第2回西の風戯曲賞は以下の通り決まりました。
ご応募くださいました皆様、本当にありがとうございます。
賞に決まりました方も、本当におめでとうございます。
これからも西日本劇作の会をよろしくお願いします。
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第2回西の風戯曲賞発表
大賞 伊地知克介『光と虫』
佳作 池山説郎『槍は降る降るひくまの館』
西の風戯曲賞は7月31日、大阪市中央区の劇団大阪で審査員4氏による審査が行われました。審査対象作品は、第1次審査でノミネートされた7作品で、上記のように大賞、受賞作が決定しました。
なお、大賞、佳作受賞作品は「第2回西の風戯曲賞受賞作品集」として出版します。(定価1000円・送料別)
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なお最終審査に残った作品は以下の通りです。
池山説郎『槍は降る降るひくまの館』
伊地知克介『光と虫』
岩谷栄美『家族』
くるみざわしん『顔のない市長の先駆けたこころざし』
酒井進吾『時間のめもり』
坂本真貴乃『ドリームツアー』
松木峻朗『お料理アプリクッキングえりこ』
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総評(審査会のまとめ) 西日本劇作の会事務局
『顔のない市長の先駆けたこころざし』は、実在する市長への風刺を、能の形式を使って描いている。部分的に面白い部分もあり、いいセリフもあるのだが、かならずしも内容と形式が合っていないという意見が多かった。
『お料理アプリクッキングえりこ』は食材が人間になるという、面白い発想の本。食材が現実の世界と行き来する。ナンセンス劇だと理解して読むべきか。なにを書きたいのか分からないという意見も。いずれにせよ今一度推敲が必要。
『時間のめもり』は病室を舞台に心身に問題を抱える人たちが現れる。病室だけで展開させるのはなかなか巧みで、短い、いいセリフもある。ただ、その日常からなにがでてくるのかよく分からない。
『家族』はアセクシャルなど現代の問題を取り上げ、家族を丁寧に描いているが、精神分析まで深まっていない。カウンセリングで家族が医師の質問に答える内容から、その人の内面が理解される仕組み。だが、同様の場面を繰り返すのは、劇を展開するやり方としては些か便宜的に思えた。
『ドリームツアー』は、近未来の、安楽死に関する話。作者のセリフを書く力は認められるが、AIなど、以前よく書かれた描き方で目新しさがない。
『光と虫』は、もう少し広がりがほしい面もあるが、言葉が印象的で緻密につくられているところが高く評価された。また演劇的で形式もユニーク。
『槍は降る降るひくまの館』は近未来を描いた作品で、達者な筆致。ヒューマンな作品で架空の時代・国の暮らしを描いたところが面白い。うまく書かれてはいるが、主たるテーマが中途半端に終わっている。
審査会は紛糾することなく、スムーズに議論を尽くした。『光と虫』は文句なく、それぞれの審査員が一番に推奨された。『槍は降る…』と『家族』が次に残り、佳作が2作と言うことも検討されたが、結局『家族』が『槍は降る…』に及ばないという事に意見が一致し、『槍は降る…』が佳作に決まった。
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審査員の講評
太田耕人
『光と虫』はコロナ対策の隔離施設で、隣室の2人ずつが退屈しのぎにバルコニーで話す。貿易関係の会社員と女子留学生、女優と司書、イベント会社社長と医師。3組6人、男と女、女と女、男と男の対話が順々に配される。ただし、3組はほぼ同じ時間帯に話しており、他の組の声が聞こえ、シーンがシンクロする。殆ど幾何学的な構成である。
留学生ジュア(スワヒリ語で「太陽」)は、ジェノサイドから逃がれた森で、屍体の口から大量の黒い虫が飛び立つのを見た。いま、彼らはバルコニーから蛍が光を発するのを見つめている。表現者を目指す司書は、私も「光りたい」と叫ぶ。精密な構造、光と虫のモチーフへの収斂、優れた描写力を称える。
『槍は降る降るひくまの館』は架空の国が舞台。内戦で壊れた図書館で、2人の兵士、文化調査の官吏、司書が出会う。当初、無学な兵士と官吏・司書は、文化的に分断されている。だが、兵士らが故郷を語るとその風光が彷彿とし、生活に根ざした唄を口ずさむとそれは詩になる。文化の境界が溶け、人物の関係性が変わる。それをさりげない台詞で描いた筆力を買う。
『お料理アプリクッキングえりこ』は勢いあるナンセンス劇だが、綻びも目立つ。『顔のない市長の先駆けたこころざし』は実在の市長への風刺と夢幻能の構造が馴染まなかった。『家族』は、家族が次々に心療内科で内面を語るのが、説明的に過ぎた。『時間のめもり』は、自己決定しない現代人を批判したが、人物をもう少しくっきり描きたい。『ドリームツアー』は未来の高齢者施設に介護ロボットと高齢女性を登場させ安楽死を扱ったが、どこか既視感があった。
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菊川徳之助
西の風第一回の戯曲賞よりレベルが少し落ちていたことが気になったが、五〇作品近い応募がったことは、嬉しかった。最終候補に残った七本のなかでは、『光と虫』がせりふの描写が優れていた。短編に近い作品に思われたのが、少し残念であった。『槍は降る降るひくまの館』は疑心暗鬼を伴いながら、人間信頼に進む。戦争という冷酷な状況の中にヒューマンなものを描く方法を評価した。『家族』は診察室での医師との対話が和やかに展開して、新しさはないが、中身のある真面目さがある。世話焼きのお母さん(祖母)さんの形象が嵌り過ぎて作り物臭い。『時間のめもり』は病室での入院患者の日常会話が巧みに構築されている。彼らが背景に持っている緊張感やドラマを描いて欲しい気がする。『顔のない市長の先駆けたこころざし』は二人の使い方が前半面白いが途中から便宜的に使われるだけになる。市長の後半の行動性が作為的になっている。『お料理アプリクッキングえりこ』と『ドリームツアー』は現代的な材料を使って面白いが、何を表現したいのか、その意気込みに深さが認められない。
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神澤和明
第一回の応募作と比べて、観客に向き合う熱量が弱いと感じた。思いつきは面白いが作品として支えることができなかったり、ありきたりの思想を語るだけで、練り上げ不足と感じるものがいくつもあった。
『光と虫』。コロナによる隔離という背景で、三組の二人だけの対話を必然にした。巧みな人物描写と台詞によって、それぞれの人物を浮かび上がらせ、作り出す関係性も面白い。切り離されている三組が「光」によってつながってゆく。
『槍は降る降るひくまの館』。ロシアのウクライナ侵攻が重なる。知的財産に対する戦争の破壊への批判が、どこか寓話的なほんわか明るいタッチで描かれ魅力がある。舞台で見れば、読む以上に面白くなるだろう。
『家族』。登場人物の性格づけに興味がひかれるが、祖母の性格描写は、極端なものを意図したにしても、受け入れがたい。素材を盛り込みすぎた。
『時間のめもり』。人物の出入りや台詞に工夫がある。ドラマの起こりが遅く、蘊蓄が芝居を止め、観客を置いてきぼりにする。作者の頭の中だけで芝居が終わってしまった。
『顔のない市長の先駆けたこころざし』。作者の怒りのエネルギーは高く、台詞も良いが、全体の構造がまとまっていない。はっきり「複式夢幻能」として、地謡に役を分担させたらどうだろう。
『お料理アプリ・クッキングえりこ』。着想は面白いが、それを芝居に昇華させる筆力が足りない。基本アイディアにまかせて、書き流したように感じた。推敲を重ねると、良くなるか。
『ドリームツアー』。作者の目の優しさを感じた。丁寧に書かれていると思う。残念なのは、発想や場面で描かれる内容の発想が古い。次はもっと、現在の視線をもって書いてほしい。
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わかぎゑふ
まず『光と虫』大賞受賞おめでとうございます!今回7本のファイナル作品がありましたが、その中では一つ頭が抜けていた作品だったように思います。そこは他の先生方もおっしゃっていてスムーズに大賞に決まりました。
私が『光と虫』を評価したのは台詞が立っているというか、生きた言葉が感じられたこと。そして、舞台で実際に上演される風景が見えたことでした。抽象的かもしれませんが、脚本にとってはとても大事なことで、ただ説明や、事情をだらだらと台詞で書いてある本はあまり魅力的ではありません。例外はありますが。
佳作の『槍は降る降るひくまの館』にも同じように会話の中から人物の顔が見えて来る、立体的なイメージを持ちました。とても軽妙な会話の連続で、ヨーロッパの映画を連想させるような瞬間がありました。舞台でどうやって演出するのか?という興味も沸きました。
さて他の作品もそれぞれに魅力的だったのですが、上記の2本に比べてと言う意味で、今回は残念ながら選外に成りました。
『顔のない市長の先駆けたこころざし』はキレ味はするどかったけど実演のイメージから遠い感じがしました。『お料理アプリクッキングえりこ』は台詞やディテールがすごく面白かったです。私は好きでした。もう少し整理して二稿、三稿と書き直して不思議な世界観を追及して欲しいです。
『時間のめもり』は実に緻密な計算をして書かれた本だなと思いました。私には絶対に書けないと思います。ただ作家の頭の中で完成しすぎてて、これも実演を想像する楽しみに届きませんでした。脚本というのは実演を想像した場合の絵を想像しながら読ませることもひとつの要素だと思います。
そう思うと『家族』と『ドリームツアー』は実際に舞台にした時の絵は容易に想像がついたのですが、その分意外性に欠けていたように思います。難しいものですね。
いずれにしても、90分を変える芝居の本を書くと言うのは大変な作業です。私も毎回「命削ってるなぁ」と思う瞬間があります。それだけでも皆さんの熱意に敬服します。本当にお疲れさまでした!今後も素敵な脚本を書いてください。期待しています!