吉松ひろむの日記

高麗陶磁器並びに李朝朝鮮、現代韓国に詳しい吉松ひろむの日記です。大正生まれ、大正ロマンのブログです。

血の証明 失踪 17

2005年08月29日 17時56分14秒 | 血の証明
血の証明
    失踪
17
 無言のまま、遠くを見つめているアニに、
「先生!」と那里はよびかけた。
 空気が硬直しているなか、信介もアニを見つめた。
 街でユーモアを交えた演説をするアニとは違って近寄りがたい雰囲気があたりに漂っている。
「ソスパ クッチャ キムン カムイ クル!」
 聞き取れぬ声でアニがささやいた。
「ソスパは確か剥ぐだ…木の皮を剥ぐ…オヒョウの樹を剥ぐの剥ぐ だ…カムイの雄鹿はアプカだから、鹿の皮を剥いでる時にカムイ 熊にやられて首にけがをしたんだろう…父の手紙にあったクッチャ…猟小屋で…」               」
「とにかく今日は引き上げよう!しかし親父はまさかアニを意識し てこの長靴を送ったわけでもないだろう…つまり、この靴を俺が アニに見せるかも…」
「考え過ぎや…そんなけったいな話!」
 信介の言葉に返事もせず、那里は小屋をあとにした。
 洞窟前までは五分もかからずに着いた。
「これから、カバの下宿へ行こう!彼は上野美術学校時代に骨相学 や他の民族の人体構造についてデッサンするために学んだと聞い たんや…」
「それがどうした?」
「アニがアイヌ語をはなしたろう!あるいはアイヌかも…」
 普段は元気旺盛なのに那里は想像できぬほど悄気て、信介の言葉に反応がない。
 那里は父から送ってきたと言ったが、彼がある事を試そうと、父に鹿皮靴を依頼し、それをアニにみせたのかも…といった疑問が信介の脳裏にわいた。
 稲穂町から地獄坂をのぼって途中の東に通ずる小道を一丁ほど入った緑ケ丘の瀟洒な住宅地が建ちならぶ白ペンキ塗りの木柵に囲まれた二階屋がカバの家だった。
 丁度ベランダに寝椅子を置いてカバは日光浴としやれていた。

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