旧笠沙町の小浦地区は、漁業中心の町で坂道と路地そして石垣が多い
階段を登ったところに立派な石垣の網元の屋敷があった。
借家として住んでいた。屋敷には表座敷と奥座敷があり、かなり立派な屋敷だったが、奥座敷から先は暗くて怖くて子供が覗いて入れるような部屋ではなかった。私たちが引越した後、大分たって再び訪れてみると屋敷自体が取り壊されていた。住む人がいなかっただろう。
自転車ですら通行しにくい路地があちこちにある。でも、必ずどこがでつながっているため行き止まることはない。近くの借家に学校の先生も住んでいた。
これはめずらしい。瓦の上に石瓦?が乗っている。台風や強風対策か。対馬の厳原(いづはら)の石屋根を連想させる。
風化した石がブロック積みされ、低いながらも塀を形作っている。左側の土地に小学校に赴任した新任の先生が住んでた家があった。30年以上も前のこと。
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