正治は広島にいた頃から、
「面白い事を言って楽器を操つれるおれこそ植木等の跡を継ぐ男だ」
こう自負していた。
東洋大学に入学する事ができ自分の目標に大きく近づいた気がしていた。
サックスの生演奏の依頼が来たらよろこんで出かけた。
サックスが吹きたかったわけではない。
大人数の場所でざわついている場面で面白い事を言いたかったのだ。
だが、正治は東京の人々の気質を思い知る事になる。
正治はサックスのマウスを口にくわえ演奏しようとすると、
観客は水を打ったようになるのだ。
正治は恐れ入った。サックスを吹きながら、
「これが東京の底力なんだ」
こう思うのだった。
「凄い街だ。東京は」
こんな思いが心の底を支配していた。