芳野星司 はじめはgoo!

童謡・唱歌や文学・歴史等の知られざる物語や逸話を写真付でエッセイ風に表現。

漫画と映画の思い出

2016年03月30日 | エッセイ


 小学2、3年の時、「黒豹物語(くろひょうものがたり)」という漫画を読んだ。この漫画の印象は、何故か永く胸の奥底に残ったのである。作者の名は全く記憶にない。

 舞台はおそらくアマゾンだろう。河の両側は鬱蒼としたジャングルである。一頭の黒豹が蔓草の巻き付いた奇怪な形状をした樹上の、河の方に迫り出した太い枝に身を潜めていた。黒豹は今しも遡航してくる船を凝視めている。黒豹の姿は縄暖簾のように上の枝からぶら下がった蔦草で隠れ、明るい河の方からは見えないのだ。
 船は煙突から灰色の煙を吐き出し、水蒸気の力で側舷の大きな水車を回して進むのである。蒸気外輪船である。
 船の甲板に、探検家風の帽子を被った男や、博士と呼ばれる動物学者の姿が見える。またジャングルには似つかわしくない女性たちや紳士たちの姿もある。彼等は外輪船で遡航しながら、両岸のジャングルを見、ときどき聞こえる猿類の吠え声や鳥の鳴き声の方向を望遠鏡を出して探す観光客なのである。
 黒人の水夫や、銃を手にして辺りを警戒する甲板員の姿もある。観光客たちは、早く狩猟がしたいものだ等と言っている。適当な所で上陸し、狩猟も楽しめるツアーらしい。
「いいか、殺さずに生け捕りにするのだぞ」と、動物学者は彼の案内人に言う。二人組の探検家らしき男たちは「珍しい動物を捕まえたら、動物園に高く売れるぞ」などと話し合っている。
 黒豹は外輪船と、その乗客たちの様子をジッと窺っている。そして黒豹が言うのだ。
「神様…私はなぜ黒豹に生まれたのでしょうか」
「私はなぜ人間に生まれなかったのでしょうか」…船は黒豹の潜む前を通り過ぎていく。
 やがて外輪船が河岸に張り出した桟橋に接岸し、人間どもが降りてくるだろう。彼等はジャングルに災厄をもたらすだろう。黒豹は身を翻し、大きな枝から枝を跳び移り、やがて密林の奥に走り込む。
「神様、あなたは不公平だ」と黒豹は言う。…また人間たちの悪智恵と火を吹く銃が、密林に災厄をもたらすのだ。そして人間たちの傲慢の前に、黒豹も死んでいくのだ。

 この「黒豹物語」で私の胸臆に貼り付いた意識は、おそらく「存在」の悲しみなのである。「私はなぜ黒豹に生まれたのか」という悲しみは、「存在」そのものの悲しみを認識したとしか言えないのだ。無論、子どもである当時の私に、そんな語彙はなかったのであるが。

 同じ頃「二人の可愛い逃亡者」というアメリカ映画を見た。あるいは日米合作映画であったろうか。
 舞台は日本であり、自分と同い年くらいのアメリカの少年と日本の少年が主人公なのであった。監督の名前も出演者の名前も全く記憶にない。この映画は「総天然色」であった。
 小さなアメリカの少年が日本にいる両親の許に行く途中、飛行機が海に墜落する。少年は奇跡的に漁師に助けられる。漁師にはこのアメリカの少年と同い年くらいの少年がいた。漁師の両親がアメリカの少年を保護したことを警察に届けに行く。
 この自分と同い年くらいのアメリカの少年が、警察に捕まってしまうのではないかと考えた日本の少年は、その境遇に同情し、彼を助けるため、彼の両親がいるという東京に少年を連れて行こうとするのである。日本の少年はアメリカの少年を家から連れ出した。
 二人は貨物列車の無蓋車に隠れたり、トラックの荷台に潜んだりしながら東京を目指す。小さな子どもたちの逃亡の旅は、実に切ないものである。
 二人はやがて京都に着く。二人はこの賑やかな街を東京だと思っているのだ。それが東京ではないことに気付いた少年たちは、さらに列車に密かに乗り込み東京へ向かった。ところが今度の列車は奈良行きだったのである。
 少年たちは見つかり、逃げ、とうとう五重塔の屋根まで追い詰められてしまうのだ。そして二人は屋根の高みから転落する…。
 いま思えば、いかにもアメリカ人の映画らしい京都、奈良という日本観光映画なのである。しかし小さな子どもの冒険の旅は、憧れと共に切なく胸を打ったのである。自分にこんな冒険はできるだろうか、こんな勇気はあるだろうか。

 そのころ私は銚子に暮らしていた。小学校の近くに汽車の操車場があり、毎日たくさんの機関車や貨物列車の入れ替えが行われていた。扉の開いたままの有蓋貨車や、無蓋貨車もたくさんあった。あの停まっている貨車なら、自分も乗り込めるのではないか、また低速で走る貨車なら飛び乗れるのではないか…と、毎日考えていた。しかし、あの二人の少年のように、私にはどこか遠くに行く勇気がなかった。

            (この一文は2006年11月20日に書いたものである。)
 ちなみに、クリント・イーストウッドの映画初出演は、この「二人の可愛い逃亡者」だったとずっと後に知った。