カトリック情報

katorikku jyohou

ユングマン『ミサ』1992 トリエント公会議は油断してV2に敗北した。新しく自由になりたい誘惑に負けた。

2016-02-19 | 本 有害指定図書
はっきりしていることは、ただ一つ。若い教会は最初から、驚くべき確信をもって広範にやりかたを統一し、等しく真に受けて祭儀をしたことである。どこからこの確信がくるのかは明らかである。復活後の主の出現は意図的であった。そのさい「神の国について」(使1.3)使徒たちに語り、さらに最後の晩餐で制定したものを確認し、たち入った説明をほどこさなかったはずがないのである。p21
いずれにせよ、主が制定したものとしてくりかえされることになったものは、食事ではなかった。p24
実際の食事を連想させる「パンを裂くこと」や「主の晩餐」というような名称は、もう使われなくなった。p24
トリエント公会議によれば、主は、自分の十字架上の奉献が、感謝の祭儀で現在化されることを望んだのである。p123
アナムネシス(記念)、エピクレシス(呼びかけ)、エウカリスチア(感謝)、プロスフェラ(奉納)p138
...原則が、トリエント公会議で明文化された。すなわち、ミサのなかで司祭を使ってささげるのは、十字架上でささげている、あのキリストなのである。司祭は聖別のことばを、自分の名においてではなく、キリストの使者として、彼を雇った唯一の大祭司の名において、となえるのである。p158
ふつうミサの目的を語る時、奉献のねらいとして、四つの目標があげられる。礼拝、感謝、嘆願、あがないである。p173
トリエント公会議は、... ミサがあがないというものであることを、つよく弁護した。p173
トリエント公会議は論争の雰囲気のなかで、教会の本質的な遺産を守り、キリスト教生活の刷新をおし進めなければならなかったが、第二バチカン公会議では、そんな雰囲気はもうなかった。いまやミサを守ったり、危険にさらされた立場を強化する必要はなくなった。/公会議が始めた典礼やミサの刷新のねらいは、ただひたすら、ミサの本質的なものをより完全に実現し、その豊かさをよりよく発揮させることにあった。... そこで強調すべき点がはっきりされた。このことで最もはっきりしたのは、豊富になった感謝の祈り(叙唱)と新しい奉献文の式文ではなかろうか。p183
第二バチカン公会議は、中央集権的な拘束と個別の自由との間の、中道路線をとろうとした。... 相当の権限が、司教協議会や司教個人に付与されている(『典礼憲章』22.37-40.57)p281
そういう自由のなかで慣れていくうちに、個々の場所でしっかりした秩序がふたたび出来る... p281
どの感謝の祭儀においても、典礼を担当する人が自由な自発性を発揮して、新しいものを作っていきたいものである。p281
この本は、教会当局から ... 店頭に置かれていたものはみな回収されることになった。p343  


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。