2019年7月に開催された国際シンポジウムで講演のために来日された、ジャンフランソワ・トマス神父様(イエズス会員) P.Jean-François Thomas s.j. のコメントをご紹介します
19世紀末、日本の芸術はフランスにおいて突然登場しました。浮世絵と根付を多く取集してきたゴンクール(Goncourt)兄弟により、日出ずる国の芸術は、特に当時の印象派に多くの影響を与えました。それにもかかわらず、ほとんどの欧州人にとって、その芸術がそこから由来した日本という国は、ほとんど知られず、謎の多い国にとどまります。
私に関していえば、長年、東南アジアに滞在し、アジアの多くの国々を訪問してはいましたが、日本には足を踏み入れたことがまだありませんでした。昔からずっと日本という大国を知りたく思っていました。日本は、私が属するイエズス会の絶頂期に、聖フランシスコ・ザビエルが福音伝道を始めた国だったからです。私は幼い頃から、この信仰の英雄的叙事詩の内容とその後の迫害の長い時代とに感銘を覚えており、また、それほどの迫害にもかかわらず、司祭の不在と組織の皆無にもかかわらず、公教会が日本列島において消滅せず残ったという特別な普通では考えられない事実の前に私は感嘆しました。こういった事実は、日本人の民族性にどれほど忠誠心と毅然さが刻まれているかを物語っています。
フランス共和国の公立学校における歴史教育は、生徒たちの心の中に、遥かなこの皇国への興味あるいは愛を養ってはくれません。むしろ支配的なイデオロギーが生徒らに日本をヒットラー・ドイツのアジア版として教えています。極端な単純化ですが、大いに浸透しています。しかも、アメリカによるプロパガンダがその上に重なり、なおさら悪い先入観がフランス人に押し付けられました。長崎と広島への原爆の投下は必要で不可避だったばかりか、 道徳的な行為だった、戦時中の日本人の残酷さとひねくれた行動に比べたら、小銭のようなものに過ぎない、と声高々に宣言されたプロパガンダです。
真相は全く違います。そういえば、天主は他の民族に対すると変わらない同じ正義と御憐みをもって日本国民を見守り給います。
残念ながら素早く駆け足で巡らなければならない日程だったのですが、私がこの偉大な国 — その歴史と文化とによって偉大な国 — を初めて体験し発見したのち、フランスに帰国してから今もまだ深い郷愁が私にまとわりつき離れないほどです。日本に行くまでは、日本人をほとんど知らず、ただ旅のついでに、たまたま数人の司祭、修道士、信徒の日本人と出会ったり、またはパリ、あるいはモン・サンミッシェル、あるいはロワール川沿いの城を訪問したりする際、たまたま見かけた行儀良い秩序正しい日本人の観光客ぐらいしか知りませんでした。彼らはフランスに来る前に想像していたフランスに抱く完全なイメージとかけ離れた実際のボロボロになったフランスを発見して、恐らくあっけにとられているだろう、と私は思ったりしたものでした。
それはともかく、フランス人である私は日本に到着した途端、その秩序の良さ、清潔さ、サービスと交通機関における品質の高さ、身につけている自然な礼儀正しさ、大都会を含めての人々の落ち着き、他人への尊敬とその配慮、服装の慎ましさ、人々の遠慮深い態度とその愛想の良さ、等々全てに私は感銘を受けました。というのも、それらの善い性質はかつてならばフランスにおいても当然とされていて普通に実践されていたことでしたが、残念なことには、大体消えてしまっているからです。
私がもっとも感銘を受けたことのうちに、外国の文化への日本人の深い興味関心と外国人の前での日本人の謙遜さがあります。この他者に対して持つ関心によって時には自らの固有の文化を損なうことが起こり得るのですが、それはよいことではありません。(謙遜な姿勢で他の文化に対処する)そのような民族は、自国の文明に対するも慎みつつ誇りを抱くものとなるでしょう。それが正当な祖国愛です。また、押し付けられたか選びによるかは別にしてアメリカ化とグローバリズムの圧力を受けているにもかかわらず、日本は、少子高齢化する今も、自国の伝統を尊重する配慮がいまだに強いという印象を受けました。
近現代史上、日本ではキリスト教への受容が極めて弱いという事実はずっと私が疑問に思うことでした。神聖なるものへの感覚が自然に身についているにもかかわらず、日本人はなぜ啓示された宗教を、その大部分の人々が受け入れないのでしょうか。数十年前からの公教会の聖職者たち、あるいは典礼をはじめとする困惑させられる諸改革が、そういった回心を促さなかったのでしょう。しかしながら、日本の地は肥えています。信仰の種子を受け、多くの実りがもたらされる準備が整っています。
小野田神父様に導かれている聖ピオ十世会の信徒たちと数日を私は過ごした結果、それを見て教訓を貰っただけはなく、希望に満たされました。大阪と東京の信徒団の敬虔さと愛徳さを言葉で語る必要はありません。実際にそれを生きています。日本の未来のためにも、このパン種は極めて有望です。カトリックの聖伝は、日本人が自然に持つ垂直次元への愛着、美への愛への愛着に、超自然的に対応する以外にあり得ません。見てください、基礎は既にあります。キリストの福音の宣教とその受容のためには、たしかに十分ではないものの、不可欠な基礎がここにはあります。
日本社会に関していえば、非常に短く垣間見ただけですが、世界中で今起きつつある画一化が日本ではそれほど進んでいないように見えます。一番驚いたのは、世界で一番人口の多い東京での人々の落ち着きのある雰囲気が印象に残ります。特に、誰もがせわしなく忙しい様子をしているパリ(そのせいで愛想も良くない)から来るとなおさらのことです。フランスではもはや、より調和的に、いつも緊張せずにあちこちを駆け回らないで済む生活を送るために必要な最低限の礼儀、言葉遣いなどは消えてしまいました。当然ながら、完璧な社会などは存在するわけはなく、日本においてもいつも桜の花のようにすべてがバラ色だとは言うつもりはありません。しかし、ほとんどすべての人々によって守られている規範が残っており、社会の外的な関係と共同生活を大いに助けています。
しかしながら、古より受け継がれた日本の文化の豊かさと多様性だけではグローバリズムの攻撃からこの国を守るには足りません。ほとんどの日本人は、習慣的な儀礼を別にして、意外にも本物の宗教心が欠如している状態ですから、若手の世代は快楽主義と物質主義に耽り、ついにこの皇国の偉大な遺産も一気に忘れ去られる大きな危険があります。現代において、それらに抵抗するためには、島国であることや、習慣を維持するだけでは足りません。真理をもって霊的に心を養う必要があります。
日本のどこに行っても、私は大変良いおもてなしを受けましたが、それは日本がカトリックの聖伝に対してなすべきであろう最も本質的な受け入れの「しるし」のようでした。カトリックの聖伝は、日本人たちが自然道徳によって既に学んできたことに、その深い意味を与え、啓示の光によって、既に存在しているこの英知を浄化し、補足し、修正し、完成させることができるでしょう。聖フランシスコ・ザビエルをはじめ、彼に続く多くの宣教者たちによって始められたことが、休耕地のように長く生かされないままではけっして留まりえないでしょう。
しばしば悪い部分において非常に西欧化し、善いところは非常に守られている日本が、今直面している歴史の転換期において、その生き残りにかけて、その成長と向上のために、この日出ずる皇国が、人々から来るのではない真の光、天主だけから来給う光に眼差しを上げることは、いまだかつてなかったほど必要で死活にかかわることでありましょう。
P.Jean-François Thomas s.j.
ジャンフランソワ・トマス神父(イエズス会員)
Saint Barthélémy
聖バルトロメオの祝日に
24 août 2019
2019年8月24日
Impressions en éventail
扇子(せんす)のような印象
扇子(せんす)のような印象
19世紀末、日本の芸術はフランスにおいて突然登場しました。浮世絵と根付を多く取集してきたゴンクール(Goncourt)兄弟により、日出ずる国の芸術は、特に当時の印象派に多くの影響を与えました。それにもかかわらず、ほとんどの欧州人にとって、その芸術がそこから由来した日本という国は、ほとんど知られず、謎の多い国にとどまります。
私に関していえば、長年、東南アジアに滞在し、アジアの多くの国々を訪問してはいましたが、日本には足を踏み入れたことがまだありませんでした。昔からずっと日本という大国を知りたく思っていました。日本は、私が属するイエズス会の絶頂期に、聖フランシスコ・ザビエルが福音伝道を始めた国だったからです。私は幼い頃から、この信仰の英雄的叙事詩の内容とその後の迫害の長い時代とに感銘を覚えており、また、それほどの迫害にもかかわらず、司祭の不在と組織の皆無にもかかわらず、公教会が日本列島において消滅せず残ったという特別な普通では考えられない事実の前に私は感嘆しました。こういった事実は、日本人の民族性にどれほど忠誠心と毅然さが刻まれているかを物語っています。
フランス共和国の公立学校における歴史教育は、生徒たちの心の中に、遥かなこの皇国への興味あるいは愛を養ってはくれません。むしろ支配的なイデオロギーが生徒らに日本をヒットラー・ドイツのアジア版として教えています。極端な単純化ですが、大いに浸透しています。しかも、アメリカによるプロパガンダがその上に重なり、なおさら悪い先入観がフランス人に押し付けられました。長崎と広島への原爆の投下は必要で不可避だったばかりか、 道徳的な行為だった、戦時中の日本人の残酷さとひねくれた行動に比べたら、小銭のようなものに過ぎない、と声高々に宣言されたプロパガンダです。
真相は全く違います。そういえば、天主は他の民族に対すると変わらない同じ正義と御憐みをもって日本国民を見守り給います。
残念ながら素早く駆け足で巡らなければならない日程だったのですが、私がこの偉大な国 — その歴史と文化とによって偉大な国 — を初めて体験し発見したのち、フランスに帰国してから今もまだ深い郷愁が私にまとわりつき離れないほどです。日本に行くまでは、日本人をほとんど知らず、ただ旅のついでに、たまたま数人の司祭、修道士、信徒の日本人と出会ったり、またはパリ、あるいはモン・サンミッシェル、あるいはロワール川沿いの城を訪問したりする際、たまたま見かけた行儀良い秩序正しい日本人の観光客ぐらいしか知りませんでした。彼らはフランスに来る前に想像していたフランスに抱く完全なイメージとかけ離れた実際のボロボロになったフランスを発見して、恐らくあっけにとられているだろう、と私は思ったりしたものでした。
それはともかく、フランス人である私は日本に到着した途端、その秩序の良さ、清潔さ、サービスと交通機関における品質の高さ、身につけている自然な礼儀正しさ、大都会を含めての人々の落ち着き、他人への尊敬とその配慮、服装の慎ましさ、人々の遠慮深い態度とその愛想の良さ、等々全てに私は感銘を受けました。というのも、それらの善い性質はかつてならばフランスにおいても当然とされていて普通に実践されていたことでしたが、残念なことには、大体消えてしまっているからです。
私がもっとも感銘を受けたことのうちに、外国の文化への日本人の深い興味関心と外国人の前での日本人の謙遜さがあります。この他者に対して持つ関心によって時には自らの固有の文化を損なうことが起こり得るのですが、それはよいことではありません。(謙遜な姿勢で他の文化に対処する)そのような民族は、自国の文明に対するも慎みつつ誇りを抱くものとなるでしょう。それが正当な祖国愛です。また、押し付けられたか選びによるかは別にしてアメリカ化とグローバリズムの圧力を受けているにもかかわらず、日本は、少子高齢化する今も、自国の伝統を尊重する配慮がいまだに強いという印象を受けました。
近現代史上、日本ではキリスト教への受容が極めて弱いという事実はずっと私が疑問に思うことでした。神聖なるものへの感覚が自然に身についているにもかかわらず、日本人はなぜ啓示された宗教を、その大部分の人々が受け入れないのでしょうか。数十年前からの公教会の聖職者たち、あるいは典礼をはじめとする困惑させられる諸改革が、そういった回心を促さなかったのでしょう。しかしながら、日本の地は肥えています。信仰の種子を受け、多くの実りがもたらされる準備が整っています。
小野田神父様に導かれている聖ピオ十世会の信徒たちと数日を私は過ごした結果、それを見て教訓を貰っただけはなく、希望に満たされました。大阪と東京の信徒団の敬虔さと愛徳さを言葉で語る必要はありません。実際にそれを生きています。日本の未来のためにも、このパン種は極めて有望です。カトリックの聖伝は、日本人が自然に持つ垂直次元への愛着、美への愛への愛着に、超自然的に対応する以外にあり得ません。見てください、基礎は既にあります。キリストの福音の宣教とその受容のためには、たしかに十分ではないものの、不可欠な基礎がここにはあります。
日本社会に関していえば、非常に短く垣間見ただけですが、世界中で今起きつつある画一化が日本ではそれほど進んでいないように見えます。一番驚いたのは、世界で一番人口の多い東京での人々の落ち着きのある雰囲気が印象に残ります。特に、誰もがせわしなく忙しい様子をしているパリ(そのせいで愛想も良くない)から来るとなおさらのことです。フランスではもはや、より調和的に、いつも緊張せずにあちこちを駆け回らないで済む生活を送るために必要な最低限の礼儀、言葉遣いなどは消えてしまいました。当然ながら、完璧な社会などは存在するわけはなく、日本においてもいつも桜の花のようにすべてがバラ色だとは言うつもりはありません。しかし、ほとんどすべての人々によって守られている規範が残っており、社会の外的な関係と共同生活を大いに助けています。
しかしながら、古より受け継がれた日本の文化の豊かさと多様性だけではグローバリズムの攻撃からこの国を守るには足りません。ほとんどの日本人は、習慣的な儀礼を別にして、意外にも本物の宗教心が欠如している状態ですから、若手の世代は快楽主義と物質主義に耽り、ついにこの皇国の偉大な遺産も一気に忘れ去られる大きな危険があります。現代において、それらに抵抗するためには、島国であることや、習慣を維持するだけでは足りません。真理をもって霊的に心を養う必要があります。
日本のどこに行っても、私は大変良いおもてなしを受けましたが、それは日本がカトリックの聖伝に対してなすべきであろう最も本質的な受け入れの「しるし」のようでした。カトリックの聖伝は、日本人たちが自然道徳によって既に学んできたことに、その深い意味を与え、啓示の光によって、既に存在しているこの英知を浄化し、補足し、修正し、完成させることができるでしょう。聖フランシスコ・ザビエルをはじめ、彼に続く多くの宣教者たちによって始められたことが、休耕地のように長く生かされないままではけっして留まりえないでしょう。
しばしば悪い部分において非常に西欧化し、善いところは非常に守られている日本が、今直面している歴史の転換期において、その生き残りにかけて、その成長と向上のために、この日出ずる皇国が、人々から来るのではない真の光、天主だけから来給う光に眼差しを上げることは、いまだかつてなかったほど必要で死活にかかわることでありましょう。
P.Jean-François Thomas s.j.
ジャンフランソワ・トマス神父(イエズス会員)
Saint Barthélémy
聖バルトロメオの祝日に
24 août 2019
2019年8月24日