方からの「考える子ども」300号に寄せて

堀 智晴 自分の生き方を問う会
江口勇治 300号に寄せて
田中恵子 初志の会と私
廣川治夫 考える力の育成を重視する教育活動を
荻野俊明 初志の会について思う
足立敏雄 2020年・『考える子ども』400号へ
市川則文 会は、どんな子どもをめざしたか、めざすのか
小酒井厚子 安東を引き継ぐ
近藤久史 能力
田代裕一 「考える子ども」に書いたこと
樫村憲一 よき出会い

そして特集と関連した、研究者、現場教師の稿が並びます。

藤井千春 「個」を育てる教育技法の習得と伝達
小林宏己 実践と研究を統一する存在としての教師
水田辰男 300号に思う 教育実践の「まなざし」の豊かさと確かさを
川合英彦 元気がでるサークル-「やりがい」が教師の資質向上に-
川合春路 支えあい学び合う場としての「考える子ども」

歴代編集長の思い出

渥美利夫 長い年月だった
的場正美 現代的問題と考える子ども
島本恭介 気が休まらない毎日です

連載講座

田島 薫 絶対のよいモデル依存(塾式)授業からの脱却と、新しく求められる初志と授業
山根栄次 初志の会の半世紀(4) 初志の会と私の社会科教育研究

入門講座

竹中輝夫 わたしの授業観を変革させた一つの契機(5) 学び方(学ばせ方)を変革させよう(その1)

林間抄残光(8) 上田先生のリアルタイムのエッセーです。

職員室の風景

宮沢知可子 「職員室をのぞいてみると…」


図書紹介

福田宏美 『個が深まる学び-安東小学校の挑戦-』(明治図書:上田薫・安東小 著)

研究集会の報告

征矢 隆 第44回長野県研究会報告
中村有佐 2006年関東地区研究集会
堀田隆長 東海地区研究集会-社会科がめざす子ども像-
古 隆子 2006年関西社会科の初志をつらぬく会冬季研究集会報告-今、一人ひとりに『生きる力』を育てるには-
田上 哲 西部地区研究集会を終えて-集会を通して確認すること- 

時評

中村栄三 危機意識の洞察を変革の活力に

実に多くの方に思いがこの一冊につまっています。
普段合うことのない方がたですが、わたしたちの仲間が、こんななにもいることを実感します。
そして、全国各地で、初志の会をよりどころとして活動してみえる方がいることを心強く思いました。

手元に届いた「考える子ども」について、ぜひ感想、コメントをお寄せください。
また、「考える子ども」を希望される方は、初志の会のホームページより、会員、誌友への手続きをとってください。

▼初志の会ホームページ
http://homepage2.nifty.com/shoshi/





2月12日(日) 原稿送付

2006年02月12日 | 『考える子ども』
『考える子ども』(06年3月号)の原稿がやっと完成しました。
締め切りを過ぎてしまいました。
編集長のS先生、すいませんでした。
S先生には、締め切りの日に電話しました。
S先生の温かなお言葉に救われました。

今日は休日。郵便局はお休みです。市の本局に行って速達で送りました。
ちなみに、本局は年中無休、24時間OKとのことです。

今回、原稿を書きながら私にとってのサークル活動とは何なのか、
改めて考える機会となりました。

サークル活動への思いが改めて高まりました。
そして、「ここは、もう少しこうした方がいいな。」と反省することろも。

ありがとうございました。

※写真は本局の窓口。携帯によるモバイルです。局の方は、とても親切でした。

2月11日(土) 溜池先生からコメントをいただきました

2006年02月11日 | 『考える子ども』

このブログにて、『考える子ども』の溜池先生の論稿について紹介させていただきました。
▼1月30日 正しいか正しくないかを超えて

このブログに溜池先生から、コメントをいただきました。

 つたない論考を読んでいただきありがとうございました。教師の枠組みをはるかに越える、そういうすごさときちんと向き合うことで、教師は世の中の価値を相対化し、自分がどこに立っているのかを知ることが出来る。僕はそう信じています。「おとなだってほんとうはぜんぜんわかっていない」ことを認めること、したがって子どもと同じ地平で考えること。やはりそれはむずかしいことです。

コメントから、溜池先生のお人柄を感じました。
子どもに対する誠実をさ学ばせていただいた気がします。

<難しいですね。
と溜池先生が書いてみえるところに、鍵があると思いました。
教師が子どもと同じ目線にたつとは、子どもと同じように現実を見つめ、子どもの筋道で考えようとすることのように思います。
「世の中を相対化する」とき、教師もまた、絶対ではなくなる。それでよいのです。
しかし、このとにと賛同できる雰囲気を職場で創るには、時間がかかりそうに思います。
職員で、サークルで、ぜひ話してみたいと思います。


1月30日(月) 正しいか、正しくないかを超えて

2006年01月30日 | 『考える子ども』
『考える子ども』299号(初志の会機関紙 2006年1月)に溜池善裕先生(宇都宮大学)が「ユタカナナガクリョクを育てるために-授業を出来事にするということ-」という論稿を載せてみえます。
概要は以下の通りです。

「出来る/出来ない」が問題とならない授業として、堀川小(富山市)の広田先生の05年の授業記録を例に挙げてみえます。そして、①授業者が子どもの発言を受容しながら、子どもが一番言いたい事-子どもを支えている思いを引き出していること、②そこでは、授業のねらいから一見無関係に見えることでも、子どもにとっては無関係ではなく、本当の思いを話すための必要であり、子どもの発言を規定する枠を教師が設けないこと、③子どもたちが新たな枠組を作って力が「ユタカナガクリョク」である。

私は、この考え方に基本的に賛成です。

今、「伝え合う力」を主題にした研究が盛んに行われ、話し合いや交流場面について授業研究が多くみられますが、一つのねらいに気付かせるための話し合いであったり、賛成か反対かについ意見を出し合うという場合が多いように思います。教師が想定した枠の中で
の授業です。

授業研究も、教師が想定した範囲内で、ねらいとする意見や考えが出たかどうか、
そのための手立てが有効であったかを検証する、という場合が多いのではないでしょうか。

しかし、話し合いの枠組みを自分たちで作っていく子は、腰が強いと思います。自分の生活経験に根ざし、自分の頭で自分の生活経験のすべてを総動員して考える子だと思います。まさに、自分自身を豊かにしていく子だと思います。

私の学校の現職教育にぜひ取り入れたい考え方です。
めざす子ども像として。

今まで、初志の考え方と学校の現職教育とは別の場合が多い、と考えていました。
しかし、その接点をとらえ、生かしていくこと、反映させていくことを考えています。
そこには、授業者の意識改革が必要です。
そして、機会があれば、主たる考え方として、研究を進めてみたいものです。

溜池先生、ありがとうございました。
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1月29日(日)教師にとってのサークル活動

2006年01月29日 | 『考える子ども』
今、サークル活動について原稿をまとめている。
あなたは、何かサークルをしてみえますか。
最近は、個人の時間を大切にして、仕事以外で教育にかかわるサークルを行う人が減っているようです。
民間の教育団体の多くは、会員の減少という事態に直面しているようです。

私個人は、
まだ、週5日制が始まっていなかった頃、小学校勤務を終えて、土曜の午後からサークルが開かれる大学に通うのが、楽しみでした。
自分の実践を見てもらえる、わくわくした気持ちでした。

以来18年が過ぎました。
サークルの在り様も、教育団体そのものも、少しずつ変化しています。
自分の立場も大きく変わりました。

それでも、同じ志の仲間がいて、
学校が違っても、一緒に同じ道を歩んできました。

学校が変わっても、学校の研究指定が変わっても
ずっと、私のめざしてきたことは変わりません。

「仕事」か「趣味」か「遊び」かと問われれても、確かな答えを用意できません。

私にとって、「自己表現、自己実現の場」であった、
と応えると思います。

何とかしたい、自分の授業を高めたいという気持ち一つでした。

自分が費やしてきたエネルギー、時間、労力は、私の教育人生を豊かなものにしてくれました。

こうした思いを、原稿に綴っています。

(『考える子ども』300号掲載予定)

みなさんのサークル体験、サークル運営などで、ご意見があれば、ぜひお聞かせください。

(ちょっと熱く語ってしまいました。)
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10月8日 「考える子ども」9月号 《初志の会》

2005年10月08日 | 『考える子ども』
昨日、社会科の初志をつらぬく会の機関紙『考える子ども』9月号が到着しました。

「全国集会報告」の特集号でした。

特集号を読んで感じたこと
◆分科会報告を初めて全国大会に参加された方や、会員ではない方が多く書いてみえました。佐藤学先生の指導で有名な浜之郷小学校の先生も的場先生の講演について原稿を書いてみえました。外から見た目で初志の会の特徴がよくまとめられていると思いました。昨年の夏の集会以上の参加だったとのことですから、こうした傾向が出たと思いました。

◆ 林間抄残光 (上田薫先生)
 上田先生が初志の会50年の歴史を大きく3つ(細かくは4つ)の時期に分けて回想してみえる。
  ① 創成前期(1958年~66年)
  ② 創成後期(1967年~72年)
  ③ 安定期 (1973年~94年)
  ④ 激動期 (1995年以降)

 自分が生まれる前が続く会。私がこの会に入会して18年になる。安定期に入会し、今激動期を迎えているということだ。

上田先生の文章から伝わってくるのは「反骨」の精神である。「もとも文部省と闘うためにできた会」「進歩派から批判されるとわたくしは、その方にも強烈に応戦した」と回顧してみえる。そして、「圧力の壁に取り囲まれることがなくなれば、会自体の団結が鈍化する」「もう一度反骨に徹して…会を作れということができるであろうか。」と述べてみえる。

 自分の生き方が問われている気がしました。


 
 

6月5日(日) サークル活動の魅力 (kawa)

2005年06月05日 | 『考える子ども』
『考える子ども』5月号に、M先生が、
       『十年一昔っていうけれど……あかりの会で学んだことは?」
という題で稿を寄せてみえます。

あかりの会は、始まって今年でちょうど10年目迎えられました。(おめでとうございます。)
そのメンバーの10年をふり返っての文章が並びます。
そうした、文章を考察して、M先生は、メンバー文章の共通点として、以下の3点を挙げてみえます。


 ①仲間と集うことで勇気付けられ、また新たな実践を試みようと思ったり、改めて子どもに向き合い直そうと思ったりできるということ
 ②授業研究をして変わってきたのは、自分の普段のちょっとした表れや人への見方・接し方のような気がするということ。つまり、授業がうまくなるのではなく、(サークルを通して)人の見方が変わってくると言うこと。
 ③共同研究で見えてくるものは、互いの「人間」であるということ。定例会の回数を重ねれば重ねるほど、お互いの存在がどんどん個性的に感じられてくる。「私」は仲間の輪の中にあって仲間とつながりながら「個」を発揮する自分になるということだろうか。
                          (『考える子ども』05年5月号 p33)

サークル活動の魅力は、ズバリ「人間」であると、M先生は考察して見えます。

互いが支え合ってみえる。自分がサークル活動をやってみえる方あるいは、サークル活動をこれからやりたいと思ってみえる方、ぜひ『考える子ども』のM先生の稿を一読することをお薦めします。

私自身、自分たちのサークル活動を見直すよいきっかになりました。
『考える子ども』5月号を希望される方は、ご連絡ください。 

6月4日(土) 『考える子ども』5月号、届きました(kawa)

2005年06月04日 | 『考える子ども』
 今日、自宅の郵便受けに『考える子ども』5月号が届きました。
 今月号の特集は、初志の会・東海部が担当しました。
 執筆していていただいた先生方の原稿を読み、お礼の手紙を出しました。
 特集のテーマは、「授業分析における授業改善と教師の成長」です。
 的場先生が中心となって進めてみえる東海市との「教育実践プロジェクト」による「参加型授業研究」について、的場先生と浅田先生が執筆されています。
また、同様の形式による授業研究を進めてみる恵田小・岡田校長先生の文が並びます。岡田先生は、三河では、国語のオーソリティとして名を馳せた方です。今回、原稿を依頼しましたが、校長先生ご自身が執筆していただけるとは、思っていませんでした。原稿の内容も大変わりやすく、取り組みが大変よくわかりました。
また、静岡の中村先生が校内現職教育に立場から、三重の宮澤先生がサークル活動について述べてみえます。ぜひ、ご一読ください。 
もし、『考える子ども』をお持ちでない方は、下記ホームページより、メールにてご連絡ください。

若手研ホームページ

また、「林間抄残照」に上田薫先生のお言葉があります。
元気になられて安心しました。さらに出版をされるとのこと、そのパワーに驚きました。「自ら出される本の全編をつらぬいているのは、老いてどう主体性を堅持するのかという問題」と書いてみえます。また、「平和希求について)老人はなぜそのために大きな声をあげぬのか、というのが私わたくしの自省と痛憤である。」とも述べてみえます。

ぜひご一読ください。


考える子どもの編集 (kawa)

2005年02月12日 | 『考える子ども』
1月9日以降、大学に恩師、W先生を偲ぶ会の事務局の事で、しばらく、このペーシもご不沙汰していた。

『考える子ども』の編集については、編集委員長さんと連絡をとってすすめている。
東海地区担当の号は「授業記録」ですすめようと思っている。
M大・東海市の新しい動きもあるが、「教育改革は、授業改善から」というところをアピールしたい。そして、サークルで授業記録を読み合う意義や、現職教育での授業記録の扱いについて特集が組めれば、意義一冊になるのではないか。
 東海地区の研究部長S先生や、あかりの会のM先生、M大のM先生にも連絡して意見を伺っている。
 執筆担当者にふさわしい方をリストアップするには、私は微力すぎる。多くの先生方の力をお借りして、アンテナを高くして、広く集めていたいと考えている。
 「我こそは」という方はぜひ、ご連絡を。


『考える子ども』16年12月号より (kawa)

2004年12月17日 | 『考える子ども』

 初志の会機関誌『考える子ども』が届く。
「初志の会の理論と手法」的場先生が最後の編集長としてまとまめられたものだ。
今回、私もさせいただいた。驚いたことは、執筆してみえる、浅田先生、板倉先生が、自分の初志の会との出会い、そして自らの教師としての歩みを述べている点だ。そして、それぞれが似てる。人との出会いがあったこと、自らのスタイルとは違うものを吸収する形で、現在があること…。
 溜池先生のものがおもしろかった。すべてを疑え。初志の会のバイアスがかかっていてはだめだと。しかし、そうすると、初志の会のアイデンティテイはどうなるのか、とすぐ短絡的に考えてしまうが、もっと深い思考が必要なのたろう。

 初志の会の理念を学校経営に生かす、カルテと授業の関係などの論考は大いに参考になった。田代先生の授業表についての一文もかなり、ストレートに書いてあって、「授業表」とはどんなものか、ぜひ知りたいと感じた。 「考えるつどい」が夏で終了したことも古先生、水田先生の報告で知った。
それから、大雨川小の荻野先生が、転勤された学校が千万町小学校だったこと。そして、そこが荻野先生の母校ということも。
 じっくり『考える子ども』を楽しませていただいた。

【記録】
 東海集会の座談会の流れについて司会の岩久先生と連絡をとり決める。
 今日、登壇者へ郵送する。