(まだまだしぶとい) チラシの裏日記

鉄道写真中心に、撮影行記やその思い出話、音楽鑑賞記などを

畑の真ん中に駅が出来る前

2014年04月21日 | ▲EF62・EF64▲遥かなる山の呼び声▲甲信越・中央東線▲
 今の分倍河原と西府の間になるが 、その西府駅が出来るずっと前に撮ったEF64 22牽引の5270レ。
 水色の帯を纏っているのはOT所属のタキ1000で、帯の上方には細い銀色の線も引かれていた。後に全般検査が施工される際に帯は消されて青15号一色の車体になって出てくることになる。因みに、JOT所有の方はデビュー早々から関東地区で稼働を開始して、その翌年以降、更に新たに増備車が到着すると、地方の石油専用貨物列車に使われていた在来のタキ車をタキ243000代車を転出、交代させる形で引退させていた。

 一番通ってた頃だから、これも今から15年くらい前になるだろう。 南武線の府中本町から谷保の間には狭い側道が何ヵ所か通っていて、人が黙って立ってるだけでクルマが行き違いに難渋する所もあった。
 従って大概は三脚は使わずに手持ちで撮っていた訳で、これも線路脇の側道から手持ちで撮ったもの。後ろの架線柱下の踏切が「第五小踏切」で、そばには駄菓子屋さんがあって、アイスやら菓子パンやらを買ってはよく列車待ちの合間に開けて食べたものだった。
 しかし、西府駅開業の際の拡幅と踏切廃止の時(以前か?)に駄菓子屋さんは潰れて立ち退き、解体されて消えてしまった。アレが分倍もうでの楽しみだっただけに、残念でならない。
 
 

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