今年はなかなか寒くならないですね。仕事柄、車に乗っている時間が多く、日中だと車内は30℃近くにもなります。車の中は温室と同じですので、冬の装いだとかなり暑く感じてしまいます。
何度も書いているとおり、ペットシッターの仕事は夏のほうが大変です。冬は寒くて大変だろうと思われがちですが、室内はペットのためにエアコンが入れてありますし、犬のお散歩も、歩いていれば体が温まってくるのでさほどのことはありません。雨や雪の中、カッパを着て犬のお散歩をしている姿ははたから見れば辛そうですが、やってみれば大したことではないとわかります。ただ、安く売っているポンチョタイプのカッパはすぐに水がしみてくるので使えません。どのペットシッターでも、カッパはそこそこ良いものを使っていると思います。
さて、こうして徐々に寒くなる頃に紹介したいとずっと思っていた小説があります。『おわりの雪/ユベール・マンガレリ著・田久保麻理訳』という作品です。
舞台はヨーロッパの小さな町。主人公の少年は両親と三人で暮らしています。父親は病気のため寝たきりで、一家は父親の年金と少年の稼ぐわずかなお金で暮らしています。少年の仕事は養老院にいる老人と散歩をすること。介助をしながら短い距離を歩き、老人からお駄賃をもらうのです。
養老院からの帰り、少年は道端で売られていたトビをどうしても欲しいと思うようになります。家に帰ると父親にトビの話をし、父親があまりに熱心に聞きたがるため、少年はトビ捕りと出会った話、トビをつかまえた話などを自分で創造しながら語ります。
いっぽう、少年のすくない稼ぎではトビを飼うお金はなかなか貯まりません。あるとき、養老院のお婆さんが亡くなり、飼い犬が残されます。犬をどうにか処分できればお金をやると言われ、それがあればトビを飼うことができます。少年は迷ったすえ、雪の中を犬と共に歩き始めます。
ほんとうに静かな静かな小説です。ドラマめいたことも起こるには起こるのですが、少年と父親との会話、養老院で仕事を待つ間に飲むコーヒー、粗末な家での暮らしなど、どうということもないシーンが丁寧に語られ、そこに情景が浮かんできます。読んでいると、自分がその世界にすっぽり入り込んだ気持ちにさせられます。
ときおり訪れる不条理とも思える展開は、少年期特有の不整合な言動をよく現しています。彼は、店に売っているトビを買いたいと強く願うわりに、そのための積極的な行動をとろうとはしません。養老院の仕事に精を出すわけでもなく、管理人から与えられた新しい“仕事”についても、それほど強く嫌がるでもなく乗り気になるでもなく、ただ淡々と時間は流れ、その中で行為がなされていきます。物語の中盤、かなりの文量が割かれた犬と郊外に出掛けるシーンにおいても、その目的を遂げるための行動よりは、そこで発生した些末なできごとが次々と描かれ、それをつなげていくうちにいつの間にか時間が流れています。予定調和に陥らない、この小説独自の世界がこうして形作られていきます。
雪降る街のイメージは、静謐ではあるけれど迫力さえ感じます。訳文のすばらしさも特筆もので、作品世界を見事に再現した日本語だと思います。
この作品は冬の寒い夜、できれば雪の降っている日に読むのがふさわしいでしょう。心のなかで、雪の降る音が鳴りますよ。