In the Nest

ちいさな巣の中から、見上げる空。

月 ~九歳の誕生日に~

2005-11-16 22:15:34 | Weblog

九年前
おまえが生まれた日の夜
どんな月が出ていたか
母さんは全く憶えていない
ベッドの上に仰向けにはりついたまま
朝までほとんど眠れずに
暗い天井を見つめていたのだから

おまえがどこかに連れていかれてしまったので
母さんはひとりぼっちだった
朝が来たら
どんなことが待っているのだろう
何がはじまるのだろう
おまえはちゃんと息をしてるのだろうか
ひとりで泣いているのだろうか
昨日の夜はまだ
母さんのお腹を内側からけっとばしていたはずなのに
いまはもう二つ身に別れてしまった
おまえはとうとう母さんの一部ではなくなって
ひとりの人間としてこの世に現れてしまったのだ

あれから何度
満月の夜を迎えたのだろう
あっ ほら 月だよ と
おまえは日本の言葉を難なくしゃべり
よろこびもかなしみもさびしさもすでに知っている
いま母さんが願うことはただひとつ
おまえがいつか
俺なんか生まれて来なければよかった と
思う日がどうかありませんように
そして
欠けた月も
時が経てばまたふくらんでいく
そんなささやかなこの世の真実に
おまえがちゃんと気づいてくれますように
まんまるい今夜の月に向かって
半人前の母はただそれだけを祈り続ける