■いじめられっ子としての苦しみ
私は小学二年生から中学二年生まで「いじめられっ子」として育ちました。様々な実際的ないじめも時々体験しましたが、それよりもいじめっ子たちの奴隷のように、精神的に全く自由のない生活をしたことが最もつらいことでした。
「彼らから自由になりたい!」それがその当時の私の切なる願いでした。 . . . 本文を読む
通じない言葉
今から二十年以上前の話である。
当時私は三十代後半で、福音テレビ番組の司会者としての働きを始めたばかりであった。その頃は、自前のスタジオなどなく、一般のテレビ局のスタジオを借りて番組制作を行っていた。当然、お世話になっていたプロデューサーやディレクターたちは、すべてクリスチャンでない人たちであった。
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東後勝明先生のインタビュー番組を、七月に二週連続で放映しました。東後先生がお書きになった『ありのままを生きる』には多数の注文をいただきました。直接書店に走られた方も多かったと思います。この番組への反響の大きさがうかがえます。
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存在感のある人とは
ある時、こんなことを考えた。世の中にはいろんな人がいるが、なんとなく存在感のある人と、そうでもない人がいる。一体、この違いはどこから来るのだろう。そもそも、存在感のある人とは、一体どういう人を言うのだろう。個性豊かに着飾った人? 弁の立つ人? リーダシップのある人? 社会的地位のある人? お金のある人? 知名度の高い人? それとも頭脳明晰な人? 必ずしもそうとも限らないらしい。
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