ハーベスト・タイム『収穫の時』

毎月発行の月刊紙『収穫のとき』掲載の聖書のお話など。

◆10月号◆ 心臓外科医が語る驚異の人体

2009-09-30 | 番組ゲストのお話
埼玉医科大学 心臓血管外科准教授  今中 和人


 人間はさも当然のように過ごしていても、実は、驚くべきメカニズムが、同時にたくさん、体内で働いてくれて初めて元気に生きてゆけます。私は心臓や大動脈の手術をする外科医です。心臓は臓器としてはシンプルな部類ですが、それでも驚異に満ちています。
 心臓は安静時でも一分間に約五ℓ、つまりペットボトル飲料一〇本分の血液を全身に送りますが、これは一時間で六〇〇本分、一日では一五〇〇〇本分にもなります。普通のコンビニなら完全にパンクしそうなモノ凄い量ですが、運動時はさらに五倍になりますから、まさに唖然。ところが当の心臓はわずか二五〇~三〇〇g。ステーキなら少し物足りないサイズです。
 心臓は一分で六〇回拍動して五ℓ。すなわち一回は八〇㎖程度ですが、一サイク ル=一秒の大半は充満に費やされ拍出は〇・二秒。これは一秒四〇〇㎖の勢いです。このペースで飲み物を注ぐとすれば、一ℓパックの口を全開・真っ逆さまぐらいの大騒動ですが、心臓の出口は直径二・五cm=五百円玉大ですから壮絶な激流です。この圧で血液があらぬ方向に流れると大変ですが、逆流させない弁が心臓の出口にも入口にも合計四つあります。しかもその弁は、激流がスムーズに流れるよう向こうが透けて見えるほど薄い組織で、乳児の弁などはお湯につけたトロロ昆布並みです。そんなペラペラの組織が、ト ンでもない激流をピタッと漏れないように受け止めるように、生まれながらにして出来ているのです。
 心臓は電気的な刺激で動いています。心臓には刺激が系統立って伝わる刺激伝導系という組織が張り巡らされ、電気刺激なので瞬時に近い非常な高速で伝わり、バラバラでなく一気に心臓の収縮が起こります。ところが心房と心室の中継地点に何故か〇・一秒伝導が遅れる組織があるおかげで、心房と心室は絶妙にタイミングがズレて収縮し、このことで心臓の仕事効率が非常に上がります。あまりにも合目的的で感動的ですらあります。
 人間は自分の意思で心臓の動きを調節することができません。逆に眠っていても心臓は「自然に」働き続けてくれ、必要に応じて「自然に」必要を満たしてくれますが、これは心臓が脳や自律神経、大動脈や頚動脈を巻き込んだネットワークを持っているおかげです。このネットワークがほぼ完成されて、人は生まれてきます。

 軽いのに凄い仕事をする心筋、繊細で強靭な弁、非常に優れた刺激伝導系、全く別物のようでも元はたった一つの細胞。別々の部品が組み合わされたのではありません。一つの細胞が分裂し、複雑な融合・回旋をしながら心臓は出来上がってゆきます。重要な血管と正しくリンクしながら! 全く別な組織ともネットワークを構築しながら! そして、弁のない心臓、刺激がバラバラに伝わる心臓、眠ると止まってしまう心臓では用を成しません。全てが完璧に揃って初めて心臓として機能します。すなわち、これらの機能は段階的に獲得されたのではありません。どこまで遡っても、全部の機能を、最初から持っていたはずです。そして一つ一つの機能があまりにも凄いことを、あらためて考えてください。

 心臓の発生を見てみると、例えば前述の弁は本来閉鎖していたものが動くようになり、その後も完璧に閉鎖する、というのではありません。元は全然離れた場所にあった組織が伸びてゆき、弁を支持する組織も、筋肉が線維組織に置き換わりつつ丁度良いサイズに形成されてゆき、ぴったり閉鎖する状態になって生まれてきます。また、生まれる前は外界に接しておらず呼吸をしていなかった私たちが、生まれた途端呼吸を始めることによって起こる一八〇度の転換にも完璧に対応できるようなメカニズムが、生まれる前に準備されています。それらの感動的絶妙さは、先入観なく考えれば、段階的に出来るようになったのでないこと、計画なくして起こりえないことは明らかです。

 人間はまさに全身が驚異的な機能の塊と言って良い状況です。お母さんの中で始まった生命の始まり、一個の細胞は、分裂しながら、脳に、骨に、心臓に、腸に…と、それぞれが適切に配置され、適切に連携できるように、しかもそれぞれの部分が完璧なそれぞれの機能を持つように、造り上げられてゆきます。逆にそうでなければ、地球上で生物として存在できません。どこまで遡っても「心臓は一〇〇点だけど肺は二〇点」という時代はなかったはずです。「脚の骨は出来たけど血管や筋肉はこれからです」という時代、「肉を食べたら自分の胃も溶けてしまう」という時代はありえません。「ブドウ糖を貯蔵できるけど分解できない時代」、「尿とともにタンパクも失われる時代」「アミノ酸の何種類かしか代謝できない時代」…どれも考えることができません。全身の驚くべき機能は段階的に獲得したのではなく、生物として存在した最初から全てほぼ完璧に持っていたはずなのです。
 またお母さんのおなかの中でも、ある時期心臓、ある時期肝臓、ある時期腎臓…と段階的に出来るのではありません。驚くべき完璧さの各部分は、全部が同時多発的です。虚心に見れば、こんなことは計画なしに決して起こりえません。そしてもし計画され造られたのなら、この作品自身が、お造りになった方の人智を遥かに超えた完璧さを何よ りも雄弁に指し示していると考えます。