あなたのためだから…
by BIRD
「もう、あったま来た!」
皿を拭いていたディッシュクロスをキッチンに放り出した。
さすがに商売柄、食器を割ることは出来かねる。
「ふざけるな!」
怒声が響いてモップが倒れる音がした。
キッチンから飛び出した甚平はジョーと二人、顔を見合わせて大きく頷いた。
ついに宿敵ギャラクターを倒して地球は平和を取り戻した。
世界は輝きに満ち、科学忍者隊も解散して健とジュンが結婚した。
長年の気掛かりが解決してホッとしたのもつかの間、この二人はロクに家事ができない。
「お姉ちゃんもお嫁に行ったら家事をしなきゃね」
離れ離れになる寂しさが言わせたのか、ちょっとからかったつもりの甚平は
「あたし…ひとりで?」
念願かなった喜びのカケラもなく、情けない声でうつむくお姉ちゃんに絶句した。
「ひとりで全部することはないよ。だって今どき、家事は―」
分担して…と言いかけ、続きの言葉を呑み込んだ。
相手はお姉ちゃん以上に家事能力に不安と問題のある兄貴だ。
どれだけスナックJのグラスや皿を割られたことだろう。
ツケの精算時に被害額を上乗せしなかったことを甚平は今さらながら後悔した。
「なんだと?」
同じ頃、ジョーも同様の問題に直面していた。
「二人で分担してやれよ」
トンチキも大概にしやがれ!と怒鳴ったジョーは
「俺にできると思うか?」
静かな声でしみじみと言われ、眉間に深く皺を刻みながら、ある忌まわしい出来事を思い出した。

たった4点の簡単な買い物、それもメモまで持って行ったのにひっきりなしに連絡が入る。
「パスタってどれだ?」
最近はオーガニックだの、無農薬だの、特選だの、厳選だの、シェフお薦めだの、確かに種類は多い。
(ま、無理もねえか)
パッケージのデザインの特徴を伝え……いちいち棚の表示を読み上げるんじゃねえよ、探せ!
パスタひとつ買うのにどれだけ時間がかかるんだ。
あげくに
「おい、ジョー、パッケージの色は赤じゃなくて、赤に近いオレンジだぞ」
「ああ、そうかい」
「正確に言えよな、まったく―」
(ブツクサ言いやがってよ)
次に買わせた塩、トマトの水煮缶も同様に手間取りやがって、チーズはもう諦めた。
パスタ、塩、缶詰、これだけ買うのに気の遠くなりそうな時間がかかってるのに、
さらに品数のあるチーズ売り場で大騒ぎされるのは、もうたくさんだ。
「いらないものまで書くなよ。ジョー、お前ってヤツは―」
「とっとと支払いを済ませろ、健!」
掃除と皿洗いにかかる前に邪魔な二人を買い出しに行かせることにした。
が、健のヤツは話にならないので、ジュンなら…と期待したのが間違いだった。
業務用の仕入れならやったことがあるが、日々の買い物の経験はほとんどない!
彼女は堂々と胸を張って言い、あげくに
「健だってそうでしょ?」
「ああ、そうだ」
意見の一致をみた二人はにっこり笑いあっている。
(お前ら…)
「いいか、食料品売り場は1階。売り場の最初にあるのは野菜か果物だ」
テーブルを挟んで言い聞かせる。
「えっ?ほんと?」
「そうなのか?」
超人的な努力で溜め息を押し殺し、売り場の簡単なレイアウトをメモに書いてやる。
必要な品物、選び方、分量、買う順、その他を書き出しながら細かく説明した。
二人は史上最大の困難な任務を命ぜられたかのように、その凛々しい眉と
形のいい眉を寄せ、言葉を失っている。
「何か質問は?」
虚ろな視線を宙に泳がせた二人は揃って首を横に振った。
デキの悪い生徒を相手にしている教師の気分だ。
「なんだか読みにくいわね」
「もっと丁寧に書けよ」
この期に及んで渡したメモに四の五の抜かすのを文字通り叩き出した。
「大丈夫かなぁ」
「いつまでも甘い顔をしてたらダメだ!」
荒療治にためらう甚平を叱咤する。
何が悲しくて毎日、ここに通わなきゃなんねぇんだ!あのトンチキが!
「時間は充分にある。あの二人が手際良く買い物なんかできるワケがないだろ?」
「まあ、そうだけど」
「あいつらに必要なのは俺たちじゃない。反省と努力だ!」
「うん。オイラもそう思う!」
故郷に戻っている竜にも事情を伝え、最後の仕事をやり終えて外に出た。
「でもさ、万一、途中で鉢合わせになったらマズイじゃんか」
「それもそうだな」
かなりの時間が経って車が戻って来た。疲労の色濃い二人は、
よろめくように車から降りて来る。
トランク及び後部座席に満載している荷物を運ぶ順番だか、
やり方だかでケンカが始まった。
だが、入って行く家はひとつなので仕方なく二人は両手に荷物を抱え、
互いにそっぽを向いたまま、バラバラに家の中へ入っていった。
たちまち、二人はそろって飛び出して来た。
隙なく身構え左右をキッと見渡す。
阿吽の呼吸と戦闘モードの厳しい視線。
「草の根をかき分けてでも捜し出すんだ!」
「ラジャー!」
かつてのリーダーの命令に、かつてのG-3号はたちまち反応した。
小さな家を見渡せる草叢に潜んで様子を伺っていた、ジョーと甚平は
人生最大の危機を迎え、絶妙のチームワークでギャラクターと
対峙する以上に闘志を漲らせている二人にゾッとして身を伏せた。
終