芳野星司 はじめはgoo!

童謡・唱歌や文学・歴史等の知られざる物語や逸話を写真付でエッセイ風に表現。

農業と食糧安全保障について

2015年10月30日 | エッセイ

 TPPを農業問題のみに絞って語ることは問題の矮小化である。TPPは全24分野のひとつに過ぎない。しかし農業分野について思い付いたことを列記してみた。問題の本質の、ほんのわずかな列記である。 
 TPPは何も恐くないと言う。逆に農業改革推進のために活用できる、規制や関税に守られた既得権益と政治との癒着が日本農業の構造的問題なのだから、TPPを利用してそれを打破し構造改革を進めようと言うのである。馬鹿な奴らだ。既得権益と政治力の破壊の次に来るのは、より強力なアメリカ農業の既得権益とその政治力の行使であろう。
 すでに日本の農業は、モンサントのF1品種に依存する体質となっているが、さらにその隷従が進むと見るべきである。また穀物メジャーのカーギルとADM等の支配下に置かれ、アメリカの農業関係企業、農業団体による政治的圧力が強まるだろう。それに抵抗したり、地産地消を推し進めようとしても、TPPの嫌らしさは関税撤廃ばかりでなく、非関税障壁の撤廃にある。「ISD条項」を持ち出され、日本の地産地消は非関税障壁に相当し、わが社は○○○億円の損失を受けたと、日本国を相手取って訴訟が起こされる。
 
 日本の農産品は成長著しいアジアに輸出できる、アジアの富裕層向けに日本の高付加価値農産品の輸出を伸ばせると言う。これも疑った方がよい。
 3年ほど前のこと、日本の若い農業者がその高い農業技術を活かし、ベトナムやカンボジアで高付加価値の野菜作りに挑んでいるとNHKが伝えた。その農産物は成長が期待できるアジアの富裕層向けに届けられ、また将来は日本にも輸出する計画なのだとか。記者の意見かどうか知らぬが、その報道はその取り組みが注目されており、日本の農業は決して暗くないと。馬鹿な奴らだ。その農産物は日本の一般人の口には入らないのだ。またこれは日本の農業ではなく、ベトナムやカンボジアの農業であり、彼等はかの地への移住者と見なすべきだろう。

「TPPで日本は野菜の100品目の関税を完全に撤廃するが、野菜は低カロリーなので食糧自給率に与える影響は極めて少ない」という馬鹿さ加減はどうだ、というより呆れるばかりの国民への欺瞞的広報である。
 食糧自給率の話である。カロリーベースの食糧自給率のおおよそは、フランスが130%超、アメリカが129%、ドイツが92%、イギリスが72%、日本は39%。日本は危機的状況なのだと知るべきである。
 農業生産額ベースでは1位中国、2位アメリカ、3位インド、4位ブラジル、5位日本である。農業生産額ベースでは日本は世界第5位の農業大国となるが、誰もそんな実感はあるまい。これは、人口、作付面積、物価、その時点での為替相場等が作りだした、マクロ数字のマジックに過ぎない。
 戦略物資としての穀物の話である。先ず穀物が人間の身体を養う主食なのである。長期間冷蔵保存が可能で、しかも腐敗しにくい。したがって日本以外の世界の国々は「穀物自給率」を最も重視する。
 穀物自給率は、旱魃等等の気象に影響され、年によって増減はあるが、ここ10年ほどのおおよその平均値として、オーストラリア280%弱、フランス170%超、アメリカ130%超、ドイツ120%超、イギリス99%、中国90%、北朝鮮50%………日本27%。この日本の数字を辛うじて支えているのが米なのである。
 野菜類はあくまで副食農産物であり、人間の身体を養う主食は穀物なのである。ちなみに日本の食肉自給率はこれもおおよその数字で40%だが、日本は牛、豚、鶏等の飼料およびその原料の90%を、輸入に頼っている。
 例えばトウモロコシを日本は国産ではまかなえず、また飼料もまかなえない。日本にとってトウモロコシは必需品であり、またアメリカ以外からの輸入は難しいだろう。近年、大豆をはじめ、中国もその旺盛な消費拡大から買い付けに奔走しているため、価格は高騰している。日本の40%の食肉自給率もTPP発効後は壊滅する恐れが高い。
 なんの、日本各地に高付加価値のブランド和牛があるではないかと言うが、すでに和牛の精子は、オーストラリア、中国、アメリカ、カナダや欧州に持ち出され、それぞれの国が「和牛」の生産と輸出に力を入れている。この和牛精子を海外に持ち出して売ったのは、おそらく日本の商社に違いない。

 関税を撤廃した自由貿易TPPによって、日本の自動車、家電品、機械等の高品質製品類の輸出が伸びると言っているが、これもTPP推進派の嘘のひとつである。日本の自動車メーカーは、すでに現地生産にシフト化している。家電品は韓国や中国製品に押されっばなしで、北米を筆頭に世界各地で日本の白物家電は壊滅状態である。またアメリカは自動車や家電品を自国でも生産しており、他国からも容易に輸入できるし、特に必需品ではない。しかし日本にとってトウモロコシ、大豆等は「必需品」なのである。
 三木谷某は「日本の農業が無くなったって何も問題ない。輸入すればいい。」と言い放ったが、かつて食糧価格の国際的高騰時に、ベトナム、カンボジア、インドネシア、インド、カザフスタン、エジプト、セルビア、アルゼンチンは穀物の輸出禁止を実施した。中国も輸出税、輸出枠規制で穀物輸出を制限した。アメリカはニクソン時代に大豆の輸出を禁止している。どの国も余剰生産物を輸出に回し、それが不足すれば自国民に回すのだ。食糧危機に際して、自国民を優先して食べさせるのは当然である。
 一国の穀物の不作はその国際市場でたちまち浮遊する投機マネーを集め、価格が一気に暴騰する危険を孕んでいる。投機マネーは高騰する商品を探しているのである。水資源の枯渇は地球レベルで進行し、地球レベルの気候変動による農業全般の危機状況が進行している。
 食糧安全保障の観点からも日米同盟と、アメリカが求めるTPPを、と言う人もいる。また、日本の食糧輸入先の多様化を図るためにも自由貿易を拡大させ、食糧安全保障を担保するというのも、どちらも寝言に過ぎないと思うのだ。
 かつて環境学者レスター・ブラウンは「誰が中国を養うのか」を書き、近未来の世界的食糧危機を予言した。しかし「誰が日本を養うのか」ではなかったか。

報道の自由度と、NHKとBBC

2015年10月30日 | エッセイ

 フランスに本部を置く国境なき記者団は、言論と報道の自由の擁護を目的に、ジャーナリストたちによって作られた非政府組織である。拘束されたジャーナリストの救出運動や亡くなった場合の遺族支援活動、各国の報道・言論規制の監視と警告などを行っている。
 彼等が毎年発表している「世界報道自由度ランキング」によれば、日本は2014年の59位から、今年はさらにランクを下げ61位になった。かつて10位以内に入っていたこともあったが、日本は急速にその言論と報道の自由度を失いつつあると見られているわけだ。
 かつては日本の記者クラブ制度の閉鎖性や、皇室報道の強い制限と空気のような圧力、政治家等の記者会見・質疑応答等における事前の質問内容提出等が批判された。最近は質問内容によって不許可(削除等)も増え、情報量も減ったとされる。
 またメディア内での明らかな事前の「自主」検閲が始まったのである。この自主検閲は、官邸サイドからの要請を受けた広告主と広告代理店から、空気のような圧力の存在があるのだろう。むのたけじ氏の言うように、まず新聞(メディア)が自主検閲を始めるのである。
 また近年日本がランキングを下げている国境なき記者団サイドの理由としては、特定秘密保護法ができたことや、福島原発事故、放射能汚染についての情報統制にも似た小出し情報と政府や東電の隠蔽疑惑と、要人たちの本音に近い戦前回帰熱望の放言や発言と、それを是とする国内に広がりつつある右傾化傾向とそれが作り出す「言葉を閉ざす」空気だろう。ランキングの下落は、国境なき記者団の日本に対する懸念の表明であろう。

 そもそもジャーナリズムというものは、権力を監視し、可能な限りの客観性を持って、それを批判する役割を担うものなのである。

 NHK(日本放送協会)は総務省が許認可権をもつ放送局で、国営ではない。NHKの会長は経営委員会(9人、定員12名)で9人以上の賛成を得て選ばれ、それを総理が承認する。経営委員は官邸や総務省の役人が、御しやすく保守系思想の持ち主を候補としてリストアップし、彼等を衆参両議院が同意し、総理が任命する。そもそも会長候補は官邸や総務省が選ぶ。官邸や総務省が選定し両院で同意し総理が任命した経営委員会で選ばれる会長を総理が承認する。副会長や理事は会長が選任する。何ともややこしく堂々巡りにも聞こえるが、要は全員権力サイドによって選ばれるということである。
 菅官房長官が総務大臣のおり、NHKをはじめ放送局を恫喝した。「放送免許の許認可は総務省が持っていることをお忘れなく」
 イラク戦争でも安保法案でも何でもかんでも、NHKは「不偏不党」をタテマエとし、いっさいのジャーナリズムの批判精神を捨て去らなければならないのだ。端から持ってはいけないのかも知れない。また有事に当たっては政府主導の下に入ることに定められており、政府発表のものをそのまま報道することになっている。
 平時でもNHK内で出世するには政治部がよく、取材のために有力政治家や官邸の懐に飛び込み、彼等から餌をもらうかどうかは知らぬが可愛いペットの九官鳥やオウム、インコとなって彼等の言葉の復唱、広報に徹しなければならない。

 イギリスのBBC(英国放送協会)は公共事業体であり、国営放送である。国王の特許状(ロイヤル・チャーター)を下付される。ここに公的目的、独立性を保証され、さらにBBCトラストや執行部の任務が規定されている。またBBCは放送を管掌する担当大臣と協定書(アグリメント)を取り交わす。BBCは民放と共に情報通信庁(オフコム)の監督下に入り、放送事業に関する規制も受ける。
 BBCトラストは一般視聴者を代表する11人で構成される委員会で、執行部の経営や、報道任務の規定に沿った活動なのかを検証する組織である。彼等はその報道が正確か、不偏不党かを検証するのである。
 トラストの委員は文化・メディア・スポーツ省が広告によって公募し、応募してきた人物を官僚が面接を行い、政権と距離を置く人物かどうか、公正な人柄か、偏った意見を持っていないか等を質疑・考察して選考する。
 委員長(会長)も同省が広告で公募し、同様の面接を行った上で選ぶ。選ばれた人物は、下院の委員会で質疑応答が行われた上で承認され、就任することになる。
 BBCは不偏不党、企業や権力の力を排除し、検閲を断固拒否し、その独立性と報道の客観性を保持する。第二次大戦中もフォークランド戦争でも、決して「わが軍」と呼ばず「英国軍」と呼び、「英国軍の発表によれば…」と客観性を貫いた。イラク戦争にも反対し、政権を強く批判した。これこそがジャーナリズムの本分であり、矜持であろう。
 無論、BBCにも馬鹿な奴はおり、スキャンダルもあり、顰蹙もかった。また政権寄りの記事を書く記者もいようし、失言するキャスターもいよう。偏った番組を作るプロデューサーやディレクターもいるだろう。要は受け手のメディアリテラシーが必要なことは言うまでもない。しかし少なくともBBCには、それを監視し、検証し、自己批判し、是正する組織があるということなのだ。

 かつてNHKは世界から高い評価を受けていた時もあったのである。しかし世界のジャーナリズムはその評価を徐々に下げていった。特に第二次安倍政権誕生以来、彼が選んだNHKの会長や経営委員の放言、暴言と、報道の政権追従姿勢が明らかになって、その評価は決定的になったように思える。
 そういう中で、BBCが日本語ニュースを立ち上げたという。BBCの記者たちは今の世界と、今の日本をどんなふうに伝えるのだろう。