はじめまして。当ブログでは、ペットシッターを営む私が、日常業務を交えつつ、ペット関連の本や映画を紹介していく予定です。どうぞよろしくお願い致します。
ペットシッターとは、ペットを飼っている方が旅行などで自宅を空ける際、飼い主さんの自宅でペットの食事やトイレの掃除・散歩などのお世話を行うサービスです。いわば、ペット版のベビーシッターです。
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「ペットシッター・ジェントリー」
作業にあたっては、必ず事前に一度、飼い主さんと打合せをおこないます。作業の詳細を聞き取り、ペットとの相性を確認するためです。それでも、初めての犬の場合、お世話初日は緊張します。飼い主さんが一緒の時と、ペットシッター一人で訪問した時とで、態度が変わることがあるからです。吠えて威嚇したり、逃げ回って捕まらないようだと、お散歩には行けません。そうならないよう、警戒心の強い犬の場合、事前に何度か通うこともあります。わざと誰もいない状況にしてもらったところに訪問し、一緒に散歩に行けるまで犬を馴らしてから、本番に臨みます。犬をお世話する際には、こうした信頼関係を築くことがとても重要です。
いったん信頼関係を結んでしまえば、犬は本当によく懐いてくれます。飼い主さんにとってもそれが無上の喜びだと思います。たとえば外出先から帰宅した瞬間、ワンワワン、と鳴きながら全力で迎えてくれたとき。あるいは、仕事や人間関係に疲れていても、犬がそばにいるだけで救われたと感じられるとき。犬と共に生きる幸せを感じるのは、こうした混じりっけのない信頼感、底知れない善良さを彼らが見せてくれるときではないでしょうか。
今回ご紹介する小説『その犬の歩むところ/ボストン・テラン』にも、信頼と善良さを全身で体現し、共に生きる喜びを与えてくれる犬が登場します。犬の名はギヴ。ギヴはさまざまに飼い主を変えながら、アメリカ各地を渡り歩きます。
最初の飼い主は、とあるモーテルの女主人でした。そこで静かに暮らしていたギヴは、通りすがりの兄弟にさらわれ、ダラスへと運ばれます。ギヴはそこで犬好きの女性ルーシーと出会い、彼女に連れられてニューオーリンズへと向かいます。楽しい生活が始まるかと思った矢先、彼らをハリケーン・カトリーナが襲います。隣家に住む猫を助けようと奮闘するルーシー。彼女を追い、水没した家に飛び込んでいくギヴ。
その後、ルーシーのもとを離れたギヴは、イラク帰還兵のディーンと出会います。9.11で姉を亡くし、イラクでも戦友を亡くしたディーンは、自分だけが生き伸びたことを悔やみ、生きる希望をなくしています。絶望のまま車を走らせていたとき、目の前に飛び出してきたのがギヴでした。彼はハンドルを取られ、車は大破します。
一命をとりとめたディーンは、動物病院に入院しているギヴを訪ねます。不思議な縁を感じたディーンは、元の飼い主であるルーシーの元へギヴを届けることを思い立ちます。
ルーシーから離れたあと、ギヴは人間から酷い虐待を受けていました。ディーンがギヴに首輪をつけようとしたとき、激しく怯えながら抵抗する姿が、受けた仕打ちの酷さを物語っていました。それでもギヴは、人間を信じることをやめようとしません。
犬には生来、人の苦しみや恐れを察知する能力があります。感情の変化により微妙なホルモンや汗が分泌され、犬の鋭い嗅覚がそれを感じ取るのです。ギヴは、ディーンの心のうちにそうしたネガティブな感情を読み取り、彼に寄り添うと、そっと頬をなめてあげます。自分が傷ついたからこそ他人の苦しみも理解できるんだよ、とギヴはディーンに教えてくれるのです。そんなギヴの底なしの善良さ、人間への信頼感を目の当たりにし、ディーンもまた希望を取り戻していきます。
こうしてギヴはさまざまな人々と出会い、慰めと勇気を与えていきます。同時にその歩みは、アメリカの近代史をたどる道行きにもなっています。300ページ足らずの文量に、これほど深い精神性と娯楽性とを両立させた著者の手腕には、唸らされるばかりです。
傷ついたことのない人などいません。ですから本作はアメリカだけの話ではなく、犬好きな人のためだけの小説でもありません。なにかに深く傷ついたとき、それを理解し支えてくれる存在がいたとしたら、人生はより実りあるものになることでしょう。そんなことを思わせてくれる、優しくて力強い作品です。