おもしろい は 気儘に

おもしろい を見つけた!!

ぺりーが歩いたのは どっち?

2017-01-30 17:58:47 | 日記

          

              端整な三角錐の山は下田富士                           ペリーも港から見つめている

          

              平滑川に沿った道がペリーロード                           川の対岸もペリーロード 

         

         日米下田条約が調印された当時の了仙寺(この絵は寺にて展示)                 日露和親条約が締結された長楽寺

   駅前から見える三角錐の山は形がよくて印象的な山であった。 地元の人に尋ねたら下田富士という山で高さは187M、雪を被ることがない富士山と教えてくれた。 港を望める位置にあるので山頂から下田港が一望できるのではと思ったが 山頂は木々に覆われているようで眺望は得られないということであった。                                                                               下田といえば黒船来航でペリーが日米下田条約を締結した了仙寺がある。 この寺には黒船の従軍画家が ペリーの軍隊が境内で訓練を行いそれを見物する武士達 を描いた “陸船隊調練の絵” があり当時の様子を伝えていた。 知らなかったのはこの寺の近くにある長楽寺での出来事であった。                                                                                               ペリーが帰還してから4ヶ月後に今度は当時のロシアからプチャーチンが来航し長楽寺で日露和親条約を締結した。 その際に 国境線を引いていて北方四島が日本の領土に入っていた。 1854年の事である。                                                                                           ところでペリーが港から了仙寺に向けて行進した道が平滑川沿いに“ペリーロード”として残っているが 歩いたのは川の両岸につけられた道のどちら側だったのだろうか・・・  考え出すと眠れなくなってしまう・・・

   

   

   


名作をうんだ弁天山

2017-01-12 15:45:17 | 日記

                   

                              山頂にあった“ 安寿と厨子王 ”の碑

          

           見晴台から望む福島市市街地 後方は信夫山                         このルートから山頂へ

          

                   結構急な道を登る                                公園になっていた山頂

     アニメの映画にもなり当時人気を博したと言われている「安寿と厨子王」。この物語の原点は弁天山にあった。 弁天山はJR福島駅から歩いても30分位のところにあり阿武隈川にも近く見晴台からは信夫山を背景にした市街地がよく見える。                                                                                          映画にもなっていて最初に映画化された時のタイトルは「山椒大夫」。 当時のベネチア映画祭で賞を受けた作品だったそうである。 その後アニメにもなり「安寿と厨子王」とタイトルを変え再度ヒットしたそうだ。1961年の事である。                                                                                          時代は平安時代の話で伝承されてきた内容を森鴎外が小説「山椒大夫」として書き上げた作品だ。 実話なのかどうかがわかっていないとも言われているようではあるが ストーリーに則して「山椒大夫の屋敷跡の碑」が京都の丹後にあった。本当のところはどうなのだろうか。                                                                                                                 物語自体は森鴎外の「山椒大夫」を読めばいいのだが、弁天山にある“碑”によると二人はこの山にあった居館で生まれた。母も信夫で生まれているのでこの地とは縁があるということなのだろう。                                                                                                        山頂部は公園のような作りになっていて春になると桜の名所にもなっている。 その季節になったら今度は花見で来ることにしたい。