ハーベスト・タイム『収穫の時』

毎月発行の月刊紙『収穫のとき』掲載の聖書のお話など。

境界線と日本人

2005-03-18 | 番組ゲストのお話
◆3月号◆リバイバル新聞編集長 谷口 和一郎 氏 (1月4週放映)


 今まで何十年も解こうとして解けなかった数学の問題が、ある方程式を適用することによって一瞬にして解くことができたーー。この度、地引網出版(リバイバル新聞社・出版部門)から出版させていただいた『境界線(バウンダリーズ)』(ヘンリー・クラウド、ジョン・タウンゼント共著)の翻訳原稿を読んだとき、そのような感動を覚えました。
 「バウンダリー」とは、神が人間一人ひとりに与えた領域を定める境界線を意味します。物理的には、一個人であれば「皮膚」、家であれば「垣根」、国家であれば「国境」がこれにあたります。人は、その境界線の内側を管理し、そこで起こる事柄に責任を持たなければなりません。
 そして、他者がその境界線を侵して入ってきた場合、明確に「ノー」と言う必要があります。誰かがぶしつけに自分の体を触ってきた場合、他人が勝手に自分の家に入ってきた場合、隣国が自国の領土に侵入してきた場合、などを考えれば明白です。著者はこの境界線を、精神的・霊的分野において、より詳しく解説しています。
 またバウンダリーとは、壁ではなくて、低い垣根のようなものだと定義されます。壁であれば、相手の顔も見えず声も聞こえません。しかし垣根であれば、相手の顔が見え、コミュニケーションをとることができ、扉を開いて迎え入れることもできる、というわけです。

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 現代の日本社会を見てみますと、ひきこもり、母子癒着、幼児虐待、性的依存症、仕事をしない若者たち(ニート)といった、人間関係に起因する多くの問題が顕在化しています。日本におけるバウンダリーを適用したカウンセリングの第一人者、丸屋真也先生(ライフプランニングセンター研究教育部長)は、これらを「バウンダリーがない」ことによって生じた社会現象だと分析しておられます。
 また、私はキリスト教系の新聞の編集者という立場で日本のキリスト教界の現状を見させていただいておりますが、教会の中でも、このバウンダリーが健全に築かれていない状況を強く感じております。牧師が信徒の境界線を越えて必要以上に管理してしまったり(「教会のカルト化」という言葉も使われます)、あるいは逆に、信徒が牧師に依存的になって牧師の生活を侵害してしまったり、といった状況が見受けられるのです。
 これは「愛しなさい」や「従いなさい」という聖書の教えが、ある一定の聖書箇所によってのみ解釈され、聖書全体を貫く真理や概念を無視しているところから生じていると言えます。例えば、妻は夫に従うようにとの勧めがエペソ人への手紙五章に書かれてありますが、バウンダリーの概念がないと、夫の要求の全てに妻が応える結果、夫は自らに与えられた責任を果たさず精神的に未熟なまま、妻は過度な負担で心身が病んでしまう、という結果にもなります。

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 しかしながら、日本にはもともとバウンダリーという概念がなかったのかというと、必ずしもそうとは思いません。壁ではなく生垣によって他者と共存するという文化は日本において特徴的なものでしたし、若者が自分の領域を越えて取った行為に対しては「分をわきまえなさい」との叱責の声がかかりました。
 しかし日本は、先の戦争の敗戦以降、自国で独立的に生きていく気概を失い、アメリカに依存して「ノー」と言えない国になり、国境や領海が侵犯されても毅然とした態度が取れない国になってしまいました。横田めぐみさんなど、北朝鮮による拉致被害者の問題は、ここに根本的な原因があると言えるでしょう。
 そしてこの国の姿勢は、教育問題、家族問題などにも顕著に現れ、先生と生徒の境界線、大人と子供の境界線、上司と部下の境界線、夫と妻の境界線が曖昧になってきています。境界線がありませんから、そこには裏付けのない「自己主張」と「混乱」があるのみです。
 さらに、インターネットの発達によって、生身の人間が顔と顔とを合わせて人間関係を構築するという泥臭い作業が急速に失われ、ものすごく親密だと思われていた関係が一瞬にして拒絶されてしまうという極端な状況が多々生じています。他人と自分の境目が分からなくなり、他人の領域に無意識に足を踏み入れた結果です。

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 この『境界線(バウンダリーズ)』を読んだ方からは、「目の前の霧が晴れたような思いがした」「仲の悪かった母親と和解した」「離婚を思い止まった」などの感想が寄せられています。読んで真理を知っただけでなく、それを適用して人生が変えられたという証ほど、出版社として嬉しいものはありません。
 バウンダリーという概念が、私たち一人ひとりの人間関係の再構築の助けとなり、また日本という国全体の回復にもつながることを願っております。