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Hiroyasu-kingの体験記  裏読み思考で社会を暴く、真理不尽の違法許さず! 遊び心で一刀両断 是非に及ばず

ヒロヤスキングの穴馬指南奮戦記から、社会の真相に迫る裏読み体験談 
官僚国家の罠 国民は家畜じゃないよ!主権在民だよ!

無我の境地

2012年07月07日 16時20分26秒 | 義理.人情.恩返し.体験談.回顧録.仲間
無我の境地

子供の頃はマラソンも遊びの一つだったよ 速く走る、何時までも走れるスタミナは子供同士の力比べだよ
体力や力がないと強いとは言えないからね まずは体力勝負だよ 根性も比例してくるからね
俺はマラソンは速かったよ 体力があったね 4年生の時、学年の耐寒マラソンで1位だったよ
以後、マラソンは学校でやらなくなったからね 縄跳びに替わってマラソンはなくなった
中学に進むと 耐寒マラソンがあったよ 10キロマラソンだったね 部活は一年で止めたから運動はしていなかったけどね
3年間通してマラソンの順位は10番前後だったよ 450人位いる学年だからね まあまあの成績だろ
年に一回の大会だからまじめに走ったよ サボって途中で休もうかなと思ったこともあったけどね
走り出したら止まるのが嫌だった 苦しさに負けるような感覚になってね 止まれなかったよ
3年の時だね 気持ちはいい加減になってきてるからね 耐寒だからね 寒い朝だよ
普段は股引きをはいてるからね 寒さ対策には欠かせない下着だよ マラソンなら脱いで走るけどね
気持ちはいい加減だからそのままマラソンを走ってしまった サボってもいいと思っていたんだね
走り出したらまじめに走ってしまったよ 汗が出てきて衣類がビショビショになった 特に股引きだよ
汗を吸って股に絡みつく 足が重くなって走りにくくなった 途中で止まって休んでる連中も出てきたよ
俺もこの辺で止まるかと思いながらも走り続けたよ 股引きがへばりついて苦しくなってきた 
止まって股引きを脱ごうとも思ったけど、止まると走る気はなくなるなとも思って諦めた 
もう少し我慢しよう、限界まで走ってみようと思いながら走っていた
苦しくなってきた 苦痛が我慢できない位に圧し掛かってきた もうダメだと何度も諦めかけたよ
ゴールまではまだ遠い位置でこのままでは完走できないと思った
止めようと思いながらも、止まりたくなかった 走りながらも、ただただ、苦しさから逃れたかった
苦しさの中で、走ってることや苦しいという感覚を忘れたいと思ったよ 周りを見なくなった
走りながら、淡々と体を動かし、目を細めて足元だけを漠然と見ながら、足を一歩づつ淡々と進めたよ。
目で見て脳で判断することをしなくなった 一定のリズムで呼吸をしながら一定のスピードで足を動かしたよ 
体に勝手に走れって突き放した感じになった ただただ、走ってることや苦しさを忘れようとしたよ 
そのうちに記憶がなくなった 記憶をなくしたことも分からなかった

ガンバレーの声援でふと気が付いたら学校の近くまで来ていた 俺の体は走っていたよ
いつの間にか4キロ位走ってゴールにあとわずかというところまで来ていたよ その間、まったく記憶がないよ
意識の無い状態で体は走っていたんだよ 俺は無我の境地に入ったと思ったね 苦しさを感じなかったんだ
走ってることさえ意識から消えていた 目で足元を見て体が走った 不思議な境地に入っていたよ
声援で気が付くと苦しさは蘇ってきた ゴールは近いと分かると元気が出た 苦しさに耐えて走りきったよ
11位でゴールしたよ 股引きを脱いでいたらもう少し楽に走れたのにと反省したけどね
股引きを脱いでいたら無我の境地には入れなかったかもしれないね 俺はこのとき無我の境地に達したと思ってるよ
マラソンの極意を取得したような気がしたね 無我の境地に入れば苦しさを感じないと思ったね
苦しいとき 苦しさを忘れる 脳に苦しいと教えないんだよ 体が勝手に条件反射のように反応するんだね
でも、最近のマラソンを見ると恐いことなんだね 脱水症状になると死ぬからね 
体の限界を意識すると無茶だったなと思うよ 無我の境地とはあのときの感覚かなとは思っている




語れなかった仲間との死別 

2012年07月06日 13時05分27秒 | 義理.人情.恩返し.体験談.回顧録.仲間

語れなかった仲間との死別

俺が小学校の5年生の頃のことだよ 時期は記憶が定かではないけどね 
仲良くしていた男友達が交通事故で死んだよ 凄いショックだったね 直前まで遊んでいた仲間だからね
そいつは運動能力が学年でも飛び抜けて凄かった 足が速いし運動神経が発達してたよ
甘いマスクで男前だよ 女子にも好かれていて「憧れの人」みたいな存在だったね 男友達も多くて誰からも好かれていたよ
小学校では運動会は花形行事だろ スターだよ 俺も脚は速かったけどね とても適わぬ相手だったよ
そんな奴が 突然、交通事故で死んでしまったよ 一緒に遊ぶ予定だったけど二度と会えなくなってしまった
俺たちは学校が終ると校庭で暗くなるまで良く遊んだんだよ その日も、俺は帰宅しないで校庭で遊んでいたよ
そいつは一度帰宅して、学校に遊びに戻ってくる途中だった、仲間の自転車に二人乗りで向かってるときだったんだ
後ろから来たダンプに巻き込まれて事故になったようだ 狭い道路でダンプが来ると路肩がなくなるからね 危ない道路なんだ  
昔の道路は酷い状態だったからね アスファルト舗装にはなっていたんだけどね、工事用のダンプの通行が激しかったんだ
重い荷物を積んだダンプは道路を壊して、路面のアスファルトを波のように歪めてしまうんだよ
自転車に二人乗りをした仲間は左側通行で道路の歪みに振られたんだね その時にダンプが来たようだ
後ろに乗っていた仲間がダンプに巻き込まれた 後輪で轢かれて引きずられたよ 悲惨な事故になってしまった
自転車を運転した仲間は無傷で無事だったけど、死んだ仲間の姿は悲惨だったと思うよ 生き残った仲間は見てしまったんだね
生き残った仲間の心の底には入り込むことは出来ないよ 聞くこともその事を話題にすることも出来ないよ
自分だけが無傷で生き残ったんだからね ハンドルは自分が握っていたんだからね
自分が死なせてしまったとの思いが強かったと思う 仲間の悲惨な姿を見たショックは言葉にならないよ
今でも仲良くしてる仲間だけどね この事件のことを聞いたことも話したこともないよ 心情は痛いほど分かるからね

事故が起きた時、俺は校庭で遊んでいたよ 救急車のサイレンが鳴り響いたよ 何かあったと気になったけどね
そのうちに仲間の一人が「たいへんだ!○○がダンプに轢かれた」と言って走ってきたよ
俺たちはビックリして現場に駆けつけたよ 現場にはもう誰もいなかった でも事故の痕は直ぐに分かったよ
血溜まりの中にはどろどろの朱色の血の塊があった 道路には血の帯が5m位付いていたよ 
轢きづられた跡だよ よく見ると肉が挽き肉状態になってこびり付いていた 
赤い血は年中見ているけどね 朱色のどろどろした血ははじめてみたよ 異常な血だったね 頭を潰したかもと思ったよ
背筋がぞっとしたよ 一瞬で助からないかもと感じたね 事故の痕跡はすさまじい状態だったよ
二人乗りだから二人ともやられたのかと思ったけど、一人は無事だったと後で確認出来たから、ホット一安心はしたけどね 
もう一人は危篤状態だったからね 無傷に危篤と明暗を分けた結果に複雑な思いがあった 一瞬の怖さがあったね
助かることを願っても、事故の痕跡を見てるからね 絶望感が強かったけど奇跡を信じるしかなかったね 
翌日、学校で事故の説明を受けたよ、助かっても両足切断になるかもしれないとの話もあった
「走れなくなるのか」それでも助かって欲しいと願ったけどね、夕方には帰らぬ人となってしまったよ
お別れに行きたいと思ったけどね、遺体の損傷が激しいのか、会わせてもらえなかった 見ないほうが良いということになったよ

クラスでは生き残った仲間にどう接するかが話し合われたよ 当人はショックで何日か学校を休んだと思う
クラスでは今までどおり何もなかったように接することにしたと思う 事故の話をクラスで話題にしたことがないよ
仲間の心の傷に触れたくなかったんだね 誰しもがタブーな事として触れなかったと記憶しているよ
普通に誘って遊んで過ごしたよ 笑いを取り戻せるように普通に接したよ 本人に笑いを求めることもしなかった
仲間同士がじゃれ合ってふざけて笑っている中に放置していたよ 自然に笑顔が戻ってきたよ 
仲間が心底笑えるようになるには時間がかかったように記憶してるよ
死んだ仲間への思慕の情は皆が共有していたけどね、口には出さなかった 悲しみはそれぞれの胸の内にしまい込んだよ
悲惨で悲しい事故だった 残酷なことを目の当たりにしたよ ショックな出来事だったね
生き残った仲間は陽気で人気者に戻ったよ 陰のある表情はまったく見せなくなった 克服したんだね
責任感のある男だからね 心の葛藤は想像を絶するものだったと思うけどね 仲間の対応も良かったと思うよ

現代で同様の事故があったらどの様に対応するかね 興味本位に聞いたり話題にしたりしないかね
どんな対応が正しいかは分からないけどね 俺たちの仲間が取った対応は記載したとおりだよ
人を思いやる情の世界だと思うね 先生の指導も良かったんだろうね 思いやりだよね
仲間が死んだことの後悔は、当事者の胸ににグサリと突き刺さっていて痛ましいものだった
悲しい事故と受け止めて、苦しむ仲間の立ち直りをじっと待ったんだよ 笑いを取り戻すまでね
仲間の死に直面して「人は何時死ぬか分からないんだ」との認識はさせられたよ 
突然、仲間がいなくなってしまう悲しさや寂しさに、死ぬって事の意味が実感として伝わってきたよ
人の死を強く感じた出来事だったね 死んだ仲間を思い出し語ることはできなかったよ 傷つく仲間がいるからね
このことを知ってる仲間同士では、語れなかった悲しい話だよ  



親父 あの不発弾は何処に行ったのかね 

2012年07月05日 22時35分27秒 | 義理.人情.恩返し.体験談.回顧録.仲間
子供の頃の話をしたら、気になってる話を思い出したよ 戦時中の話だよ
親父から聞いた話だけどね 不発弾の話だよ
終戦真近の話だけどね 我が家に爆弾が落とされたんだよ 家には直撃しなかったけどね
便所の脇に落ちたよ 幸いにも爆発しなかった だから無事だったんだけどね
爆発してたら家はぶっ飛んでいただろうね 人間は防空壕に避難してたから助かったとは思うけどね
空襲が終って家に戻ったら、便所に行くローカの辺りに砂が飛び散っていて穴が空いていたそうだよ
なんだろうと思いながらも何かが落ちてきたって事は直ぐに分かったそうだよ 
空襲の後で上空を爆撃機が通過して行ったんだから、直ぐに爆弾が落ちたと分かった
問題はこれからだよ 何時爆発するか分からない 安心して暮らせないよ 意を決して掘ることにした
親父が掘ることになったらしい 命がけのことだけどね 家族のためには仕方がないことだよ
爆発する恐さを押し殺して掘ったそうだよ 爆弾まで掘ったら、爆弾は羽の部分のけつから突き刺さっていたそうだよ
真管が上だったから爆発しなかったそうだよ 恐る恐る掘り起こして背負い籠に入れて運んだそうだよ
爆弾を持って行くところがない、悩んだ末に山の中の古井戸を思い出したそうだ
水に浸けとけば火薬も湿気て爆発しなくなるだろう、使っていない古井戸だから問題も起きないだろうと判断して捨てたそうだよ
爆弾は家の裏の大きな松ノ木の枝に引っ掛かって反転して羽の部分から落ちたらしい 推測だけどね
大きな松の枝は家の上まで伸びていたからね 運よく松ノ木に助けられたらしい
「運がよかったね」と言って皆で一安心したんだけどね 偶然とはいえ不思議な気持ちになるよ
爆弾を掘ったときの親父の心情を考えると、幼少の俺には恐ろしくて凄いことだと思ったよ 俺には掘れる自信がなかった
子供の頃は爆弾を一人で掘った勇気に圧倒されたけどね 俺が大人になってその話を思い出してね
気になったのは爆弾の行方だよ 不発弾のニュースが流れることもあるからね 「あの爆弾は何処へ」って感じだね
気になって何度か古井戸の位置を聞き出そうとしたんだけどね 親父は言わなかった 死ぬまで話さなかったよ
話せる状況にはなっていなかったんだろうと推測するけどね もう既に埋め立てられて正確な位置が分からないとかね
現場は俺に話せるような状態ではなかったと推測するけどね 今でも気になってることだよ
良い方に解釈すれば古井戸は10m位の縦穴で水溜りだからね もう爆発はしないだろうと勝手に解釈だよ
既に井戸は埋められているだろうとかね、聞いた爆弾の大きさから推測すると焼夷弾かもしれない等気休めをしてるよ
今となってはどうにもならない事だから、俺も忘れたほうが良さそうだけどね 気になってるよ
戦時中はいろいろなことが起きてるからね 空襲で死んだ人々は爆弾の爆発した穴に埋めたらしい
身元も分からない死体が山ほどあったらしいからね 今や住宅密集地だよ こんな話は忘れたほうが良いかもね
母親も戦闘機に狙われて銃撃されたと言ってたよ 芋畑で狙われて撃たれたらしい 幸いにも当たらなかった
芋畑にうつ伏せになったまま恐くて動けなかったと言ってたよ 死を感じた恐怖は身に沁みているね
真に恐いと思う体験は現代ではありえないだろうけどね 恐さを知るって事は必要な教育だと思うね
擬似体験で学ぶ必要があると思うね 人間らしく生きる感覚を身に着けるためには、助け合いの精神を宿さないとね
死を意識したとき、死に直面したとき、人間は変わるような気がするよ 


骨折の痛みは忘れられないよ 痛みを知るって事は貴重な経験でもあるよ

2012年07月05日 12時09分21秒 | 義理.人情.恩返し.体験談.回顧録.仲間
子供の頃の話になるけどね
まだ保育園に行ってる頃の事だけどね ブランコで遊んでいるうちに飛び降りる遊びになってね
勢いをつけて遠くに飛ぶ面白さに惹かれて夢中になったよ 最初は恐る恐るだったけどね
だんだん調子づいてブランコの振りは大きくなった 飛んだ感じが気持ちよかったんだよ
タイミングを合わせて思いっきり飛んだよ そうしたら振った右手がブランコの板に激突したよ
ボキリと折れて骨折したよ 痛かったよ 昔は接骨院で直したんだけどね
骨の折れた部分をきちんと合わせないと手が曲がってしまったり 短くなってしまうんだよ
俺の通った接骨院は評判の名医だったからね その辺は判っててきちんと直してもらった
いまだに何の問題も無いよ ただ治療は痛かったよ 
骨折部を合わせるときは、何人もで骨折部の腕を引っ張って骨の骨折部分を合わせるんだよ これが痛いんだ
麻酔なんかしないからね レントゲンでのぞきながら骨の先端部を合わせるんだ ゴリゴリとこするよ
この痛みは気絶するかと思うほどの痛みだからね 助手たちに全身を押さえられて強引に治療されるんだよ
痛かったけど今となれば良かったよ 先端部をきれいに繋いで貰ったからね 後遺症が残らなかった
親は保育園に呼び出されてお宅の子が乱暴でこうなったと言う様な説明をされたらしい
確かに俺が一方的に悪いけどね 親も「申しわけありません」としか言えなかったそうだけどね
時代が違うと怪我は自己責任って感じがわかるだろ 今だと管理責任を問われて教師も萎縮してしまうんだろうね
翌年、小学校に上がったよ ピカピカの一年生になった 丁度、最初の骨折をしてから一年経った頃、2度目の骨折をしたよ
年上の仲間たちと山で遊んでいたときにおきた事故だよ 古墳のような小高い塚で鬼ごっこをしていたんだ
俺は鬼から逃げるのに急斜面に対して直角に走れば早く逃げられる、自分の足で走り抜けられると思って走ったんだ
風のように走れた 気分は爽快になったと思いきや、止まらない このままでは地面に激突すると思って反射的に木に飛びつたよ
木の枝を掴んで一旦は助かったんだけどね 体はスピードに振り回されて掴んだ手の力は振り切られてしまったよ
左手を地面に突いて肩から激突したよ 左腕を骨折して、左の肘を外して肩関節も外して脱臼したよ   
痛かったよ 腕はくの字にポッキリ折れてたよ 仲間が「大丈夫か」と寄ってきた 年上の仲間が俺の腕を見た
手で触って様子を見たんだけどね 手がぐるぐると回せるんだ これは「折れてる」よと言って病院に行ったよ
自転車に乗せられていった覚えがあるけどね 親だったのか仲間だったのかは覚えていないよ
病院に行ったらこの骨折は病院では治せない ここで直すとこのまま固定するしかないよと言われたよ
「ものすごく力が要るし医者では無理だ、接骨院に行ったほうがいいよ」と言われて、前回の接骨院にお世話になった
またしても失神寸前の痛みの恐怖だよ 肩関節が外れている分前回より重症だよ 痛かったよ!
2度とこんな痛みは味わいたくないと後悔はしたけどね そんなことで行動がおとなしくなる子供ではなかったからね
親は2年連続で骨折したことにより、俺を脅かしたよ
「3度目は首の骨を折るぞ、首の骨を折れば死んでしまうぞ、腕だから良かったけど、3度目は助からないぞ」と脅したよ
それ以来、気をつけないと首の骨を折るかもしれないと気をつけるようになった 少しは注意深くなったよ
この時も2年連続で災いが降ってきたよ 痛い思いを繰り返したけどね 良い薬だったと思うね 
痛い思いをするって事は 勉強になるよ 痛みは体に染み込むよ 脳みそが条件反射するよ 冷やりとするね
子供でも昔はナイフは必需品だったからね 遊びに必要な道具だったよ だから手はナイフの傷跡だらけだよ
間違えて自分の手を切ってしまうんだけどね 切ったときは冷やりと痛みが走るんだよ 痛みを知ってる体は刃物に反応するよ
刃物を向けられると冷やりとする 体が痛みを知っているんだよ 怖いって事が体で知ってるからね
むやみに人を傷つけることはしないよ 痛みを肌で感じられる人間はわかるからね 体感教育だよ 現在の教育に欠けてる部分かな


自給自足の生活を否定したことに問題があるね 消費経済が国を壊したね

2012年07月04日 11時14分57秒 | 義理.人情.恩返し.体験談.回顧録.仲間
俺の生まれた環境は農家だからね。戦後生まれだけど、電気のないランプ生活もしてるよ。
幼少の頃はランプのホヤ磨きをしたことがあるよ 記憶はぎりぎりの記憶だけどね 
電気のない生活を知ってるよ。光のない暗闇も知ってるよ 真っ暗闇は恐怖だよ 確かに恐いね
我が家は村から少し外れた一軒家だったからね 電気が来るのが遅くなったんだよ 
電柱を立てるのにお金がかかったからね したがって、生活ぶりは自給自足で電気のない生活だよ
今の人では考えられない生活だろ 暗くなると寝るしかないからね 早寝すると早起きになるよ
朝日が恋しくなってね、朝日で明るくなるとホッとするんだよ 暗闇から開放された安心感は爽快だよ
農家は自給自足できたからね、食べ物が確保されれば生きていけるよ 家があれば寝るところもあるからね
燃料は自然から調達だよ 薪を蓄えて火を使った生活だからね 水は堀井戸で調達したよ
夏場の水が困ることがあったね 井戸の水が枯れて足りなくなる事がある 風呂の水に困ることがあったね
子供の頃の俺の手伝い仕事は風呂の火や釜の火の監視係だよ 焚き木集めもしたね
テレビがないから手伝いもしたし、親の仕事量の多さにも同情したからね 足りないのは労働力だよ
この自給自足の生活スタイルがある程度確保されていれば就職をしなくても生きていけるけどね
今では金がなければ生きていけないって感覚で否定的になったからね 農業も事業化してるからね
経済収支が入り込むと倒産が起きて、農業の後継者は出なくなるね 事業としては難しいからね
生活の糧としては有効だけどね マネービジネスだけが横行すると技術も文化も失うね

俺の育った環境は野生そのものだろ 知恵を生かした生活ぶりは勉強になったよ 
出来ないことをどうしたら出来るかを考えるのが知恵だからね 昔からの生活の知恵は凄いものがあるよ
だから、昔の建築物や構築物には人間の英知が結集されているんだよ 温故知新のサイクルだね 技術に積み重ねがあったね
現在は便利な機械が出来たり、理論が方程式のようになったから根幹の知識や技術が忘れ去られてしまっているよ
一から十まですべて自分でやりこなすなんて出来ない時代になってきたね こんなことも出来ないのかって感じだからね

俺の運動能力は自然と共生して育った子供たちには備わっているものだよ 育った村の戸数はわずかだけどね 運動能力は高くてね 俺の世代では活躍した仲間が多いよ 身についた運動神経だよ
もっとも 子供の頃の遊びは木登りは基本だからね 栗や柿などの果実をとるのに必要なことだからね
自然に猿のようになりたいと思うものだよ 今の人には想像できないだろうけどね 竹山で鬼ごっこをするんだよ
竹の木に登って、自分の体重でしなる高さまで登って竹から竹に移動するんだよ 猿の移動と同じだよ
この遊びで鬼ごっこをするんだよ 捕まったら鬼になって追いかける遊びだよ すばしっこいのは捕まらないよ
スリルがあって面白かったよ でも危険な遊びだよね 猿も木から落ちるというだろ 当然、落下事故が起きるよ
竹山には切り株があって危ないんだよ 串刺しの事故はなかったけどね 危ないことは目の当たりにしたね
こんな遊びは小学生の低学年頃の遊びだからね 中学ではこんな遊びはしないよ 子供の遊びだよ 
何事も恐怖心を乗り越えないと何も身につかないんだよ これが自然人として生きていくためには必要な要素になるよ
俺はこの姿勢が育ちの中で養われたからね 高校のクラブ活動では生きたんだよ 
出来ないことをどうしたら出来るようにするかを見出すのが知恵で、恐怖を乗り越える勇気がいるよ
自然に身についたことだね 古き時代の知恵が失われた時、どんな生活スタイルになるのかね
自分で出来る簡単なことならタダだけどね 簡単なことでも出来なければ金がかかるね
忘れてはいけない生活の知恵ってもんがあると思うけどね