鉄道ファンらも含めて戦前から多数の利用客や貨物を運んできた名鉄三河線の猿投~西中金間、碧南~吉良吉田間が同時に廃止されてから早くも18年余りが過ぎましたね。
また、西中金~足助間も早々と事業認可され、名鉄は敷設免許を長らく取得していましたが、路盤確保が概ね完了した頃に戦局は急激に悪化。その後、平和を取り戻した後の昭和33年頃には免許を運輸省に返納しています。
その後は、貨物輸送が盛んになり、画像の三河広瀬駅や枝下駅、三河一色駅などの構内は多数の旧国鉄所有の貨車で一杯だったらしい。機関車はデキ401、402、302、303、305などが牽引に大活躍していましたね。主な行き先は刈谷駅で、そこで国鉄のEF65等に引き渡していたようだ。
昭和54年7月には豊田線が開通したものの、三河広瀬駅や西中金駅には駅員が暫くは置かれて、自動券売機も設置し、地下鉄各駅までの乗車券も買えたものでした。広瀬簗の食事クーポン券も販売していましたよ。
しかしながら、昭和60年3月には猿投~西中金間がレールバス化。その後、駅員は経営合理化で姿を消しています。
この区間、最盛期には5500系や7700系も団体貸し切り列車として乗り入れましたが、結局、6000系は一度も姿を見せなかったようですね。普段は、平日は3780系や3730系などHL車、休日は7300系や3800系などAL車が活躍しました。
今更ですが気が付いたことがあります・・・
それは北側・西側方向向きですと
豊田市駅で下手に乗り換えるよりも
もう一つ先の駅の梅坪駅で乗り換えたほうが得策なんですね・・・
理由は梅坪だと別ホームへと移動しなくて同一ホーム上で乗り換え可能だから・・・
(豊田市だとそうもいかないみたいだ・・・)
・・・これは今まで全然知らなかった・・・
・・・まあ逆・南方向向きですと
どっちで乗り換えても実質同じようなもんなんでしょうけど・・・
・・しかし上小田井⇔赤池間を名鉄線利用のみで移動しようとしますと・・・
思いの外滅茶苦茶遠くて莫大な時間を要しますね・・・(汗)
しかもこの場合の運賃計算は
双方自動改札機経由ですとやっぱ地下鉄運賃・料金計算で確定!?