昔にくらべ、猫を多頭飼いされる方が増えているように感じます。一匹だけでは寂しかろうという配慮の場合もあれば、ついつい新しい猫を引き取ってしまうケース、避妊はしないというポリシーの元で生まれてきた子猫をそのまま一緒に飼うケースなど、理由は様々でしょう。ペットシッターの依頼を受けるたびお客様から、「また一匹増えまして……」と苦笑い混じりに打ち明けられることもあります。
そうした多頭飼いの猫たちを見ていると、同じような環境で育っているにも関わらず、それぞれの猫ごとにふるまい方が違っていて面白いものです。これは性格の違いと共に、猫同士での立場の違い、関係性にも理由があるのでしょう。人懐こくてすぐに寄ってきてくれる子の後ろで、警戒して隠れている子がいて、引っ込み思案なのかと思っていたら、人懐こい子が去っていった途端に寄ってきてくれて、ああ、遠慮していたのか、と彼らの関係性に思いを巡らせます。人間社会と同様、猫たちにもそれなりに複雑な事情があるのでしょう。
今回ご紹介するロシア映画『こねこ』に登場する猫たちは、全員が幸せそうに暮らしています。子猫のチグラーシャは音楽家一家の元に引き取られますが、やんちゃ盛りでいたずらばかり。いつも家族に迷惑をかけ、そのたび怒号が行き交う騒動が繰り広げられるのが第一部。その後、チグラーシャが家から逃げ出して街をさまようのが第二部ですが、ここで出会うのが雑役夫のフージェンという男です。彼は猫が大好きで、何匹もの猫と共に暮らしています。懐くままに遊んでいた猫の仕草がやがて芸となり、道端でそれを見せてお金をもらっています。彼の夢は、いつか猫だけのサーカスを開くことでした。ところが彼はマンションからの立ち退きを迫る地上げ屋に襲撃され、病院に運ばれてしまいます。残された猫たちは無事に生き延びることができるのでしょうか。そしてチグラーシャは音楽家一家のもとに戻ることができるのでしょうかーー。
猫好きのフージェンの元に集まるのは、どれも個性派ぞろいの猫ちゃんたち。リーダー格のトラ猫〈ワーシャ〉は勇敢で、ドーベルマンからチグラーシャを守り、家へと案内します。白黒猫の〈ジンジン〉は、2本足でジャンプするのが得意で、フージェンと一緒に縄跳びまでできます。ずっと舌を出したままのペルシャ猫〈シャフ〉はおっとりのんびりしていますが、いったんもらわれていった先から逃げ出して戻ってきます。隣家の飼い猫の白猫〈プショーク〉は、フージェンの家のほうが居心地がいいのか、いつも窓からやってきます。同じく白猫の〈ペルシーク〉は要領がよく、キオスクのお姉さんにかわいがられています。
こうした猫たちが、実に自然な動作で“演技”をし、観る者を楽しませてくれます。もちろんCGや薬剤などは一切使われていません。フージェンを演じるのは本物の猫の調教師で、猫たちの行う芸もすべて本物です。妙な擬人化をされたりナレーションをつけられることもありませんので、見る者は違和感なく映画に没入することができます。イワン・ポポフ監督は、猫たちに無理強いをすることなく、脚本に沿った動きをさせ、実に2年をかけて本作を撮り終えたそうです。
映画を見ると、冬のロシア独特の侘しさが感じられ、それだけで哀愁を誘われます。また、フージェンの生きる環境は1990年代のロシアの貧しさ、厳しさが表現されており、ふだんあまり触れることのない異国の事情をうかがい知ることができます。単なるネコ映画としてではなく、多様な要素を含んだ、大人にも見ごたえのある一本です。
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