レンタルのDVDやブルーレイをTSUTAYAで物色しているうちに、知らなかった映画に遭遇することがこの4月から今日までいくつかあった。オーエン兄弟という脚本、監督者はよく知っていたが、ぼくはリドリースコットや、ダーレン・アロノフスキー監督という名前は知らなかった。リドリースコットの「プロメテウス」「エリアン コヴェナント」「エイリアン」の三部作がSFとしては特に面白かったので、調べていると歴史叙事詩的な映画も撮っているので、観た。そうこうしているうちに「ダーレン。アロノフスキー監督を知ることになった。
聖書を読みながら、想像力を働かせて、当時の状況、例えば、どれほど人々は支配者に虐げられ、苦しみ、極貧の中にあり、原始キリスト教者たちがどれほどの迫害を受けたかを想像してみると、原始キリスト教が出たあたりの地域の歴史も知りたくなってくる。長い年月をかけて作られたと思える旧約聖書の時代についても知りたくなる。ひいてはその後キリスト教を国教としたローマ帝国やおそらく、聖書の作者たちや布教者たちにも影響を与えたであろうギリシャ哲学との関連にも興味を寄せることになる。
ぼくの知り合いで宗教法人を起こした人がいる。四つ上の兄貴分だったが、中学生の頃よく彼の家にお邪魔した。年下のぼくにも優しく接してくれた。凝り性の人だった。中学の修学旅行は東京だったので、東京の宿まで来てくれて外出したこともあった。その頃、彼は何をしていたのか知らない。尾鷲高校で喧嘩騒動を起こして彼は退学していたのは知っている。それから40年めごろに会ったときには宗教家で教祖であった。御手当みたおなもので、彼は「気」によって救われ、やがて自分にも「気」を発する力があることを知るようになった、と彼は言っていた。多くの人の悩みを聞き、手を当てて「気」を送り込む。すると「病」が治る人が出て来る。そのような人は信者となっていった。「病は気から」というのは95%ほどは当たっていることだろう。外科的なことについては手を出すことはなかったことだろう。ただ心の不安や心配を彼と接することで取り除くことができたのかもしれない。
こういう人はどこにでもいるものである。彼の宗教集団は戦闘的ではなかった。静かであるが、信者の寄付行為に満悦していた彼を思い出す。
一方、おそらくイエスも同じような「気」をもつ人だったのだろうが、実在したか、創造されたかは別として、原始キリスト教への迫害に対して、憎悪を剥き出しにしてユダヤ教、信心のない人を病的にまで、倒錯した心理状態で「マタイによる福音書」は書かれている。作者の恨み辛みは聖書の第一番目に置かれることになった。このうえなくおぞましく激烈な不信者への激励(脅迫)はヨハネの黙示録で終わる。
彼は七十歳を迎えることなく死んだ。その後彼が教祖となる集団はどうなったのか知らないが、彼は教祖として生きながらえていくのだろう。
原始キリスト教の聖書作りでは徹底的な布教活動のノウハウを示すことになった。言葉は苛烈で、脅しのようにも聞こえ、激励しているようにも聞こえ、ただ、神の言葉であるイエスの言葉を信じ切るようにと悲鳴のように執拗に、繰り返し、繰り返し書かれている。
人々は洞窟の中の教会に隠れるようにして集まったのだろう。苛酷な環境の中で耐え忍び、不撓不屈の精神を磨いた者もいただろう。キリスト教は徐々に中心地ローマにも隠れるにして広まっていったにちがいない。
新約聖書の肝はなんと言っても「復活劇」の発想である。イエスの復活は人間の内面への復活である。ここで現実的世界と内面的世界が分かれ、内面的世界にイエスは復活したのである。死人が現実に甦るなどと誰が信じることか。おそらくそれは言葉の力であった。そして旧約聖書に書かれたことが土台となっていた。当時のインテリ(作者たち)は知っていた。旧約聖書あ抜き出し、それを典拠として、弱者や病者や文字も知らない人々に語りかけていった。そして膨大な量の聖書という書物に易しい文で残した。
オウム真理教の麻原彰晃とその弟子たちを簡単に殺すことができないのは宗教のもつ閉ざされた世界に大きな波紋を呼ぶことになるからである。オウム真理教は分派したものの今もなお信者を増やしている。信仰の灯りを消さないでいる。
共同幻想は一度解体されなければいけない。共同幻想の構造が解体されて、それが人々の意識に根付く時。それはいつのことになるのだろう。
聖書を読みながら、想像力を働かせて、当時の状況、例えば、どれほど人々は支配者に虐げられ、苦しみ、極貧の中にあり、原始キリスト教者たちがどれほどの迫害を受けたかを想像してみると、原始キリスト教が出たあたりの地域の歴史も知りたくなってくる。長い年月をかけて作られたと思える旧約聖書の時代についても知りたくなる。ひいてはその後キリスト教を国教としたローマ帝国やおそらく、聖書の作者たちや布教者たちにも影響を与えたであろうギリシャ哲学との関連にも興味を寄せることになる。
ぼくの知り合いで宗教法人を起こした人がいる。四つ上の兄貴分だったが、中学生の頃よく彼の家にお邪魔した。年下のぼくにも優しく接してくれた。凝り性の人だった。中学の修学旅行は東京だったので、東京の宿まで来てくれて外出したこともあった。その頃、彼は何をしていたのか知らない。尾鷲高校で喧嘩騒動を起こして彼は退学していたのは知っている。それから40年めごろに会ったときには宗教家で教祖であった。御手当みたおなもので、彼は「気」によって救われ、やがて自分にも「気」を発する力があることを知るようになった、と彼は言っていた。多くの人の悩みを聞き、手を当てて「気」を送り込む。すると「病」が治る人が出て来る。そのような人は信者となっていった。「病は気から」というのは95%ほどは当たっていることだろう。外科的なことについては手を出すことはなかったことだろう。ただ心の不安や心配を彼と接することで取り除くことができたのかもしれない。
こういう人はどこにでもいるものである。彼の宗教集団は戦闘的ではなかった。静かであるが、信者の寄付行為に満悦していた彼を思い出す。
一方、おそらくイエスも同じような「気」をもつ人だったのだろうが、実在したか、創造されたかは別として、原始キリスト教への迫害に対して、憎悪を剥き出しにしてユダヤ教、信心のない人を病的にまで、倒錯した心理状態で「マタイによる福音書」は書かれている。作者の恨み辛みは聖書の第一番目に置かれることになった。このうえなくおぞましく激烈な不信者への激励(脅迫)はヨハネの黙示録で終わる。
彼は七十歳を迎えることなく死んだ。その後彼が教祖となる集団はどうなったのか知らないが、彼は教祖として生きながらえていくのだろう。
原始キリスト教の聖書作りでは徹底的な布教活動のノウハウを示すことになった。言葉は苛烈で、脅しのようにも聞こえ、激励しているようにも聞こえ、ただ、神の言葉であるイエスの言葉を信じ切るようにと悲鳴のように執拗に、繰り返し、繰り返し書かれている。
人々は洞窟の中の教会に隠れるようにして集まったのだろう。苛酷な環境の中で耐え忍び、不撓不屈の精神を磨いた者もいただろう。キリスト教は徐々に中心地ローマにも隠れるにして広まっていったにちがいない。
新約聖書の肝はなんと言っても「復活劇」の発想である。イエスの復活は人間の内面への復活である。ここで現実的世界と内面的世界が分かれ、内面的世界にイエスは復活したのである。死人が現実に甦るなどと誰が信じることか。おそらくそれは言葉の力であった。そして旧約聖書に書かれたことが土台となっていた。当時のインテリ(作者たち)は知っていた。旧約聖書あ抜き出し、それを典拠として、弱者や病者や文字も知らない人々に語りかけていった。そして膨大な量の聖書という書物に易しい文で残した。
オウム真理教の麻原彰晃とその弟子たちを簡単に殺すことができないのは宗教のもつ閉ざされた世界に大きな波紋を呼ぶことになるからである。オウム真理教は分派したものの今もなお信者を増やしている。信仰の灯りを消さないでいる。
共同幻想は一度解体されなければいけない。共同幻想の構造が解体されて、それが人々の意識に根付く時。それはいつのことになるのだろう。