惚けた遊び! 

タタタッ

一対一ノック

2016年04月22日 | 野球



・一対一ノック

 ボールを握ったミットを左手に、右手にバットを持って、ネットを背にした少年の5メーター程手前に立つと、少年と私のバトルが始まる。
 「イクゾォー」
 「ウオォー」
 と共に、左手から宙に浮かせたボールを右手のバットがたたくと、少年の前でボールはワンバウンドしてグローブに吸い込まれる。補球されたボールはミットめがけて返球され、再びノックが繰り返される。
 「イクゾォー」
 「ウオォー」、の繰り返し。

 捕り損なえば罵声が少年を煽り、更に強いノックが雨霰と少年をたたく。ノッカーは夜叉みたいになって左のミットと右手のバットを振り回し、右に左にゴロボールを散らし、ダイレクトな飛球を胸元に飛ばす。機敏さ俊敏さが全展開する。精神はただひたすら前方へはばたく。常に前へだけがあり過去にこだわる暇は一瞬もない。
 ノッカーはおもむろに距離をせばめつつ、少年もコーチも夢中になって捕り、打ちしつつ、互いに忘我の境に突入する。打ち、捕りの一時、そこに少年とコーチの交歓が成就する。

 突然、コーチの自分が中学生になり、ノックを受けている田舎の中学校のグランドが沸き起ってきた。先輩の野良着姿の孫ェ門が打つノックをハアハアしながら受けているところだった。

 その頃には、辺りは完全な静寂が支配し、肉体がただゴツゴツと動くだけのそこで、尺度も水準も別次元の心身一如の摩訶不思議を味わった末に、少年に周りのざわめきが遠雷のように湧き起ってきて、その魔界から不思議なエネルギーを充満させたまま立ち上がることになる。
 そこから、この世を眺めまわすと、いわゆる<現実>と言われているものが如何に脱色されていることか、或いは脚色されたシナリオが被っているかを見ることになる。つまり、ピュアな原始そのものの素材を発見し愕然とさせられ、そしてそのあまりの衝撃に、少年は言葉を失い沈黙する。




出所:「説話集 天空に舞う」ロッキ-ズ物語



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