僕の平成オナペット史

少年からおっさんに至るまでの僕の性欲を満たしてくれた、平成期のオナペットを振り返る

連載小説「1999-お菓子系 20年目の総括」⑦

2023-07-03 09:42:54 | 小説
 私に何の相談もなく留学を決めたことに、元夫の両親はひどく恐縮してすんなりと離婚手続きが完了した。元夫が自らの意思で決めたとはいえ、私はいつも彼に対して何か秀でた能力を持つことの必要性を過度に煽っていた。私は何も努力していなかったにもかかわらず、周りの友人知人や里帆からの自慢話を聞かされるたびに生じる焦りと劣等感が、一番身近な存在だった元夫の尻を乱暴に引っぱたく攻撃性に変わった。元夫は私を見返すために留学という手段を選んだのかもしれず、それなら私も彼のお手並みを拝見してあげるべきだったけど、私以上に互いの家族が離婚を急いでいるのがわかると彼に対する執着心も弱まってしまい、私たちの夫婦の絆とは水産缶詰の中骨のように脆いのだと彼に打ち明けると、彼は「せめてサクサク感があってくれたら踏みとどまれたんだけどな」と返した。刺激の少ない相手から刺激の必要性を指摘され、私も元夫も互いに矛盾を孕んだまま夫婦の道を歩もうとしたのだから、離婚の傷を癒すのに時間はかからなかった。

 もし私が岡野のぞみだったら、地元の信金職員で妥協せずに金も地位もある男性を捕まえられるはずだ。何の根拠もない「たられば」でかつて同じスタートラインにいた沢田繭子を見下す自分が愚かしいと自覚していながらも、現実を直視すれば周囲からバツイチでとっつきにくい印象を持たれ続けているから、せめて自分が最も輝いていた時期のプライドを引っ張り出すと、彼女の選択が他人事でも許せなくなってしまう。友人知人が順調に年を重ねているのに、私だけが独り身の気楽さゆえに二十代前半の頃と変わらぬ価値観と金銭感覚に逆戻りしている。更年期や老後の足音が近づいているというのに、いつまでも若いふりをしているのが同僚たちの嘲笑のネタになっていることもわかっている。しかし、今よりも過去が大事だという逆行から逃れようにも逃れられない私は、離婚を機に外見も内面も若作りするのが過去の行いの清算だと思い込み、時には誤解を招くのもいとわなくなっている。そんな折に、私よりも年不相応で十代後半の大胆さと厚顔無恥を隠そうとしない岡野のぞみが、これまでの芸歴を帳消しにして地元に帰るのは喪失感を覚える。里帆のように連絡先を知っていていつでも会える立場なら、岡野のぞみをボコボコにぶん殴っているはずだ。

 二十年以上も会っていない子を勝手に仲間だと信じて裏切られるのは、私の独りよがりゆえの歪んだ感情だと重々承知している。もう私は誰を基準に置くことなく、自由気ままな生活を満喫すればいいのだ、と将来を案じればとても許容できない解放感を手に入れた。世間から迷惑がられた三流芸能人の岡野のぞみでさえ、嫌われ役の座から降りて平凡な人生を選んだ意気地なしだ。私は違う。今が大事だと誇れるのは、過去の失敗や責任にけじめをつけずに自らの欲望をお行儀よく成し遂げた人たちにかぎられる。私は彼らのようにはなれない。いや、なれたところで過去の残像がすぐに浮かび上がり、お行儀のよさは下品で粗忽な言動に変貌して身近な人たちを傷つける。私は里帆にも岡野のぞみにもなれず、社会の片隅で成熟した大人になりきれない惨めな中年女性だ。わがままで攻撃的で鼻っ柱が強く、周囲をドン引きさせるのに何の逡巡もなく反感を買い続け、その一方で会うたびに私生活自慢の絶えない里帆とのコミュニケーションを通じて自らの愚劣さを思い知る。里帆がいなければ単なる素行不良のDQNで迷惑千万な存在になっているだろうから、彼女は私に自分を客観視させてくれる貴重な恩人なのかもしれない。

 成熟しきれないまま生き長らえたら、私も周りに迷惑をかけ続けるのかな、と中高年の生きづらさと向き合わなければならない厄介さが自己嫌悪に陥らせる。図々しくて身勝手で権利ばかりを主張する人生の先輩たちを蔑んでいる側だけど、いずれ蔑まれる側に回ると思うと社会と深くかかわりを持たず誰にも依存せずにひっそりと生き続けたくなる。むろん、そんなことは自己中心的なないものねだりで、友人知人とのよそよそしくて形式的な社交は継続されるだろう。古株OLとして自分自身を養うためには世捨て人になれず、かといってサービス残業を当然の風潮とする社風を徹底的に拒み、上司や同僚から陰口を叩かれていることも知っている。自分らしい生き方を志向すればするほど、元夫を突飛な行動に走らせ、会社の人たちから反感を買うのだから、周りに流されたほうが潔いと思いがちだけど、高校時代に覚えた負けん気の強さと猜疑心が先立って自分本位の言動へとせき立てる。大人になった今でも、安易に人を信じられない警戒心の強さが元夫との夫婦関係のように親しい間柄になろうとした途端に拒否反応を示してしまい、愛情や友情が長続きしない。里帆との親交が長く続いているのは、彼女と友情を求め合っていないからだ。

 沢田繭子にも大人の分別があったのか、と彼女に初めて会ったときを思い出しながら、私は土曜日の午前中にもかかわらず無性にお酒が飲みたくなり、桃屋の「味付搾菜」と明治の「モッツアレラ6Pチーズ」、亀田製菓の「こつぶっこ」を肴に、特売で買った紙パックの芋焼酎のロックをいつもより速めのペースで喉の奥に流し込みながら、インターネットサーフィンを始めた。週末の日課である洗濯と掃除と買い物は、里帆からの予期せぬ電話で体を動かす意欲を失い、レースカーテン越しには雲一つない秋晴れの空が広がっているのに、窓を閉めきった1DKの部屋の中にはその心地よさが伝わらず、一週間分の湿気とほこりが滞留しているのがわかる。土日を使った一泊二日の旅行に出るときも家事は後回ししていたじゃん、と生活リズムの乱れにさしたるうしろめたさを覚えずに、テレビチューナー内蔵のデスクトップパソコンと差し向かいで独り酒盛りを続ける。さっきまで軽く聞き流していたはずの「王様のブランチ」の司会やリポーターの陽気な会話が腹立たしくなり、そばにあったリモコンをひったくって消音に切り替えた。

連載小説「1999-お菓子系 20年目の総括」⑥

2023-06-28 09:32:36 | 小説
 本心とは裏腹の言葉を並び立てて里帆と話を合わせるのが自分をごまかしているような気がしてならず、私は早く電話を切りたくて彼女との要求どおり、祝儀の現金を渡して祝いの品物を一緒に選ぶ段取りを約束した。きっぱり断って里帆との腐れ縁を絶ち切る選択もあったけど、高校時代の少しだけ背伸びした思い出を共有している仲間を失うのは惜しい気がして、彼女への挑発も中途半端に終わった。今が大事。公務員の妻と教育熱心な母親の顔を持つ里帆にとっては至言なのかもしれず、メディアで嘲笑の対象とされている岡野のぞみも過去の男性遍歴を芸の肥やしにすることなく、今の自分を真剣に愛してくれている同級生の信金職員との結婚を決めた。過去が軽んじられるどころか、なかったことにとしらばっくれている二人のあざとさに共感が持てないのは、私が今の自分を嫌悪しているからにほかならず、昔話を持ち出して当時の仲間たちと女子会を開こうなどと実現不可能な要求を里帆に持ちかけたのも、単なる八つ当たりだ。それも二十年来の人間関係を引き裂くほどの切れ味はなく、どこかに埋めてあった劣等感が掘り返されて私の目の前に突き返されたたような気分になる。

 二人とも私の人生を揺さぶってくれた存在というには物足りず、里帆とは年に何回か近況を報告し合うついでに岡野のぞみを笑い話のネタに過去を懐かしんでいる。大人たちの口車に乗せられた者とそうでない者を隔てながら懐古するのが私と里帆との共通認識で、岡野のぞみがいかに愚劣でメディアからもてあそばれているのに優越感を抱いてたけど、彼女が周囲に内緒で婚活していたのを知ってしまうと、私の彼女に対する印象はよそよそしさが付加されるようになり、それを耳打ちしてくれた里帆でさえも親近感が失われつつある。もっとも里帆の私生活の充実ぶりを聞かされるたびに、私は彼女の変わり身の早さと男性の甲斐性を見極められる要領のよさに、自らの不甲斐なさと運のなさとを照らし合わせて胸のうちで嫌悪感を抱いていたのだけど、そうやってほぞを嚙んでも彼女のように何事にも満たされた生活が手に入れられるわけでもなく、ますます卑屈な感情が体内に張りめぐらされてしまいそうだ。

 過去の仕事でも今の私生活でも、私は里帆に対して劣等感を抱いているにもかかわらず彼女からの善意の押し売りを拒めないのは、いつか彼女を見返してやろうという野心を抱き続けているからだ。しかし、気負えば気負うほど空回りするだけで、里帆に内心見下されているのが容易に想像できてしまう。里帆や沢田繭子のように過去の行いを消し去り、堂々と胸を張って生きられるほどの図太さを持ち合わせていないから、高校生の頃からずっと踏み込んだ人づき合いができずに今日に至っている。そんな代償を被っても、十代後半の素人っぽさが売りだったモデルの仕事を後悔しておらず、むしろ部活動やアルバイトよりも貴重な人生経験が得られたと誇りに思っているからこそ、過去をひたすら隠して現在を満喫している里帆の言動が許せなくなるときもあるし、スキャンダルタレントの座から下りて地元の信金職員夫人に甘んじようとする岡野のぞみの人生の危機管理が恨めしく思えてくる。

 あの子たちはずるい。偽り者のくせにさらに周囲の人間を欺いて人並みかそれ以上の幸福を手に入れたんだから。一皮剝けば下劣でみっともなく、良識派ぶった同性の顔をしかめそうな世界に身を投じていたのがわかるのに、それがばれないようにファンデーションを幾重にも塗っている。いくら学費の足しのためだったとはいえ、不健全な大人たちの商売道具としてほんの少しの我慢だけで報酬をもらった。高校時代の人生の数ページを何の回顧もなく破り捨て、「今が大事」だと言い放つのは、品行方正であっても思いどおりにいかない人生を送っている無数の人たちを冒涜する行為で、いずれ天罰を食らうのでは。そんなことなど起こるはずがなく、これからもずる賢く生きながら幸せを維持していくのだろうけど、私は不謹慎を承知のうえで里帆や岡野のぞみがどこかで道を踏み外して不幸のどん底に沈んでいくのを密かに望んでいる。もし彼女たちのように四十路前の女性相応の可も不可もない人生を過ごしているのなら、攻撃的にならずに幸せを共有できているのかもしれない。いや、その幸せでさえも他人との比較によって優劣や軽重の差を作ってしまって嫉妬や誹謗中傷への糸口となるのだから、攻撃性をしのばせずに人間関係を幅広く構築するのは今や至難の業ではないのか。世間との断絶を図れば物騒な妄想を抱かずに済むけど、そんな境地に達する余裕も立場もないから世間とのつながりを保ち、里帆との関係にも終止符が打てない。

 何事においても誰かと比較したがる風潮から逃れられない競争社会は子どもの頃から体験してきたけど、私は里帆や岡野のぞみにすっかり水を空けられている。努力不足に要領の悪さと運のなさが重なり、キャリアウーマンにも専業主婦にもなれずに平凡な古株OLとして何の刺激も感動もない毎日を過ごしている。そんな目立たず出しゃばらない生き方は、高校時代の人生の数ページが破り捨てられない私にとってふさわしいのではないか、と開き直っている。人生の伴侶を得て月並みの幸せを感じた時期もあったけど、相手の甲斐性が見極められなかったのと私自身の我慢のなさが災いし、結婚生活は二年足らずで破綻した。あえて凡庸な相手を選んだのに、一緒に生活してみると彼の粗探しに終始してしまう矛盾をさらけ出し、内助の功どころではなかった。辛抱が足りない私を一喝し、時には暴力を用いて服従させられるのを密かに期待していたけど、元夫は私のわがままと叱咤に無関心を貫き通したあげく、内緒で会社を辞めてフィリピンへ語学留学に行くと告げたのが離婚の決定打となった。

連載小説「1999-お菓子系 20年目の総括」⑤

2023-06-24 09:53:33 | 小説
 あの頃の仕事仲間が旧交を温めるわけがないとわかっていながらも、私はあえて里帆に女子会開催を吹っかけずにはいられず、予想どおり彼女は難色を示した。素直に里帆の誘いに応じてなけなしの金を岡野のぞみへの祝儀として準備しようと思うべきなのだけど、やはり彼女が太く短く生きる選択を拒んで安定志向に走るのは彼女らしくなく、旧友も散々悪口を言っておきながら、二十年来の友人を祝福する姿勢に、私はつい電話越しの相手を困らせてみたくなった。嫌な女だ、と思われるのを承知のうえで、公務員の夫を持ち、娘を私立中学校に通わせようとしている里帆の順風満帆な私生活へのひがみも込め、彼女が率先して岡野のぞみの結婚を祝うのが偽善的で愚かしいことだと気づかせてやりたい。

「まあそうだよね。誰もがみんな昔と今を切り離して生きてると思うし、新しい家族に若い頃のやんちゃを打ち明けても、気まずくなるだけだもんね。同窓会的な集まりすら開けないほど、あの頃の仕事って胸を張れるものじゃないけどさ、芸能界の端っこで誰かにいじられないと目立たない繭ちゃんは私たちの出世頭なんだし、功労賞っていう意味で何かあげたほうがいいと思うよ」

「そう言ってくれると、繭子も喜ぶんじゃないかな。夫と一緒にテレビを見ててあの子が出てきても、私は高校生の頃、彼女よりも人気があったって口が裂けても言えないし、ましてや一緒に仕事してたなんて知られたくないしね。美優だってそうじゃん。繭子もそろそろ限界だって気づいたんだから、昔のことを蒸し返してもね。やっぱ今が大事」

「でもさ、繭ちゃんはあの頃からずっと芸能活動を続けているから、安っぽいイメージが拭えないんだよね。里帆ならもうちょっと器用に立ち回れたと思うし、今よりももっと優雅な暮らしができてるんじゃないの?」

「やめてよ、そんなこと言うの。私は頭の悪い繭子と違って自分の価値を別の方向で高めたかったんだから。芸能界に進んでも使い捨てにされるのはわかってたし、繭子みたいな自虐的なキャラなんてやってられないわよ。そういう美優だって、親の反対さえなけりゃメジャーにのし上がれてたんじゃないの。繭子は今でも言ってるよ。美優が私を避けてたのは、自分へのライバル意識が強かったからって」

 売り言葉に買い言葉という予想どおりの展開で、里帆は私たちが十代後半に体験した不毛な競争をほじくり返そうとしている。同じ仕事仲間として、スタッフの受けがよかっただけの沢田繭子をやっかんでいたのを否定する気はない。私も里帆も大人たちの口車に乗せられるのを過度に警戒していたから、芸能界に入るための次の一歩が踏み出せなかった。警戒が緩かった沢田繭子は改名によるリセットを経て、金も地位も持ち合わせている男性たちの遊び相手として視聴者におもしろがられ、それを人生の栄養分として蓄えてきた結果が、地元の信金勤務の同級生との結婚では誰もが納得しないのではないか。私たちが進めなかった道を千鳥足ながらも前へ前へと歩いてきたのを偽りなく讃えているからこそ、私は岡野のぞみの引退を惜しみ、それを手放しで喜んでいる里帆の浮かれ具合に苛立ちを隠せないでいる。

「それは繭ちゃんの考えすぎだと思うけど、あの子はいじられるのを逆手に取ってもっと経験値を積んでほしかったな。局アナが番組スタッフやタレントに気に入られてフリーに転向するみたいに磨きをかけてもらいたかったけど、繭ちゃんはそこまで頭が回らなかったんだね。いろいろと苦労したのにね」

「だからさあ、繭子は頭の悪い野生動物なんだって。ほかの人に比べて脳味噌が少ないから先を読むことなんかできっこないし、誰かにおだてられたらすぐに本気になっちゃうんだよね。事務所や芸能マスコミにとっちゃ使い勝手がよかっただけなのよ。本人が最後まで気づかなかったのもおかしいんだけどね。何だか美優はあの子の結婚を祝福しにくいようだけど、もういいじゃん。彼女がずっと芸能界にしがみついていたら、絶対に自分を見失なっちゃってるって」

 里帆の言うとおり、私は岡野のぞみの狂気的な結末を期待していたのに、彼女は破れかぶれのシナリオを渡されずに芸能界から身を引いてしまう。一般人の苦労とは無縁で、あぶく銭の恩恵を被ってきたにもかかわらず、自分の商品価値が下がるのを悟ると一般人に成り下がって堅実な余生を描こうとするのが、私は卑怯ではないかと思う。芸能活動がその場しのぎで懐を暖める手段にすぎないのだから、岡野のぞみも幾多の破局にもめげずハンターのように次の獲物を狙ってほしかったのだけど、地元の信金職員とのハッピーエンドを選んでしまった。何の取り柄もなくて芸能界にしがみついてきた人間が幸福な結末を迎えること自体、真面目にひたむきに毎日を過ごしている一般人の神経を逆なでしているようで、皮肉を込めながらも嬉しそうに仲間の結婚を伝える里帆が忌々しく思えてくる。

「そうだね。里帆の言うとおり、今が大事なんだよね。繭ちゃんも身を削って頑張ってきたんだから、もうそっとしておいたほうがいいかもしんないね。あの子がそう決めたんだから、私も余計なことを言っちゃいけないよね」

「そうそう。繭子は背伸びしていただけで、自分をコントロールできないまま事務所や業界のスタッフにうまく操られてたのよ。地元の同級生が散々説得して結婚にこぎ着けたんだから、あの子もまんざら人の話を聞かない子じゃないんだってわかったわ。私が言っても聞く耳を持たなかったのに、男の人の言うことは素直に聞くんだから図々しい子だよね」

連載小説「1999-お菓子系 20年目の総括」④

2023-06-21 09:36:20 | 小説
 里帆の言うとおりだ。私も里帆とは長いつき合いだけど、互いに別の友人を紹介し合ったことは一度もなく、彼女の結婚披露宴にも招待されなかった。横山里帆は芸名で、私は彼女の本名を知らず、彼女も私の本名を知らないはずだ。本名を確かめ合う機会がなかったし、知らなくても直接会ってお茶を飲んだり、電話で話したりするのにまったく支障はない。ほかの友人知人と異質に扱うのは、学校や職場という社会集団で知り合わなかったからで、かといって連絡が途絶えたり、邪険にあしらったりすることなく今日まで親交が続いている。社会集団の友人知人とは距離感が近いゆえに、些細なことがきっかけで仲が悪くなり、出会いと別れを繰り返しているけど、里帆とは何のいさかいもなく関係を維持している。私たちは偶然同じ仕事で知り合い、そこには沢田繭子もいた。仕事といっても、当時の私は割のいいアルバイトだとしか思ってなく、芸名で通せば周囲に知られる心配もなかった。実際に、あのときの仕事が私の通っていた女子高で話題に上らず、級友や担任から偏見を持たれずに済んだ。

 あわよくば芸能事務所にスカウトされてメジャーデビューできるチャンスもあったのかもしれないけど、あの仕事は何年も続けられる芸当ではなく、常に大人たちの誘惑に騙され、道を踏み外してしまいそうな危険と背中合わせだったから、私は短期間で小遣い程度の報酬をもらい、その後の接触を断った。里帆は私よりも活動期間が長く、いくつかの仕事を掛け持ちする売れっ子だった。スタッフの受けがよく、現場でも重宝されていたけど、里帆もいずれ自分が彼らに使い捨てにされるのをわかっていたようで、高校卒業を境に仕事を辞めた。売れっ子が一線を退いても、代わりがすぐに現れるから慰留はなく、ファンへの引退告知もなかった。私も里帆も当時は無知で大胆不敵、自分は何をやっても許されると非常識を美徳だと勘違いしていたけど、大人たちの甘言を偽りだと見分けられる能力が備わっていたからこそ、青春期の若気の至りから脱線しなかった。しかし、それがかえって社会集団での友人知人に知られてはまずい、と過去の断片を今でもひた隠しにしている。私の身辺にはその頃の証拠は何一つ残っていない。また、それを糧に二十代、三十代の人生を過ごしてきたわけでもなく、むしろ私の精神的成長を妨げてきたのではないか。十代後半の里帆や沢田繭子との邂逅は、そのときかぎりで完結していて、誰かに話しても気が紛れるどころか色眼鏡で見られるだろうから、あえて打ち明けようとも思えない。

 私や里帆が過去の所業をひたすら隠蔽しているのに対し、芸能人は改名すれば過去の自分を封印できると思い込んでいるらしく、岡野のぞみも沢田繭子時代をすっかり忘れているかのようにカメラの向こうの視聴者に何の負い目も感じさせず、スキャンダルタレントの座を守っている。それならそうと、地元の幼馴染みで妥協せずにさらなる大物と懇ろになって世間の顰蹙を買い続けてほしかった、と私は思うのだけど、岡野のぞみはまもなくメディアから姿を消すことになる。四十代、五十代になっても汚れ役に徹しきるほどの度胸がないのは、私の岡野のぞみに対する評価をだいぶ下げてしまったわけで、それは私だけの思い込みではなく、私と同世代で私生活の低空飛行が続いている男女の憂さ晴らしが一つ減るのを意味するのではないか。自分よりみっともなくて生き恥をさらしているはずだった芸能人が、実は平凡な人妻になるための婚活に明け暮れていたとは、私たちを欺いたのではないかと気色ばみたくもなるけど、電話口の里帆に愚痴をこぼすのは今の自分の不甲斐なさを悟られてしまうだけだ。

「それでさあ、披露宴に行けない代わりに、あの頃の知り合いに声をかけてあの子に何かお祝いをあげようと思ってるんだけど、美優も一口乗ってくれないかな。私たちの年代の中じゃ、あの子が出世頭だし、袖振り合うも多生の縁って言うじゃん。昔を懐かしむ気は全然ないんだけどさ、繭子って憎めないキャラだったから、私としては何かしてあげたいんだよね。そうだ、今度会ったときに一緒に選ぶのはどう」

 里帆のペースで祝儀の口約束が一方的に交わされるのは、彼女との腐れ縁だと割り切るしかないけど、岡野のぞみが玉の輿に乗れず、また負け犬根性に嫌気がさして自滅の道を選ばず、地元に帰ってささやかな幸福を選択するのは、私が一方的に思い描いていた彼女の人生の筋書きから大きく逸れていて、液晶画面越しの傍観者にとっては裏切られた気持ちが強い。いや、自滅は言うまでもなく、玉の輿でもすぐに結婚生活が破綻して不幸のどん底に突き落とされるのを期待していたのだから、岡野のぞみは私の密かな楽しみを奪ってしまった。そんな女にいくらか包んでやるのはぼったくられた気分になるけど、私に人を見る目がなかった代償だとあきらめるしかない。芸能界の汚れ役はいつの間にか公私の混同と区別を自在に操れるようになり、それに私は気がつかずに彼女の言動を一笑に付していた。欺かれたというよりは、岡野のぞみの本性を見抜けなかった愚かさを反省するという意味でも、祝福の意思とは別に里帆からの提案を受け入れるのもやぶさかでない。

「それは全然かまわないんだけど、あのときの子たちって、もう繭ちゃんとかかわり合いたくないんじゃないの。里帆はニュートラルで誰とでも分け隔てなくつき合えてたけど、私もほかの子も繭ちゃんにはちょっと引き気味だったんだよね。もし里帆がまだほかの子たちと連絡を取り合ってるなら、繭ちゃんが地元に帰る前に再会を呼びかけてみるのはどう。もうあの頃みたいにお互い意地を張り合う年じゃないからさ、和やかな女子会になるんじゃないの」

「うーん、それって私が繭子の披露宴に出席するよりもハードルが高いんじゃないの。ほら、同じ頃に仕事していても、みんなでわいわいがやがやって雰囲気でもなかったじゃん。私は美優や繭子たちと個別に今でもつき合いがあるけど、さすがに一堂集められるほどの仕切り役ってポジションでもないし」

連載小説「1999-お菓子系 20年目の総括」③

2023-06-18 09:50:12 | 小説
「まあ、繭子も芸能界に身を置いているうちに知恵をつけたんじゃないかな。このままじゃ恥さらしで終わるってわかったから、行き遅れた子みたいに地元で地道に婚活してたんじゃない? 私にもいきさつを話してくれなかったんだから、密かに婚約話を進めていたんだろうけど、それじゃあ遠回りだよね。でも、話がまとまったんだから、私たちがとやかく言ってもしょうがないし」

 親友の里帆に何の相談もなく、無難な一般人の妻の座を射止めた岡野のぞみに、スキャンダルタレントのイメージを壊そうとしなかったプロとしての自覚が窺えるけど、彼女が芸能界に残した足跡とはいったい何なのか。無知と若さだけを売り物にしてきた頃から知っている私は、あの沢田繭子が不惑を目前に控えるまで明け透けに振る舞っては世間の非難を浴びるのが彼女なりの流儀だと思っていたのに、将来を案じて婚活していたのなら、これまでの恋愛沙汰には何のひたむきさも伝わらず、単に週刊誌やスポーツ紙のゴシップ記事を埋め合わせたるために事務所がメディアと結託したのでは、と勘繰ってしまう。里帆の前でも夢想家で欺き通し、私生活では売れ残り同士でも堅実で経済的余裕のある相手を選り好みしていた岡野のぞみは、自らの意思で大物との恋愛と破局を繰り返したのではなく、事務所の営業活動と芸能ジャーナリズムの売らんかな主義をアシストしたのであって、彼女自身も彼らのおこぼれにあずかって懐を温めてきたのだ。

 いずれ岡野のぞみが記者会見を開き、一般人との結婚と芸能界引退を明らかにしても、世間の反応は冷ややかで、引退を惜しむどころか一年も経てば存在すら忘れられてしまうはずだ。事務所とメディアは岡野のぞみに代わるスキャンダルタレントを育て上げ、世間を騒がせては視聴率と販売部数を稼ぎ、スポンサーから広告料をせしめる。新陳代謝や世代交代のプレッシャーを感じていたのなら、地元での婚活も選択肢の一つだったと同情してあげるべきだけど、中年女性になっても芸能界で生き長らえる計画と知恵を持とうとしなかったのは怠惰だ、と私は思う。事務所の営業戦略に従順なように見せかけて、いざとなったら反旗を翻して独立や移籍を企てられるほどの人脈作りにいそしむ。私が岡野のぞみの立場なら、そのように頭を働かせるだろうと考えてみるけど、歌も芝居も演芸も何の才能もない中年女を囲ってくれる物好きなパトロンなどいるわけがないし、彼らも伸び代が見込めない三、四十代よりも素直で物わかりのいい十、二十代をじっくり育てていきたいに違いない。それでも岡野のぞみを切ろうとしないのは、彼女が十代の頃から精神的に成長していないからなのかもしれない。

「それでさあ、繭子ったら、私にぜひ結婚披露宴に来てほしい、あらためて招待状を送るって言ってきたけど、いくら二十年来の友達だからといって、あの子の昔を知りすぎている人間がのこのこと出てくるのはやばいんじゃないかな。祝儀を包んであげたり、お呼ばれ服を新調したりする余裕もないし」
「もう時効だって割り切ってんじゃないの? どうせ周りの人たちは繭ちゃんの昔の芸歴なんて知らないだろうし、あの子だって今は岡野のぞみという芸名で視聴者に知られている。でも、繭ちゃんって個性的なキャラだったから、地元じゃ結構いじめられてたって話、昔彼女の口から直接聞いたことがあるんだけど、今はもう根に持ってないのかな。じゃなければ、地元に戻るなんて気は絶対起きないはずだけど」

「芸能界で散々遊ばれてきたのに比べれば、地元の人間関係なんて全然大したことないんじゃない? むしろ、昔のことを全部水に流せるほど、あの子にも余裕があるんだと思うよ。私たちはかすっただけだけど、繭子はどっぷり漬かってきたんだから」

 余裕があるのなら、なおのこと芸能界で生き長らえる術を探せばよかったのに、と私は岡野のぞみの人生の選択にけちをつけたくなるけど、彼女の幸福追求を妨害する権利はないし、曲がりなりにもプロの芸能人に対して、その世界で仕事をしたことがない立場の者が批判するのは単なる愚痴でしかないから、里帆にこぼさずに胸のうちに留めた。里帆の言うとおり、私も彼女も芸能界の入口をうろちょろしていたけど、運と覚悟と厚かましさがなかったので岡野のぞみのようにはなれなかった。そんな私が芸能界を引退して一般人と結婚する四十路前の女性をなじるのは筋違いだと自制しながらも、やはり岡野のぞみは玉の輿か自滅のどちらかを選んでほしかった。婚期を逃した者同士の妥協ではなくて。

「それで、どうする。披露宴に出席する気あるの?」

「私のときはあえて呼ばなかったし、夫にいちいち繭子との関係を詮索されるのもうざったいから、行かないと思うよ。長年の友達でもさ、私たちの関係って何か不思議じゃん。あまり誰かに話したくないし、知られたくないって気持ちがあるんだよね。罪を犯したり、AVに出たりしたわけじゃないのに、新しく知り合った人に打ち明けづらい。それじゃあ心のどこかでうしろめたさがあるんだろうけど、結局、私はそれを必死に否定しようとしているから隠し通そうとするんだよね。たぶん美優も同じだと思うけど、繭子はあのときよりも今までのほうがみっともないから、過去に対して無神経になれるし、自分の結婚披露宴に平気で私を呼べちゃう。私たちよりもあの子のほうが過去をきっぱり清算できちゃってるんだから、皮肉な話だよね」