ひらた100km徒歩の旅

~ひらた100km徒歩の旅~
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全力少年

2012-12-31 10:46:09 | 第7回日記
ひらた100km徒歩の旅にはテーマソングがあります。
スキマスイッチの「全力少年」。
第1回開催の時からずっと同じ曲です。
歌詞をよく読むとくたびれた中年親父の歌にも聞こえるので、
変更したらどうかと思案しながらもずっとそのまま。
初日のスタートから途中区間休憩地、そして最終日のゴールまで出発到着時に必ずこの曲が流れています。
もちろん100km徒歩の旅記念品メモリアルDVDでも要所で使用。
ここまで積み重ねてテーマソングに使用していると、この曲を聴くと様々フラッシュバックし、
日常生活の中で、ラジオなどでもイントロが流れるだけで100km徒歩の旅を思い出してしまいます。
最終日に皆でTシャツに寄せ書きをするのですが、○○(その子の名前)は全力少年だ!と書かれるのも嬉しいようです。
そんな理由でもう今さらテーマソングを変えるのも…と思うのです。

全力少年

躓いて、転んでたら置いてかれんだ
泥水の中を今日もよろめきながら進む
汚れちまった僕のセカイ 浮いた話など無い
染み付いた孤独論理、拭えなくなっている
試されてまでもここにいることを決めたのに
呪文のように「仕方ない」とつぶやいていた
積み上げたものぶっ壊して 身に着けたもの取っ払って
止め処ない血と汗で乾いた脳を潤せ
あの頃の僕らはきっと全力で少年だった
セカイを開くのは誰だ?

遊ぶこと忘れてたら老いて枯れんだ
ここんとこは仕事オンリー 笑えなくなっている
ガラクタの中に輝いてた物がいっぱいあったろう?
“大切なもの”全て埋もれてしまう前に
さえぎるものはぶっ飛ばして まとわりつくものかわして
止め処ない血と涙で渇いた心臓潤せ
あの頃の僕らはきっと全力で少年だった
怯えてたら何も生まれない

澱んだ景色に答えを見つけ出すのはもう止めだ!
濁った水も新しい希望(ひかり)ですぐに透み渡っていく

積み上げたものぶっ壊して 身に着けたもの取っ払って
幾重に重なり合う描いた夢への放物線
紛れもなく僕らずっと全力で少年なんだ
セカイを開くのは僕だ
視界はもう澄み切ってる

さて、今年もあと数時間で終わり。
自らの1年を振り返った時に、今年は100km徒歩の旅団長に再登板したこと。
その存在は大きく、大変な1年であったと同時にまさに全力で突っ走った1年でした。
この活動自体を誉めて頂くこともありますが、
JCOBになってまでやるべきでない、「暇だの」やら皮肉っぽく「あんたも好きだね」という言われ方も時にされます。
そんな声をまともにとると心も折れそうになります。
しかし事業本番で見せてくれる、参加小学生や大学生の姿のひたむきな姿や、
ゴ―ルの時にみせてくれる笑顔は何事にも代え難く、結局来年もさあ頑張ろう!という気になってしまいます。

来年も3回目の団長として、ぶれない信念をもち先頭にたって、自ら全力少年を表現し2013年も頑張ります。
今年1年支えてくれたスタッフに心から感謝し、2012年の幕を閉じます。
1年間ありがとうございました。

皆さん良いお年をお迎えくださいませ。


平成24年12月31日

ひらた100km徒歩の旅
団長 松浦剛司 拝




団長日記

2012-12-28 15:59:03 | 第7回日記
12月28日(金)雨

まさに年の瀬、今日で仕事納めの企業も多いのではないでしょうか。
わが社もケーブルテレビも両社今日までです。

さて、今朝TVでご覧になり驚かれた方もおられることでしょう。
メジャーリーガー松井秀喜選手の引退!結構驚きでした。
フジTVとくダネで引退記者会見の模様を始終見ましたが、清々しい会見だったように思います。
筆者は野球orサッカーと聞かれれば間違いなく年齢的に野球世代。
子供の時もそれこそ暇があれば小学校のグランドで、近くの公園で友達と集まり野球を!
子供の頃の4番はやはり世界の王貞治。
そして現代の4番はやはりこの松井選手ではないでしょうか?
ヒーロー今昔でいえば王と長嶋、イチローと松井といったところですかね。
甲子園では5打席連続敬遠、鳴り物入りで巨人に入団、押しも押されぬ日本球界の4番に上り詰め、
メジャーで名門ヤンキースに所属し、Wシリーズ日本人初のMVP。まさにスーパースターですね。

今年はこの他にもプロ野球では城島・小久保・金本等々、サッカーではゴン中山。
ボロボロになるまで現役にこだわる人、今回の松井選手のような引退。
引き際の美学はそれぞれですね。
そして政界では総理経験者で、森嘉朗・福田康夫。
しかし何といっても悪い意味で印象深いのは鳩山由紀夫。
総理の時には、総理を退任したら政界引退を宣言しながらそれをあっさり翻し、
今年も衆議院選挙間際の騒動の末の何とも締まらない引退劇。
一国の総理経験者ですからもちろん一流ということになるのでしょうが、
今日の松井選手と比較すると…。比較する方が間違っていますかね…。

いずれにしても今年一番のインパクトある引退ニュースでした。

2013年まであと4日。

団長 松浦


団長日記

2012-12-26 09:20:27 | 第7回日記
12月26日(水)くもり時々雪

おはようございます。
クリスマス…。皆さんのところへサンタは来ましたか?いかが過ごされましたでしょうか。
クリスマスを恋人と過ごしたいという風潮や、イブがメインであるかのようなクリスマスの過ごし方は日本独特だそうですね。
日本でのカトリック信徒の人口比率0.3%にもかかわらず、クリスマスをあたかも独自の文化のようなふるまい。
他国文化を鷹揚に受け入れてしまうのが日本の良いところでもあるのでしょう。
八百万の神がいるとされ、神も仏もOK。筆者の実家は神棚に仏壇におまけにPL教の祭壇もあり、
商売しているから断れないと、クリスマスにはケーキが2~3つ。もはやなんでもありですね(笑)。
このクリスマスが終わると、本格的にカウントダウン。
昨日は雲州わがとこテレビ恒例、新春市長対談の収録が本陣記念館にて行われました。
ぜひ1月1日わがとこテレビをご覧ください。市長多忙の中ありがとうございました!


まさに師走、昨日もブログ更新できないほど分刻みの多忙さ。
それは今日も同じ。
今日は100km徒歩の旅事務局にてランチミーティングも。
第7回の骨子を話し合うべく歴代団長会です。
今日は第7回ひらた100km徒歩の旅の予算やらコース、年明け早々の実行委員会・総会開催に向けての話し合い。
着実に前に進めてまいります。

さて本日も始動開始!

団長 松浦




クリスマスイブ

2012-12-24 20:09:41 | 第7回日記
12月24日(月) クリスマスイブ

良い子にしていればサンタクロースが必ず来ると聞かされ指折り数えその日を待ち、
僕のお家には煙突がないからサンタクロースが困らないようにと、
窓を開けて寝るからと両親を困らせた子供の頃。

きっと今夜はたくさんの子供たちが期待に胸膨らませていることでしょう。
戦争中でも一時休戦するというクリスマス。
世界の子供たちがそれぞれのクリスマスを迎えるのでしょうが、
一人でも多くの子供たちがクリスマスの魔法で、
幸せな時間を過ごせることを心から願い、Merry christmas!

団長日記

2012-12-23 15:21:57 | 第7回日記
12月23日(日)広島 晴れ

昨日のブログに書いたように、今日はヤマハの生徒の応援で、
広島フェニックスホールにきております。
ここに来たのは今月二度目。その時の様子はブログでも紹介しましたが、
会場が平和記念公園の隣にあるのです。


原爆ドーム

小1の娘にわかるように説明したつもりではありますが、
まずは合掌させました。


うってかわって会場の様子はこんな感じ。(リハーサル風景)


先ほど斐川のチームの演奏おわり、17時すぎに灘分小の二人の演奏。
長丁場な一日です。

平田高校の出場した京都での全国高校駅伝も本日開催で、
昨年より順位をあげ健闘したようですね。

団長 松浦

団長日記

2012-12-22 13:01:45 | 第7回日記
12月22日(土)雨

今日も何事もなく一日がスタートしております。
昨日で地球は滅亡するはずだったらしいのですが、生きているって良いですね!
1999年のノストラダムスの地球滅亡予言、そして2012年のマヤ暦世界終末論。
どうしてもこのような思想に心酔する人たちも…、オウム真理教の事件もこの予言が遠因であるとか…。
何はともあれ今日も平和な日本。

ですが昨日あるニュース悲しみと驚き。20日小学生が給食を食べたあとアレルギーが原因で死亡。詳しくを調査中とのニュース。
乳製品アレルギーのある小学生、チーズ入りの食材を食べたのだとか…。
この食物アレルギーをもつ子が本当に多いようですね。
この子のご冥福を祈ると共に、今後同様のことが最小限の被害で済むことを願うばかりです。

私も妻も蕎麦アレルギーなのですが、昔は食べれたようですが今は一口も無理の様です。
実は筆者、抗生物質アレルギーでして風邪をひいたときなど、点滴を打つとある種類の物質に反応にします。
しかしこの抗生物質アレルギー体調の良しあしで若干反応する物質が変化するようで非常に厄介なのです。
事実2年前、点滴をうってアレルギー反応からアナフィラキシーショックに…。
近所の病院から救急車に乗って県立中央病院まで向かったのですが、
それでは措置が間に合わず県立中央病院からも救急車でドクターが乗って出発し、
途中で救急車を合流させ一命をとめる緊急措置を救急車の中でしたという大騒ぎに。
このアナフィラキシーショックというやつは時間との戦いだそうです。
全身のしびれに呼吸困難に血圧低下と、とにかくもう死ぬのかと思いました(こりごりです)
抗生物質が投与できない体もやっかいなもんで、常に健康であるしかないのでしょうか…。

100km徒歩の旅でも、参加者保護者に綿密に健康診断表に細かく記入してもらいますが、
アレルギーの面でも入口管理として細心の注意を払っています。
近年はスズメバチの凶暴性も盛んに言われており、
愛宕山歩行時もスズメバチの巣のチェックも、愛宕山管理の方々にかなり念入りに探してもらいました(本当に感謝です!!)

さて、世の中クリスマス3連休ですね!
明日は自社の音楽教室生徒がエレクトーンの中国地区大会に出場するので、広島に応援に行ってきます!

団長 松浦

団長日記

2012-12-20 21:01:36 | 第7回日記
12月20日(木)晴れ

今日は快晴でしたね。
年末のこの時期、学校は学期末。
自社では学校へのカレンダー配布に追われます。
その道中のショットです!




午後佐香小学校へ向かう道。
あまりの綺麗さに撮影!
日々極端に変わる天候、本当体調管理難しいですね。

さて質問です。昨日19日って何の日? たぶん当たりません!
絶対無理!!



正解は「共育の日」。

なぜ絶対無理なのか?だって共育って言葉自体浸透していませんよね。

しかし、ひらた100km徒歩の旅実行委員会では「共育」はとても大切なキーワード。
共に育ち、共に育む。
昔は親は基より、祖祖父に祖祖母、祖父に祖母、そして大勢の兄弟。
それに加え近所には必ず怖いオジさんがいて、
道徳を普段の営みの中で教え、よってたかって子供たちを育ていた。
そして今、地域は崩壊し核家族化が進む世の中で、親と学校に加え子育てに地域が関わって共に育んで行くという考え方。
昨日は、そのような「共育」について考え実践する日だったようです。まさか、そんな日があるとは知らなかった。

平田青年会議所の創立35周年の教育理念の中で生まれた「共育」。
そして後40周年を迎えるにあたり、「共育の輪の拡大」を理念のひとつに掲げ、
「ひらた100km徒歩の旅」を開催するにあたり、親から5日間子供を離し、
我々地域の大人や学生たちの手で子供たちの生きる力を育むこの事業。
このブログでも繰り返し説明してきた理念。
今年はこの事業の団長にも返り咲き、真摯に教育というものに向き合ってきたつもりです。

今年学生スタッフ研修の最中、滋賀県大津市のいじめ自殺事件が発生し、
当時研修の中のディスカッションでも学生達にお題としてこの事件を授けました。
この事件の与えた影響は文科省まで届き、いじめの実態調査まで発展し、
踊るべき数字のいじめが報告されています。
さて当時は連日ワイドショーでも報道されていましたが、この事件その後結末はどうなったのでしょう?
はい、いまだ持って解決されていないようです。
世間には一石を投じたこの事件、メディアの騒ぎようによって一定の効果も表したわけですが、
報道をされなくなると全く注目されません。(すみません、筆者も現実としてどうなったのか知りませんでした)

この地域の学校も決して「いじめ」は人事でなくかなりの問題があるようです。
今一度、大津の事件を教訓に我が地域の実態に目を向け、
小さなうちにいじめの芽を摘み取るべく目を向けるべきと思います。

団長 松浦
 





団長日記

2012-12-19 09:09:41 | 第7回日記
12月19日(水)雪

おはようございます。寒いですね!それもそのはず朝起きたら雪!
雪を眺め、真冬に100km徒歩の旅をやったらとふと考えてしまいました。
ある意味それも限界への挑戦ですね…。

筆者、小・中学生の頃ボーイスカウトに入っておりました。当時は平田にもボーイスカウトはあったのです。
ただ、キャンプをしてカレーが食べたくて入団しただけで、
手旗信号やロープ結びなど覚えるのが苦手な劣等生でしたが…。
当時ご指導くださった先生は今でも頻繁にお会いできる仲でして、JCのOB大先輩です!
今年の100kmのコースに山登りをいれるにあたり、
天王山キャンプ場の存在を教えて頂いたのはこのお方なのです。
当時、ボーイスカウトでは夜間ハイキングと称する(ハイキングなんて生易しいもんではない)、
ある意味修行みたいなもんで、一晩夜通しただ歩くというものでした。
1回目小学5年ぐらいに参加したのだと記憶していますが、夏に平田から坂浦・一畑薬師を回って平田にという、
27kmだったか、おぼろげに記憶してます。
2回目は、6年なのか中1なのかわかりませんが、冬に大社の稲佐の浜まで行って帰ってくる32kmの行程だったような。
とにかく眠いのと、2回目冬に歩いたほうが辛かった記憶が…。
といってこの経験があるから100km徒歩の旅をやってるわけではないのですが…。
ただ何となく今の参加小学生の辛さはわかります。

これから第7回のコースの確定やら様々準備をしてまいります。
よく夢?を皆に語っていますが、最終日に旅伏山登山はどうか?
参加者が大変なのはもとより、車が上がらないので給水班ポリタンクを背負い上がらねばならず、
給水班が嫌がってます(笑)。
まあ救護車の上がらないルートは論外ですが…。
他には宍道湖1周100km徒歩の旅とかいかがでしょう?これも結構歩いた感があり良いと思いますが。
平田には武蔵坊弁慶伝説ってのがあり、鳥取県は大山のお寺から一晩のうちに鰐淵寺(旧平田市西に位置する)まで、
釣鐘を持ち帰ったという伝説があり、近年まで平田商工会議所青年部さんが大山から鰐淵寺まで歩く、
ちょうど距離も100kmあるそんなウォーキング事業を開催しておられました。
これを再現した100km徒歩の旅も面白そうですね。
行政には大変お世話になっているので、県境を越えるのはちと難儀ですね。
まあきっとこれを読んだうちの社会人スタッフからは、ブログに書くなと怒られそうですが(笑)。

さて、冬はこれから。風邪・インフルエンザ、そしてノロウィルスなど菌をもらわれませんよう、
体調管理に気をつけましょう!

団長 松浦




第7回ひらた100km徒歩の旅開催に向け始動!!

2012-12-18 10:36:02 | 第7回日記
第7回ひらた100km徒歩の旅 開催日決定!!
2013年8月17日(土)~21日(水)の5日間にて開催



今後このブログにて、第7回についての情報を随時発信してまいります。

【お問合せ】 ひらた100km徒歩の旅実行委員会
       〒691-0001
       出雲市平田町2791-1 旧教育会館 (社)平田青年会議所内
       Tel 0853-63-1413 Fax 0853-62-2992 
       e-mail hirata100toho@hiratajc.jp
       (電話は平日10:00~17:00)



感謝

2012-12-18 09:15:19 | 第6回日記
第6回ひらた100km徒歩の旅は、
昨日の第15回学生サポーター研修と実行委員会納会で幕を閉じることとなりました。
滞りなく終えれることに参加小学生に保護者の皆様、お世話になりました関係各位や地域の方々、
そして学生スタッフと実行委員会メンバーに全ての方々に感謝申し上げます。

さて、全国で開催している他の団体には開催回数10回を超えるところこあり、
それに比べるとひらた100km徒歩の旅はまだその歴史は浅いと言えます。
特にその差は当然と言えば当然なのでしょうが、300km完歩した参加者の数、
そして学生スタッフの歴代OB・OGの数に表れます。
第1回から参加した延べ人数はそこそこの数になりますが、
特に4年連続参加の学生スタッフの数となると歴然と違いがでます。
第1回から4回まで連続参加になると岸田さん谷口さんというOGたったの2名です。
そして第1回から3回まで参加し、初めて団長補佐という任務についた山名君。
この3人は私の感謝の意をこめて、ある意味第1期生と呼びたいと思います。
第1回の手探りの中で始めて、回を重ねながらも暗中模索の中、
連続して参加してくれた彼・彼女らは共に「ひらた100」の原型を作ってくれた大切な仲間です。

そして次にあえて2期生と言うなら、第1回3・4・5回と参加し昨年「ひらた100」を卒業した今池君に、
今年の4回生達でしょう。
今年は4回生はこれまでの最多?となる6名の参加がありました。
わざわざ4回生からの初参加の光成君、島根大学教育学部の中である意味「ひらた100」は名が通っているらしく、
その中で4回生からの初参加に対するその勇気を称えたいと思います。
そして第2回で参加し今年参加で出戻ってきた福間君。
彼は出戻った理由を1000時間体験学習の帳尻あわせで参加したと言いますがそう正直に公言するのも勇気ですし、
4年連続参加の学生もいる中での葛藤をあったことでしょう。しかしその素直な心が彼をより成長させてことでしょうし、
どうやら4回生と言っても年齢はお兄さんらしく(笑)頼りがいのある年長者でした。
そして第3回から参加の安部君・奥村君・福見君・安田君の「ひらた100愉快な仲間達」4名。
まだ幼かった4年前、その成長の姿を見させて頂きましたが彼らの成長が「ひらた100」成長そのものでした。
そして今池君と彼らが第1期生から引き継いだこの「ひらた100」をもうワンステップ、
レベルの高いものにしてくれたと思っています。
今年の「ひらた100」は彼らのつくる「ひらた100」であったと言っても過言ではありません。
そして昨日で彼らも巣立って行きましたが、これからもできる範囲で応援もすると言ってくれています。
これからも「できるできる必ずできる」の精神で、自分の夢や目標に向かって、
一歩一歩前に歩み続け、夢がかなうのを心から願っています。

今年の卒業生に心から感謝申し上げ、第6回の幕を閉じたいと思います。
ありがとう!

団長 松浦剛司