今まで、何気なく目にしていた風景が、ある日、
ある瞬間に突如として意味のあるものとして
目に飛び込んでくることが、ある。
そんな時、たいていの人は気のせいだと思い、
通り過ぎてしまうだろう。
今までは、私もその一人だったのだ。
私は、ツイていた。
神戸元町、鯉川筋から西へ少し入る。
大丸よりも北側の、狭い路地。
もちろん、これまでに何度となく歩いている。
最初は、何も気付かなかった。
いつも通り、この路地を抜けて、大丸へ出よう。
そんな時、ふと目の前を横切った三毛の子猫。
意味ありげに私を振り返り、そっと店に目をやった。
「ピアノ・・生演奏の、カフェ?」
いつもは何気なく目にしていた風景、それが
この瞬間に意味のあるものとして目に飛び
込んできたのだ。
そう言えば聞こえてくる、軽やかなピアノの旋律。
・・ジャズ・ピアノか?
そう、ここはジャズ・ピアノ生演奏のお店、
【Chi Chi Lange】。
表通りにある、格式ばったお店じゃなくて、
女性一人でも気軽に入れるような、そんな
ゆるやかな空間。
ピアニストは、飯田一樹さん。
現在もプロのジャズ・ピアニストとして活躍中の
関西ジャズ界の重鎮だという。
この人が奏でるピアノの旋律が、すごい。
聴く人々の心を打ち、涙を誘う。
心の豊かさと喜び、そして寂しさ、哀しさ、
悔しさを感じさせる。
そんな「愁い」のピアノ・ミュージック。
スティービー・ワンダー、尾崎豊、ディズニー。
そんな曲も全て、JAZZに、愁いの音楽に変わる。
・・感動した。
最初は、雰囲気に圧倒されながら、こわごわ
音楽に耳を傾ける。気付いたときには、身を
乗り出し、ただ曲に聴き入っていた。
いつの間にか、珈琲が冷えている。
構わない、その分、心が熱くなっているから。
耳をすまし、鍵盤を舞い踊る指先を見つめる。
まるで魔法にかかってしまったように、動けない。
武者震いする。・・心が、震える。
頭で考えるんじゃなくて、心で感じた。
頬に涙がかかるまで、泣いていることに気付いて
さえいなかった。私は、泣いていた。
猫に誘われて出逢ったカフェ、【Chi Chi Lange】。
“心を震わせて、そっと耳をすませる”こと。
これは、大切なことなのだ、
いつも笑顔で、前向きに生きていくためには。
ケルビーノ