地形学とGIS / Geomorphology & GIS

ある研究者の活動と思考の記録

海洋地形学の物語

2009-08-03 | 音楽
地形学の語は一般人にはあまり知られていない.研究者の間でも,地形学はマイナーな分野というイメージがあるようだ.たとえば2チャンネルには「全く流行っていない地形学」というスレッドがある.ただしそこには国内の古めかしい話しか出てこない.世界的にみれば地形学は流行っている.雑誌Geomorphologyの規模は,ここ数年でずいぶん大きくなった.

しかし日本でも,意外なことにロックのファンの一部が地形学の語を知っている.プログレッシブ・ロックのバンド,イエスが1974年に発表したアルバム"Tales from Topographic Oceans"の邦題が,「海洋地形学の物語」となっているためである.

この邦題は誤訳である.原題ではtopographicが形容詞,oceansが名詞であるが,逆になってしまっている.また,topographicやtopographyは,形や分布としての地形を意味し,学問としての地形学(=geomorphology)とは異なる.英和辞典では,なぜか「topography=地形学」と記している場合が多いが,地形学者として誤りと断言できる.

それでは原題のtopographic ocean(s)とは何だろうか? 実は海洋物理学の論文で,この語が使われている.一つは形容詞としての用法で,topographic ocean gyres(地形に規定された海の環流)のように使う.もう一つは名詞としての用法で,海流のシミュレーションで海底を平面と仮定しない場合に,a topographic ocean =「底に凹凸(地形)がある海」と書くことがある.

イエスのtopographic oceansは,上記の「底に凹凸がある海」と同義であろう.実際,ジャケットには海底と砂漠を足して二で割ったような,起伏を持つ風景が描かれている.この絵は,多数のロック・アルバムのジャケットを描いたロジャー・ディーンによるもので,彼のベストの作品の一つとされている.

このアルバムの曲は長くて退屈とみなされることが多く,前作が「危機」という大傑作だったこともあり,発表時には多くのファンに失望を与えた.確かに精神を集中して聴くのは難しいが,BGMとして使うと素敵である.よって僕のオフィスでも時々流れている.

誤訳とはいえ,地形学の語を広めてくれたことに感謝したい.

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