BIRDのブログ&ファンフィクション

タツノコプロの往年のアニメ「科学忍者隊ガッチャマン」の大ファンです。
この話題を中心に日常のことなどを綴ってみました。

火の鳥 その後 # 8 記憶喪失

2017-03-20 20:57:32 | ファンフィクション
 #8  記憶喪失 


 「やあ、気がつきましたね。よかった」
がっしりした長身のドクター・エミリオ・ガートナーは、収容から一週間と三日を過ぎてようやく
意識を取り戻した女性の顔を注意深くのぞき込んだ。
「ここは病院ですよ、難民キャンプのね。あなたは助かったんですよ」
物憂げな瞳が訝しそうに彼を見上げる。
長い髪が囲むハート型の顔、白磁の肌、碧緑の瞳、珊瑚の唇。

(こりゃ美人だな)

思わず顔を綻ばせかけたドクターは形のいい眉を顰められ、慌てて表情を引き締めた。
「どこか痛みますか?ああ、そうだ、あなたの名前は?」
くだんの美人はドクターの内心を見透かした訳でもなく痛みにでもなく、彼の問いに対してその眉を顰めていた。
その様子に不安を覚えたドクター・ガートナーが名前に続いて、年齢は?家族は?住まいは?…と、
立て続けに発した問いにも困惑した表情の彼女は、長い髪を揺らして首を振るばかりだった。

 回診を終えてカルテを整理していたドクター・オーウェンは、第三捜索隊が別の場所で発見したという
生存者の女性がようやく意識を取り戻した、との知らせをナースから受けて医務室を飛び出して行った
ドクター・ガートナーが、足取りも重く戻って来たのを怪訝そうに迎えた。
「どうしたんだい?エム。意識が戻ったんじゃないのか?」
「それが…」
口ごもる相手にドクター・オーウェンは掛けていた回転椅子ごと向き直った。

「彼女も似たような状況だったんだろう。身に着けていた衣服や靴は焼け焦げや煤だらけで、
裂けたりもしていた。彼同様、火傷や重い傷がなかったのが奇跡だな」
ドクター・ガートナーは担当している患者のカルテを自分のデスクに戻しながら言った。
「こちらもベルトのバックルだけが頼りの『ミスJ』だ。発見場所は異なるが
二人とも炎の中を逃げ回った揚句に記憶喪失だなんて、怪我が軽かったとはいえ可哀想に」
ドクター・ガートナーの声が重く沈んだ。
「災に追われて山の中を逃げ回った記憶など、思い出したくもないだろうね」
痛ましそうに首を振るドクター・オーウェンに
「でも、国際科学技術庁の発表にあったように科学忍者隊のおかげで、遂にギャラクターは
滅び去り、ようやく地球に平和が来たんだ。これから復興が進んでいけば気持ちも落ち着いて、
いずれはブロックされた記憶も取り戻せるんじゃないかな?」
ドクター・ガートナーは強いて明るく言った。
「そうだね。まだ若い人たちだし、きっと元気になるよ」
これといった根拠はないものの、ドクター・オーウェンもドクター・ガートナーに合わせて、
自分自身の気持ちを引き立てるように応えた。

 ドクター達は男女ふたりの生存者の記憶喪失をPTSDと推測していた。
地球的規模の厄災ともいえる戦いが遂に終結した今、そういった症状を示す者は
珍しくはなかったから…。
キャンプの人々もドクター達も、世界中の誰もが心に傷を負っていた。

火の鳥 その後 #7 K

2017-03-20 20:54:41 | ファンフィクション
 #7  K


 翌日の午後、ドクター・パトリック・オーウェンとドクター・エミリオ・ガートナーは
パトロール隊が新たに捜索した丘陵地帯から相次いで救出された、男女二人の生存者について
話し合っていた。
「総裁Zが操っていた反物質小惑星の影響で急激なフェーン現象が起こり、火災が発生して
ここら一帯も森林火災の延焼が続きひどい被害を受けたね」
「ああ、街中が破壊されて道路は寸断されていたし、ライフラインが完全にやられてしまった後では
消火活動がほぼ不可能で、街そのものが炎に包まれて何もかも焼け落ちてしまった…」

 勤務していた病院や自身の家族、友人、仲間を亡くした街の惨状をそれぞれ思い出し、
二人のドクターはいっとき言葉を失って、苦いものを噛み締めた。
「彼もなんとか山の中に逃げたものの、結局は火災に追い詰められて逃げ場を失ってしまったんだろう。
発見場所の焼け様は実に酷かったと聞いているよ」
ドクター・オーウェンは報告書の内容を思い出しながら溜め息をついた。
「幸い夜半の豪雨が消火の役目を、火災の名残が体温維持の役目をそれぞれ果たしてくれたようだが、
そこで発見されたのは彼だけだったんだね?」
ドクター・ガートナーが訊ねる。
「そうだ。報告書によると他にも生存者がいないか、山に残った捜索隊は時間の許す限り辺りを回ったが、
かなりの広範囲を捜索したにもかかわらず、山では彼以外は発見できなかったそうだ」
ドクター・オーウェンも声を落とした。

「もともと独りで山の中にいたのか、一緒だった家族や仲間とはぐれて山の中でたった一人、助かったのか…」
「身に着けていた衣服も靴も焼け焦げてボロボロだったし、IDどころか腕時計すら着けていなくて
手がかりが何もない。まだ名前もわからないし、ベルトのバックルが『K』だったから
カルテも『Mr.K』だ。幸い火傷やひどい怪我は負っていないものの、ほんとうの回復には
まだまだ時間が必要だね」
ドクター・パトリック・オーウェンは意識が戻った時の患者とのやり取りを思い出しながら、溜め息をついた。

火の鳥 その後 #6 ドクター・オーウェン

2017-03-05 17:17:58 | ファンフィクション


  #6   ドクター・オーウェン


「ドクター!」
夜勤のナースの上げた声に隣接する仮眠室で休息を取っていたドクター・オーウェンは部屋から飛び出して来た。
救出から一週間、意識が戻らずに深く眠り続けるばかりだった生存者に反応がある。
伸ばした手をナースに押さえられた彼はその手を振り解こうともがいた。
「君、まだ動いてはいけないよ」
ベッドに駆け寄ったドクター・オーウェンが宥めるように言いながら腕と肩を軽く押さえた。
「君、私の声が聞こえたら、ゆっくり眼を開けて」
小さく呻いた青年は落ち着いた声に励まされ、長い睫毛を震わせてそっと眼を開けた。
(綺麗な眼だな)
まじまじと自分を見つめる大きな青い瞳を注意深くのぞき込みながらドクターは言葉を続けた。
「よかった、気がついて。ここは難民キャンプの病院で、あなたは助かったんですよ」
「びょう…いん?」
奇跡的に火傷や重傷こそ負ってはいなかったが、火災に巻き込まれてさ迷ううちに煙を吸ったらしく
声がひどく掠れている。
「ドクターが診察しますから、起き上がらないでください」
さきほどの身動きで大きく揺れた点滴の具合をナースが確かめるのを見ながら、
脈拍や鼓動を確かめたドクター・オーウェンは意識を取り戻した青年に尋ねた。
「喉が痛みますか?」
凛々しく跳ねあがった眉を顰め、小さく頷いた彼にドクターは続けた。
「他に痛むところは?あなたの名前は?」
痛みを堪えている相手に気の毒ではあったが、カルテを作成する上で必要な問いかけに対して
さらに眉を寄せた青年に、ドクターはふと不安を覚えた。
それを裏付けるように彼は声もなく青い大きな眼を瞠って視線を宙に彷徨わせ、茫然とした
表情で長い睫毛を幾度も瞬かせた。
その様子に表情を引き締めたドクター・オーウェンが身元を訊ねる質問を重ねても、言葉を紡ぎだそうと
唇は小刻みに震えているが、青年は当惑したようにドクターに向かって首を振るばかりだった。


 「まあ、名前もわからないのですか?」
医務室に戻って来たドクター・オーウェンを迎えた別のナースが驚いて声を上げた。
「そうなんだ。もしかしたら頭を打っているのかもしれない。詳しい検査をしたいなあ」
医療器材の不足から行き届いた処置ができないのがもどかしくて、初老のドクターはデスクに向かい
カルテにペンを走らせながら嘆いた。
「それでしたら、ドクター・オーウェン、朗報ですわ」
「なんだい?」
カルテに書き込んでいた手を止めて、ドクター・オーウェンはナースを見上げた。
「生存者が見つかったので、医療機材や発電装置をこのキャンプに廻してもらえるそうです」
「えっ!ほんとうかい?」
ドクターは興奮のあまり立ち上がってしまった。
「ええ、先ほど国連からの通達がFAXでありました。確認していただけますか?」
「わかった。ありがとう」
ドクター・オーウェンは手渡されたFAXの用紙に目を走らせた。
「生存者2名って、君、生存者は彼1人だけだろう?」
不審そうな問いかけにナースが答えた。
「それが第三捜索隊が別のブロックでもう一人、生存者を発見したんです」
「なんだって?」
ドクター・オーウェンは驚いて声を上げた。
「こちらは女性で、まだ意識が戻らないそうですが」
ナースは痛ましそうに目を伏せる。
「そう…怪我はひどいの?」
「彼女はドクター・ガートナーが担当されているので、お訊ねになってください」
「うん、そうしよう。ありがとう」

火の鳥 その後 #5 母

2017-03-05 15:54:27 | ファンフィクション

 
  #5  母  


 健は閉じた瞼の向こうに光を感じ、辺りに満ちる芳しい香りに気がついた。
暖かい風が柔らかく頬を撫で、とても心地がよかった。
思い切って眼を開けてみた健は続いて身体を動かしかけ、もう長い間、自分の一部になってしまっている
慢性的な眩暈や激しい頭痛が急な身動きによって起こることを恐れて、また眼を閉じた。
予想に反していつもの痛みや眩暈は起こらず健は張り詰めていた息を吐き、今度はゆっくりと眼を開いてみて
自分が柔らかな草の上に横たわっていることに気がついた。
いつの間にかバードスタイルが解けている。健は驚いて左手首を見た。ブレスレットがない。
(外れたのか?)
「ここは何処だ?俺は…総裁Zと戦っていたのではないのか?」
思い切って長い脚と腕を伸ばし起き上がった健は、自分自身に言い聞かせるように声に出して呟いた。
辺りには見渡す限り薔薇の花があり、薔薇の花園では白、クリーム、ピンク、赤、オレンジ、黄色、ラベンダー、
深紅、あらゆる色の美しい薔薇が静かに芳香を漂わせ、花の香りを運んできた柔らかな風が零れんばかりに咲く
薔薇と彼の髪をまた揺すっていった。


「健…」
静けさの中で懐かしい声が呼び、健は振り向いた。
彼の後方、気品のある白薔薇が群生している先に大きな樫の木があり、大木が
伸ばす枝葉の下に小さな泉水が水を湛え、泉の中央に置かれた石造りの壷からあふれる水が
静かに流れ落ちていた。
その泉水の縁に白い服をつけたひとがこちらを向いて座っている。
長く裾を引くドレスを纏った女性はまるで翼を付けた天使が舞い上がろうと
するかのように優雅な仕草で立ち上がった。
すらりと背が高く長い髪を結い上げ、特徴的な美しい青い眼が健に微笑んだ。
健は息を呑み、小さく叫んだ。
「お母さん!」
立ち上がった母は微笑みながら、ほっそりした腕を彼に向って差し伸べた。
「ここへいらっしゃい、健。顔を見せてちょうだい」
優しい声に促された健は足元を確かめるように、母に向かって一歩、踏み出した。
「俺は…死んだのか?」

よろめくような足取りで歩み寄って来た彼を見上げる、青く澄んだ綺麗な瞳が潤んだ。
「健…大きくなって…こんなに大きくなって…」
母の声が震えほっそりした手が額に掛る髪をかき上げた。
「なんて立派になって――あの小さな健が世界を救うなんて」
茫然とする端整な顔を見つめながら母は微笑み、白い手で優しく頬を撫でた。
「世界を救った?俺が?」
声が掠れ、精神的な衝撃が健を貫いた。やがて襲ってくるであろう例の激しい痛みを
予感して、健はいつもするように苦痛を少しでも抑える為、固く眼を閉じて歯を喰い縛り、
母に苦痛を悟られないよう、頭の深部に奔る例の激しい痛みに耐えようとした。
と、拳の形にきつく握り締めた彼の指をほっそりした手が包み、激痛を紛らわせるために
その拳を押しつける額に柔らかな唇がそっと押し当てられた。
ふらついて倒れそうになった彼を抱き止め、全ての痛み、苦しみ、災いから我が子を
守ろうとする母の腕が健を引き寄せ、強く抱きしめた。
「健…」
白い頬が寄せられ健を抱きしめた懐かしい手が髪を撫で、戦慄く背中を静かに宥める。
心の底に長く沈んでいた寂しさ、恋しさを溶かすように母の温もりが優しく健を包んだ。
「お母さん…」


やがて、再び噴水の縁に腰を降ろした母に並んだ健は引き寄せられるまま、その胸に凭れかかった。
「健、長い間、独りで…」
いたわりを込めた声が潤み、白い指が彼の頬をつたう涙を拭いながら、嗚咽に震える
背をそっと撫でた。子供の時と同じように、優しい母に頬ずりされながら温かな胸に
抱かれていると、いつもいきなり襲って来る激しい頭痛や眩暈に対する不安や恐れと共に、
長く自分に付き纏っている痛みそのものがかき消すように去っていった。

ふと、濡れた睫毛が囲む大きな眼が母を見上げた。
「お母さん、お父さんも死んだんだ。お父さんはどこ?今度こそみんなで一緒にいられる?」
母は小さく頷いて微笑み、ほっそりした手でまた彼の髪にふれてその濡れた頬を静かに撫でた。
そして―― 母はゆっくりと首を横に振った。
「可愛い健、ここに居てはいけません」
「お母さん?」
健は母に向き直った。
母は静かに立ち上がった。
「健、まだ来る時ではありません」
「お母さん!」
跳ね起きた健は母を掴もうと手を伸ばした。
「いいえ、健、いけません」
寂しげに微笑みながらも母は優しく、だがきっぱりと健を遮った。
「いやだ!お母さん!もう、どこにも行かないで!」
健の頬を新たな涙が伝い、健を見つめる母の大きな青い眼にも涙があふれた。

「さあ、戻りなさい、健」
「お母さん!」
母を捉えようとした手は空を掴み、母の姿が遠ざかった。
「お母さん、行かないで!」
「健、またいつか…きっとね」
囁くような声を残し、母の姿は湧き出した霧の中に溶け込むように消えていった。
「お母さん!」
母を追いかけようと健は走り出たが、辺りを包むミルクのように濃い霧が白く輝きだし、
その眩しさに立ち竦んで健は眼を閉じた。