須磨観光ハウス~花月と猫の物語

1937年(昭和12年)に神戸市迎賓館として誕生した須磨観光ハウス「花月」と猫ちゃんたちを応援するブログです。

クマちゃん家猫になる(5)

2021-08-21 20:46:54 | 猫の物語
「東の番頭さん」、クマちゃんの特徴は、黒毛の胸に小さな三角、高い声でよく喋り、よく鳴き、人にアピールしてご飯をねだること、そして、とても食いしん坊なことでした。料理長は時々、残り物として処分する魚の切れ端をあげていたようですし、副料理長は尻尾の付け根を撫でながら「こうして撫でられて喜んで鳴くのは、クマだけ!!」と可愛がってくださいました。
私にも同じように付き回り、鳴き回り、常に高級カリカリをねだっていました。

とはいえ、仲間の猫ちゃん達にはかなりウンザリされていましたし、もっと言えば嫌われていたかもしれません。たとえ自分の取り分が残っていても、クマは他の猫の頭を自分の頭でグリグリと押しのけながら、すごい剣幕で新しく置いたカリカリに飛びつきました。みんなが引いてしまいます・・・ロロちゃんが「はぁ~」っとため息をついたような顔をして、シラ~っと離れていくのを何度も見ました。


 ロロちゃんは運動神経抜群! 木登り・蝉取りが得意。小鳥まで捕獲したことがあります!

そうまでしても食べ方も不器用、わざわざ離れた場所までくわえてもって行って独占を確かめてから食べようとする。一見一人占めのようでも、結局食べる量が少なくなる・・・馬鹿だなぁ、どうしてこんなにいじましいのか・・・自分勝手で性格の悪い、協調性のない、欲張りで意地汚い子だなぁと思ってました。寒さもピークを迎え、見た目もかなり汚く変わってしまいました。

2021年を迎える年末年始、平たく言えば、料理長や副料理長のように「可愛いクマちゃん」と思うことは、私には一切なかったんです。。。それもこれも今から思えば、クマちゃんなりの「命に関わる大変な理由」があったんですね。



たぶん・・・2020年秋、妊娠出産に失敗したクマちゃん、後産がきちんと出ず滞留し腐っていったのだと思います。傷ついた身体は元に戻らず、日に日に汚い様相になっていったのでしょう。ご承知の通り、外飼い猫のお腹の中には回虫や条虫もいますし、ノミ、ダニ、シラミも隙あらば表皮に寄生します。

クマちゃんは病気や寄生虫と戦いながら生きるために、必死だったんだと思います。だから、時には他の猫を押しのけて食べなければなりませんでした。そのためには、人へのお愛想も、仲間への嫌がらせも辞さない・・・クマちゃんは、生き抜くことに貪欲だったんです。



私が「この子はちょっとおかしい?」と思い始めた理由は二つ。

一つ目はブラッシングの時でした。私は猫ちゃん達の健康のために、できるだけブラッシングするようにしているのですが、クマちゃんの毛はスカスカで地肌が見えそうでした。また、クマちゃんはいつも、張のないヘナヘナのアンダーコート(下毛)を口から蜘蛛の巣のようにぶら下げていました。毛づくろいの仕方も、毛質も「尋常ではない」と思ったんです。

二つ目はシラミとシラミの殻が多かったこと。私がお世話になっている獣医さんは、元々大型動物の専門医でした。先生から以前、牛のシラミの話を聞いたことがありました。「シラミは動物グループの中で一番弱い個体一頭だけに、目立って寄生する。シラミを見つけた牛のほとんどが死にました」・・・クマちゃんだけが毛質が悪化し、黒毛色が茶色に変わるほど多く白いフケのようなシラミを背中に持っていて、毎回ブラッシングしてもしても、なかなかとれなかったのです。


 紅葉の美しい晩秋の観光ハウス花月


クマちゃん家猫になる(4)

2021-08-21 11:24:34 | 猫の物語
2020年夏から秋にかけて、私の花月猫ボランティア活動は不定期でした。時々お客さんとして花月を訪れ、写真を撮り、ブログを書くことで、須磨観光ハウス花月の美味しい料理と、猫ちゃん達の暮らしぶりを知ってもらうことを目的に活動していました。

その夏にはコロナ籠りの自宅で長年共に過ごした愛猫や愛魚とのお別れが続き、ずっとその悲しみの渦中にあったのですが、初秋からは「少しずつ生活を立て直さないと往った命に申し訳ない」と思えるようになりました。たまに会うマネちゃんご夫妻や花月猫ちゃん達は、ありがたいことに、そんな私の立ち直りを助けてくれたんです。だからとても感謝しているんですよ。

秋には爽やかな青空や陽だまりに包まれて、20019年春生まれ1歳児の猫ちゃん達も、少し大人の花月猫ちゃん達もみんな元気でした。事件といえば、うし兄の独立に続き、ラビ、ウニ太郎、ブラック、ユキちゃん等々、1歳を越えたオス猫が次々と、山の中、谷、エリア周辺部への武者修行に出かけたことです。ま、猫男子たるもの一度は故郷を捨てる!かな。心配でしたが、自然の呼びかけに従った青年オス猫の決断を、人の力で止めることはできませんでした。

それ以外は穏やかな日常風景が写真に残っています。男の子達が一時いなくなったので、猫が減ったような気になりました。

ちょっと脱線しますが、武者修行の結果が気になりますよね。一年後2021年夏現在、うし兄以外は日常的に花月に戻ってくるようになりました。うし兄もご飯だけは食べに戻って来てますよ!ご心配なく!!
ユキちゃんも近くの谷でウロウロしていますが、ご飯は西エリアで食べています。ブラックも西エリア玄関前へ戻り、弟モフや甥コハルと仲良くしている姿を目にすることが増えました。ラビとウニ太郎がそれぞれの家庭?を持てたのは既にご報告済みですね!

今また、2歳にならないオス猫達、ニャン太、ニャン吉、ポコ、ビリーは修行中なんでしょう、時々しか会いません。1歳にならないボブは西エリアに、クロは東エリアに残っています。すみません~、家系図がないと皆さまにはもう意味不明の話ですね。登場猫が多すぎますね。ご容赦ください。

しかし!さらに脱線しますが、青春の終焉を迎えたはずのコハルとチビは仲良しこよし関係に復縁しました。いまだ武者修行の気配を見せません。ブラック兄に「危ないよ!」と止められているのかな?西エリア男組は仲良く夏を過ごしています。

本線に戻りますね。私が花月へ定期的に通い始めた時期は、ボブの妹、花ちゃん救出の頃なので、2020年11月後半でした。理由は冬の到来です。猫は元々寒さに弱い動物ですから山風谷風が強い場所、特に夜の寒さは堪えます。1週間に1、2回、寝床の段ボール箱に敷いた古着の間に使い捨てカイロを入れてあげたいと思いました。身を寄せ合って寒い冬を過ごす花月猫ちゃん達に、週に1日か2日、暖かい夜を過ごさせてあげたかったからなんです。

「猫のお世話は自分の鏡」・・・猫であっても、魚であっても、我が子であっても、人間が生き物をお世話や介護する時、自分の価値観、生活習慣、考え方が前面に出てきます。私は身体の弱い子供でしたので冬の寒さに敏感です。かたやマネちゃんはかつてフランスでプロスキーヤーとして活躍されていましたので、寒さなんて何ともない?・・・そう言えばマネちゃんは冬でもけっこう薄着ですね。料理長の年中半袖と双璧の忍耐力?。という理由で、猫の暖房についても、寒さに対する耐性と捉え方が全く違うんだと思います。

マネちゃんは元アスリート、食欲旺盛な方ですから「ひもじい思いだけは絶対にさせたくない」と常々言ってらっしゃいます。だからご飯はスタミナ食モリモリです。本当に人ってそれぞれなんですね。感覚も考え方も違うから、複数でお世話することに意味があるんだと思います。

さて、秋のクマちゃん。枯葉と一緒に撮った写真を見ると、まだ黒々と色艶があります。そして少し太っています。



たぶん、1歳を越えたクマちゃんは2020年の秋に妊娠したのでしょう。そして、残念ながら・・・妊娠出産に失敗してしまったのだと思われます。当時、花月へ行く機会が少なかった私には、全く気づかない出来事でした。

    
 枯葉とクマちゃん、晩秋にはまだ元気そうです。

この頃からクマちゃんは、料理長と副料理長に目をかけてもらえるようになりました。厨房から東エリアへ抜ける出入り口横のエアコン室外機の上に、ちょこんと陣取り、お二人が用事で出入りする姿を見るといつも、高く透き通った可愛い声でニャーニャーよく喋り、よく鳴いたんです。

クマちゃんは東エリアの「番頭さん」と呼ばれるようになりました。そこにはたぶん「せつない理由」があったのですが、クマちゃんの努力と、それに気づいてくれたお二人のおかげもあって、クマの身体はなんとか晩秋から冬にかけての時期を乗り越え、生き繋ぐことができたのだと思います。


 

クマちゃん家猫になる(3)

2021-08-18 19:05:21 | 猫の物語
私がブログを始めたのは2020年の春、連休のことで、クマちゃんは1歳になったばかりでした。当時クマちゃんは、母親のジジからも、うし兄からも、姉妹のモカ猫パンちゃんからも離れ、拠点を東エリアに移していました。みんなが去ってしまったので、身体の小さい不器用なクマちゃんは一人で新しい場所を見つけざるを得なかったのでしょう。当時は歳の近い仔猫達がたくさんいたので、クマちゃんも時々、西エリアに出入りしてよく遊んでいました。


 ラビ・ウニ太郎・縞に混じって押しくら饅頭


 モフとは同い年だと思います。

当時クマちゃんはまだ1歳、今もそうですがとても遊び好きな性格です。2020年の春、連休に食事に行ったとき、お手製の「猫じゃらし」を持って行きました。花月猫ちゃん達は「猫じゃらし」で遊んでもらうのは初めてだったのでしょう、みんなもう無我夢中で楽しんでいました。しばらくして、東エリアから西エリアへ移動した時、クマちゃんはロロと一緒に猫じゃらしを追って率先してついてきたと思います。確かマリオも一緒いたような記憶があります。



思い返せば、あの時クマちゃんは建物の縁に沿って最短距離で東から西へ移動し、遊び終わると同じコース、最短距離で帰って行きました。同じ女の子でも大きな木から屋根まで登るロロちゃんと違って、クマは運動神経が鈍そうで、自分のエリアを守って生きるのが好きなようです。もしかしたら花月の庭で走り回ることも、一度もなかったかも知れません。そうして用心深く生きたからこそ、2歳まで生き残ることができたのかもしれませんね。

外猫を家にいれる・・・たぶん出せ!!出せ!!と大声で鳴き、慣れるまではとても辛いのではと覚悟して連れて帰りました。我が家の方は猫が走れる廊下があるので、保育園方式もいいなぁ、昼はうちに連れてきて夜は隣の友人宅、二か所飼いで広々させたら、花月と違う狭い空間でも我慢できるだろうかと、心配もし、対策も練っていました。が・・・全くの杞憂‼ 既に4か月経ちましたが、与えられた部屋から出てくることも少なく、帰りたい!出せ出せ~!!と鳴いたことは一度もありません。

ああ、自分を守って用心しながら生きてきたんだな、用心深いことが花月で生き抜く最低条件なんだな、と実感したのですが、何か拍子抜け・・・猫って本当に分からないものですね。。。

一年半前の2020年春、一つだけ確かなことがあります。クマちゃんはまだ元気一杯で目ヤニは切れなくても、身体にツヤがあり、走り回ることもできたということです。


クマちゃん家猫になる(2)

2021-08-17 22:41:23 | 猫の物語
クマちゃんと初めて会ったのは2019年11月23日、北側バックヤードでの出会いでした。

その頃、ジジは3回目の出産を終えて、ニャン太・ニャン吉・シマ子3兄妹の育児真っ最中。アダルトチルドレンのうし兄(ジジ初産児)が、かいがいしく3縞兄妹の面倒をみて、一緒に寝たり、兄ちゃんなのにお乳を吸わせたり、崖の登り方を教えたりしていました。その横にうし兄の助手のように(たぶん何も手伝ってない・・・)ちょこんといたのがクマちゃん(ジジ2回目出産児)です。

当時うし兄のファンだった私は、クマちゃんの様子に全く興味がありませんでした。今回、後見人になるので改めて丁寧に以前撮った写真を探してみると、フワフワ黒毛、目ヤニだらけの大きな丸顔に短い手足、バランスの悪い小さな身体のクマちゃんが、うし兄のおしょうばんで一緒にカリカリを食べている姿を見つけました。



マネちゃんもあの時、確か「うしの弟」と紹介してくれました。違います、本当は女の子なんですよ。胸に小さな白三角がある以外は真っ黒、見た目がパッとしない黒猫クマちゃんのことは、性別さえも記憶に薄いようで、誕生日が2019年5月7日と分かっているジャスミン達兄弟姉妹に比べて情報は全くありません。



ジジの姉妹ニャニャ(ハナ)は今、4回目の出産児を育てていますが、初産児の生年月日は2018年5月5日と分かりました。
お花見の時、ニャニャ初産児「びび&ちび」の里親さんが、花月の応援にいらっしゃったので、私が猫ボランティアになる以前のお話を伺うことができました。うし兄はその一つ下ということでしたが、そもそも母親が違います。うし兄はたぶん2018年秋頃に生まれたのではと予想しています。


 2018年5月5日生まれ ニャニャ(ハナ)の初産児びび&ちび

以前の写真を捜査担当刑事よろしく舐めるように見返すと、2019年6月19日、お腹がペタンコのジジが写っていました。ということはその後に3縞兄妹を妊娠した?? 冬にはたぶん出産できないので、2回目出産児「クマちゃん・モカ猫パンちゃん・トラちゃん(亡くなった説と谷でチラッと見かけた説がありますが、私は会ったことがありません)」の推定生年月日は2019年春、モフやジャスミン達と同時期にあたります。


 姉猫パンちゃん、クマ(1)とそっくりポーズ。名前の由来はパンダです。

ということで、クマちゃんの生年月日は令和の始まり、令和元年(2019年)5月1日に決めました!そして2年後、2021年5月1日の誕生日、クマちゃんは晴れて家猫になったのです。




うりちゃんの巣立ち~抱っこ猫だよ!

2021-08-16 21:02:41 | 猫の物語
8月5日の早朝に、ゾロの最後の子供が巣立ちました。
以前からのお約束だった、白黒青目、少し成長して青黄のオッドアイに変わりました。よくあることですね、さあ、料理長ご友人の元へ巣立ちです!

料理長は初めて母親になったゾロのことを心配して、白黒青目のうりちゃんを最後まで手元に置いて、母子の時間を作ってあげていたんです。が、度重なる仔猫の失踪、特に兄弟の黒ちゃんが行方不明になってしまった・・・これ以上の残留は心配になってきました。仔猫の行方不明が続いてから、マネちゃんは東エリアの仔猫を集めて、夜、4匹をケージで寝かせるようにしました。しかし、アライグマや狐も命がけだと思うので、いつまたさらわれるか、ヒヤヒヤの毎日です。
みんな~~、頼むから早く大きくなってくださ~い~!!!!!

という理由で料理長も決心ができ、うりちゃんの巣立ちが5日に決定しましたので、私は4日の夜にお別れに行きました。幸せになるとはいえ、どの子の時も少し寂しいです。うりちゃんは産まれてから3か月、一番長く一緒にいたので、料理長もマネちゃんも若女将も私も、ちょっと寂しいのはやむを得ないのです・・・でも、うりちゃんの幸せが一番!頑張ってね!!



巣立ちの前にノミ落としや健康チェックのため、料理長はうりちゃんを2回動物病院に連れて行きました。健康状態は大丈夫、でもちょっと体重が軽すぎます。そう言えばちょび髭夏海(なみ)ちゃんも、巣立った直後は体重が軽すぎて心配だったそうです。母親ゾロは細身なんですが食欲旺盛。マネちゃんは花月猫全員にきちんとご飯をあげていますので、うりちゃん達は母親からの遺伝的なものがあるのかもしれませんね。でも、もう大丈夫!!!これからいっぱい可愛がってもらって、いっぱい食べて、う~んと太ってね!



料理長に連れられて鳴きながら大阪へ巣立って行ったうりちゃん、最初は押入れ猫だったようですが、段々慣れてきて、今は「抱っこ~、抱っこ~」とせがむ抱っこ猫に変わったそうです。嬉しいニュースに顔がほころびます。



うりちゃんも幸せになったね!!本当に良かった!!!ゾロは幸せな母猫です。4匹の子供達のうち「むぎ、なみ、うり」と名前を貰った3匹は、これから何年も何年も、愛情豊かに幸せに暮らしていけるのだから・・・ねっ!。

さて、うりちゃんの嬉しい旅立ちを祝いながらも、悲しいお知らせをしなければなりません。

前回のブログでお伝えした黒い仔猫の空(そら)ちゃんも行方不明になりました。これで行方不明が5匹になってしましました。衰弱死を加えると全部で6匹の仔猫が命を落としました。

ジジの遺児「コジマ」と、ニャニャ&ラビの子供2匹は、かなり大きくなりました。この3匹も用心しながら暮らしています。ラビは南エリアを守り、ニャニャ&ラビ各々が1匹ずつの子供に張り付いているのをよく目にします。コジマは比較的安全な北側バックヤードにいますが、時々西エリアで寝ていてハラハラします。お母さんジジが新たな子育てに入ったのでまだまだ心配です。

家族と愛情に繋がれて生きる命、往ってしまう命、運とご縁で命は星のように輝いたり、流れ星のように逝ってしまったり・・・人間も動物も命の尊さは同じですね。

今年のお盆は長雨でした。雨の降りしきる天空を見上げ「仔猫達の魂はちゃんと花月に帰ってこられたかなぁ」と思ったりします。往ってしまった仔猫達の母親はみんな無事です。6匹の仔猫達の魂に手を合わせながら祈ります・・・みんな。。。きっと戻ってきて、雨降りに籠る母親達のオッパイを吸っていることでしょう。お盆の1週間は独り占めだよ、せめて・・・お母ちゃん達に精一杯甘えてね・・・。