三十八度線から十キロほど手前、楊州郡、長興面、釜谷里の低い丘陵と雑木林に囲まれた広大な敷地に釜谷陶房がある。
二十五年前の深秋の季節だった。
ソウルから北へタクシーで約四十分かかるが途中、閔山(ムンサン)街道の分岐点で銃を肩にした兵士にストップをかけられた。ちなみに閔とは寂しい意味、李氏朝鮮王朝の昔、ここらあたりは辺鄙な土地だったのだろう。
兵士は下手な韓国語をいぶかったが行く先を釜谷陶房の申相浩氏(シンサンホゥ)と告げると、カメラをちらっと見て顎をしゃくった。
北との軍事緊張が極度に高まった最中で、十数年前には三十八度線に横穴を掘って韓国正規軍にばけた北朝鮮軍がソウル市内の大統領官邸近くまで侵入し、警察署長が殉職した事件も起きた。
街道の途中、道路をまたいで高さ四米、鉄筋コンクリートの厚さ、三米ほどの橋梁に似た小トンネルがあり、同行した友人の韓君が…北が戦車で侵入したら、壁のボタンひとつで鉄筋コンクリートが瞬時に落下、道路を塞いで戦車の侵入を防ぐのだと言う。
窯場近くの低い丘陵に迷彩服の兵士が塹壕からずらりと顔をのぞかせていたし、窯場の入り口には部隊名が書かれた営舎もあった。すべて予備役の部隊と言う。
前夜、たまさか十一時に目覚め、市長舎前の広場を眺めていたら、十二時丁度、あっという間に車も人々の姿も消え、道路のかしこにバリケードがはられ戒厳令の夜間通行禁止が実施されたのだった。勿論毎日がそうなっていた。
静かに立ち上ぼる窯場の煙のかなた、真っ青の秋空がひろがっていた。
青よりも黝(くろ)ずんだ濃い青、高度一万米上空でみられる碧空の青、私は空に吸い込まれそうになり、真紅の紅葉がくるくる回って感動の涙が零れた。
この窯主の申相浩は三島(韓国では粉青プンチョン)博士と言われ、李氏朝鮮王朝の粉青再現では韓国第一の作家だった。
遠くで韓国鴉の鳴き声がするだけで静寂そのものの工房では十数人の女子工員がカンナで器物の表面を削っていた。
昨年の秋、百五十一回目の訪韓の時、この街道を通ったら、戦車防御のコンクリート壁は雨漏りで汚れ、ボタンは朽ちはて、横穴塹壕や兵舎の跡形もなく雑草に覆われていた。 周辺の土地の値段は軍事緊張が高まると下落するが、今では街道のかしこに遊園地やキャンプ場、西洋風なレストラン、韓式食堂がたちならび、藁葺き農家は煉瓦の建物と変わった。
しかしかっての農村風景のひとつである、小屋がけした果物売り場には年老いたハルモニーがのんびり立て膝をかかえて道行く人々を眺めている。
二十五年前の深秋の季節だった。
ソウルから北へタクシーで約四十分かかるが途中、閔山(ムンサン)街道の分岐点で銃を肩にした兵士にストップをかけられた。ちなみに閔とは寂しい意味、李氏朝鮮王朝の昔、ここらあたりは辺鄙な土地だったのだろう。
兵士は下手な韓国語をいぶかったが行く先を釜谷陶房の申相浩氏(シンサンホゥ)と告げると、カメラをちらっと見て顎をしゃくった。
北との軍事緊張が極度に高まった最中で、十数年前には三十八度線に横穴を掘って韓国正規軍にばけた北朝鮮軍がソウル市内の大統領官邸近くまで侵入し、警察署長が殉職した事件も起きた。
街道の途中、道路をまたいで高さ四米、鉄筋コンクリートの厚さ、三米ほどの橋梁に似た小トンネルがあり、同行した友人の韓君が…北が戦車で侵入したら、壁のボタンひとつで鉄筋コンクリートが瞬時に落下、道路を塞いで戦車の侵入を防ぐのだと言う。
窯場近くの低い丘陵に迷彩服の兵士が塹壕からずらりと顔をのぞかせていたし、窯場の入り口には部隊名が書かれた営舎もあった。すべて予備役の部隊と言う。
前夜、たまさか十一時に目覚め、市長舎前の広場を眺めていたら、十二時丁度、あっという間に車も人々の姿も消え、道路のかしこにバリケードがはられ戒厳令の夜間通行禁止が実施されたのだった。勿論毎日がそうなっていた。
静かに立ち上ぼる窯場の煙のかなた、真っ青の秋空がひろがっていた。
青よりも黝(くろ)ずんだ濃い青、高度一万米上空でみられる碧空の青、私は空に吸い込まれそうになり、真紅の紅葉がくるくる回って感動の涙が零れた。
この窯主の申相浩は三島(韓国では粉青プンチョン)博士と言われ、李氏朝鮮王朝の粉青再現では韓国第一の作家だった。
遠くで韓国鴉の鳴き声がするだけで静寂そのものの工房では十数人の女子工員がカンナで器物の表面を削っていた。
昨年の秋、百五十一回目の訪韓の時、この街道を通ったら、戦車防御のコンクリート壁は雨漏りで汚れ、ボタンは朽ちはて、横穴塹壕や兵舎の跡形もなく雑草に覆われていた。 周辺の土地の値段は軍事緊張が高まると下落するが、今では街道のかしこに遊園地やキャンプ場、西洋風なレストラン、韓式食堂がたちならび、藁葺き農家は煉瓦の建物と変わった。
しかしかっての農村風景のひとつである、小屋がけした果物売り場には年老いたハルモニーがのんびり立て膝をかかえて道行く人々を眺めている。