ハーベスト・タイム『収穫の時』

毎月発行の月刊紙『収穫のとき』掲載の聖書のお話など。

中越地震を体験して

2005-01-18 | 番組ゲストのお話
◆1月号◆墨彩画家・新潟県在住 藤井 克之 氏(11月2週放映)


 崩れ落ちた山肌、壊れた民家、そこにかけられたおびただしい数の青いビニールシート。本来なら、のどかで美しい山里の風景に不釣り合いな人工色は、私には大地の青い血の色に見えてなりません。
 私とマネージャーの三富睦子さんは一日の仕事を終え、帰路、車中で地震に遭いました。川口町の和南津トンネルを抜けた瞬間、突然車が勝手に暴れ始めたように思われました。コントロールがきかない、まるでロデオの騎手になったようでした。
 やっと車が止まった時、直前の家が崩壊するのを目の当たりにして、ようやく状況が見えてきました。異変を感じてから地震と気付くまで十秒ほどと思いますが、私にはその何倍にも長く感じられました。(そこは震源地に近く、最も被害の大きかった所であり、トンネルは一部崩壊し、車三台が取り残されたことを後で知りました)
 道路の亀裂、橋・トンネルの崩壊という現実の中で、山と川に両側を挟まれたこの地は完全に孤立してしまいました。
 結局私たちは川口町に留まるしかなく、広場に集まり始めていた五十人ほどの集団の中に入れていただくことになりました。
 車のガソリンが少なかったということもあり、ラジオを聞くこともヒーターを使うことも、できるだけ控えざるをえませんでした。寒さと空腹に加え、暗闇の中で何度ともなく襲ってくる余震がいっそう不安をかき立てました。車中二人で祈ると、心にぽっと光が灯ったように暖かくなり、空腹さえ忘れるような気がしました。祈ることのできる特権を改めてありがたく思いました。



 今年も中川先生の書かれた『日本人に贈る聖書ものがたり』の挿絵を担当させていただきました。その折、何度も読んだ「出エジプト」のエピソードが、この避難所生活と重なることが多々ありました。
 二日目の朝、あれほど感激していただいた塩おにぎりが、何回目かには飽きてくる。これには天から与えていただいたマナに不満を言う人たちのことを思い出し、苦笑してしまいました。この人たちの出エジプトの旅はどれだけ続くのだろうか。十年か、二十年か。家に帰れば元の生活に戻れる私は、皆さんに申し訳ない思いでいっぱいになるのでした。



 「人間がこんなに小さく弱いものだということを思ってもみなかった」
 地元の老人が、肩を落として言われた言葉が印象に残りました。中越地区はかつて中央政界において強力な力を誇った田中角栄元総理のお膝元でありました。「表日本との格差をなくそう」という言葉に心動かされた人々の圧倒的な支持を背景に力を強めていった氏は、地元に道路を、橋を、持ってきました。越後に雪を降らせる三国山脈を壊してしまうという荒唐無稽な話も、氏にあっては可能ではないかとさえ思われました。
 政治が、道路が、物が生活を豊かにしてくれる。まさにそれは信仰に近いものであったと思われます。しかしそのすべてが一瞬にして壊された。政治家も誰一人として助けに来てくれない。政治システムは機能せず、SOSさえ届かない。
 自分たちが今まで拠り所としていたものがいかに空しいものであったかという落胆の思いがそこにあったものと思います。「形あるものに依り頼むな。限りない方に信頼せよ」。礼拝で聞いたメッセージが身にしみました。



 マスコミが報道しきれない悲惨な出来事がある一方で、感動の場面もたくさんありました。普段声を掛け合うこともない近所の人たちが、心ひとつにして共に過ごし力を合わせ励まし合う時は、本当に楽しいものでした。
 お年寄りや子どもたちへのいたわりの言葉が溢れていました。若者は率先してたき火を夜通し守り、食料を取り出せる家は、一ヶ所にそれを集め皆で分け合いました。
 「地震じゃなければ、けっこう楽しいのにね」。甲斐甲斐しく朝食の支度をしていた主婦の方が、ふと口にしました。聞き方によっては不謹慎にも聞こえかねない言葉ですが、誰も咎めることはありませんでした。私たち現代人がいつの間にか忘れていたものを皆思い出しているようでした。
 「この人たちはいつかカナンの地にたどり着けるのだろうか」。そう思っていた私の目に、壊れた納屋の壁に張り付いてあったサラリーローンの看板が目に入ってきました。そこには太くしっかりとした字体で「プロミス」と書かれていました。ここは今、確かに荒野ではあるが、同時に約束の地でもあるのだ。生活環境が元の状態に戻った時が、カナン到着ではない、心の方向次第でいつでも旅を終わらせることができるのだ。そのようなことをぼんやり考えておりました。そしてそれを皆に伝えたいと思いましたが、その術もなく帰ってきてしまいました。
 全国の方々から寄せられた心からの祈りに感謝します。このことがただただ悲しい思い出として残るのではなく、このことを通して主の栄光が現わされますようにと願うばかりです。