エバ夫婦の山紀行ログ

道産子60代、四季を通じて主に夫婦で登った北海道の山を中心に紀行文を載せています。アウトドア大好き夫婦。

最果ての山にリベンジ・・・知床岳 (1254m)

2013年03月20日 | 山紀行 (道東)
悪天休日の過ごし方 パートⅣ・・・
ブログ開設前の山紀行を再編投稿

☆ 山行計画の3連休が・・・
またまた得意の「ボヤキ」から始まる・・・
今日から三連休を取って未踏の1000m超峰を・・・と計画していたのに何とマッチする悪天候か。
雪さえ降っていなければ汗を掻く程度のランニング・・とも思っていたが、湿った雪は苦手です。

先日ようやく休みと晴れが合って出掛けたオロフレ山もつかの間、どこまでついていないのか・・と
ボヤキたくもなる今日この頃です。

今日もまた一日部屋にこもり、昔の山紀行でも振り返るか・・という気分である。


★ 膨大な山紀行の記録・・・
初登山の1991年からほぼすべての山行記録を残しています。
以前は小さなメモ帳だけの記録でしたが、いつ、誰と、どこの山に、どのルートで・・などを基本に
こまめに残していました。それを元に少しずつ写真や地形図も載せて紀行文として残そうと作り始め
たのがキッカケです。
「記録は残るが、記憶はあいまいなもの」
作った紀行を時間が経ってから読み返すと、すぐにその場面が目に浮かび楽しくなります。
共通した話題で夫婦の会話も盛り上がる・・・というものでしょうか(笑)

以前はワープロで作っていました。今はパソコンを使って写真もきれいに残す事が出来ます。
でもブログを開設してからはほとんど紀行文は作っていないのが現状です。

「後から読み返す楽しみ」が無くなったとチーヤンは不満だらけですが、せめてブログを開いて
見てくれたらと今は思っています。

今回は、2008年3月に登った最果ての地・知床の「知床岳」紀行をブログ用に再編したい
と思います。その時の紀行文が下記の写真です。A4版で9ページに渡る大作でした。




最果ての山にリベンジ・・・
流氷が接岸する最果ての地・・知床岳 (1254m)
■ 山 行 日   2008年3月22日(土)~25日(火) 3泊4日
■ ル ー ト    相泊カモイウンベ川左岸~知床岳南東尾根 往復
■ メ ン バ ー    夫婦登山 №13
■ 登 山 形 態     山スキー&アイゼン登行
■ 地 形 図   1/25000地形図  「知床岳」
■ 三角点・点名  一等三角点・点名 「知床岬」(シレトコザキ)
■ コースタイム  登り 5時間   下り 3時間 (テン場から)
<登り>
相泊登山口 13:50---カモイウンベ川出合 14:15
           ---南東尾根標高160m付近テン場 15:30 C1
<登り>
テン場 5:50---知床岳 10:50
<下り>
下山開始 10:55---テン場 13:55---登山口 16:00




★ 片道435キロ 長い道中も各地の山景色に飽きない・・・
昨年の敗退を教訓に1年を掛けてリベンジに夢をふくらませていた二人。
日程も同じ3月22日の出発で予備日を含めた3泊4日の計画を組んだ。
昨年と違うのは初日から山に入りテント泊をして翌日日帰りでアタックすることだった。

【3月22日(土)】  快晴    
5:50 自宅を出発。
気温は0度も国道は乾燥していて走りやすく、天候にも恵まれて行く先々で色々な山の景色を見せて
くれたのが嬉しい。国道274号線は沿線に思い出深い山が多く、最初は新夕張で鬼首山、そして
夕張岳、穂別の坊主山、日高に入りハッタオマナイ岳、2月に登った雲知来内岳、上滝山、沙流岳、
日勝ピーク、ペケレベツ岳とその山々は続く。
日勝峠の下りではウペペサンケ山を取り巻く東大雪の山々が飛び込み、鹿追町に入ると二ペソツ山
や石狩連峰、そして十勝岳連峰から大雪山連峰の白き大海原を見渡す事が出来た。
ほとんどの山々に登りながらも遠望する美しき山を見て新鮮に感動を覚える。

 車は、休まず知床に向けて走り続けると足寄を過ぎたあたりからわずかに雪を残した阿寒富士と
雌阿寒岳がくっきりと車窓から望みその奥に雄阿寒岳が黒々と映って見えた。


国道241号線 上足寄付近から雌阿寒岳と阿寒富士(右側)を望む・・

阿寒湖を通過し国道241号線を通って峠越えすると弟子屈町に入る。
ここから国道243号線を進むと一気に道東の雰囲気が漂い閑散とした平原の中を走る。
左に見えてきたのは標津岳、サマケップヌプリ山、武佐岳の山並みと秀峰・斜里岳が雪をまとって
しばらくは飽きない景色を楽しませてくれた。そして、標津町から国道335号線に入るといよいよ
根室海峡を望み、知床の山並みが目に飛び込んでくる。
今回、更に驚いたのは流氷だ。標津から知床半島に掛けて流氷が接岸し青い海と白い山々に
挟まれるように神秘的な光景が感動だった。暫し車を止めては写真に収めた。


標津町の海岸から接岸した流氷と知床の山々を望む・・(左の山が羅臼岳)


標津の海岸で途中下車、知床半島を望む

12:40 自宅を出発して7時間近く経ち走行距離も412キロで知床・羅臼に到着する。
昨年と同じ道の駅に立ち寄り、阿部商店で山わさびのしょう油漬を購入した。
13:20 登山口となる半島の終点、相泊に着く。見慣れた風景も残雪の量が去年とまったく
違って少ない。

走行距離 435キロ 走行時間 7時間30分を掛けて辿り着いた地の果て知床は、流氷に感動
しつつも雪の少なさに不安がよぎる到着となった。それでも早々に出発の準備をしていると、
流氷の様子を見に来たという地元の漁師さんと出会い、「流氷は5月まで残る事もある」とか
「今年はもう熊が活動しているかも知れない」とか「メス鹿の駆除の話」とか雪はすぐそこから
カモイウンベ川まであるからスキーを履いて行けるよとか色々話をしてくれた。
また、海岸線に建ち並ぶ漁師小屋(番屋)のほとんどがこの漁師さんの所有というので車の
駐車許可ももらって出発する事が出来た。


★ いよいよリベンジ開始だ・・・

13:50 久しぶりの重装備ながら、今回も快晴の中で出発出来ることが嬉しかった。
そして、いよいよ昨年から膨らませてきたリベンジの開始に緊張も高まってくる。
漁師のおじさんが言う通り50mほど先から海岸線に残雪がありスキーで歩く事が出来た。

14:15 カモイウンベ川に架かる小さな橋を渡ってすぐの南東尾根に取り付く。
一旦スキーを外し手に持って急斜面を微妙なバランスで30mほど登るともう尾根上だ。
14:25 尾根上で再びスキーを履き何とか歩けそうな残雪に気を良くしてスタートする。
スキーのトレースがあり今年はカモイウンベ川沿いを辿っていた。(昨年は、クズレハマ川沿いの
トレースを辿ってしまった) あくまでも自分たちの進む方向は自分たちで決めて・・と、トレースを当
てにせず進むがその方向が間違っていないとついトレースの上を歩いていた。また、今回はもしも・・
に備えて、最初から標識テープを付けながら歩く。

15:07 雪に埋まった小さな沢地形を渡渉する。
15:30 標高160m付近の平らな地形でザックを降ろし、今日のテン場(BC)と決めた。
少し沢沿いに寄り雪を固めてテン場を作る。15:50 テント設営終了。
沢を偵察すると何とか降りて水の確保も出来そうだった。時間も早く天候も良いので二人空身で
偵察に出掛けることにした。テン場から少し登ったところでカモイウンベ川の170m二股となり
支流の右股沿いに歩く。
沢はすぐに雪で埋まっていて渡渉も問題なく出来、トレースは沢上を辿っていた。



相泊の海岸からいよいよ出発・・・


僅かに残る残雪に救われ最初からスキー歩行が出来た・・・


カモイウンベ川に架かる橋を渡ってすぐの南東尾根に取付く・・


標高160m付近、南東尾根上をテン場に決める・・

下りでのトレースもはっきりと残っていてスキーを楽しみながら降りて来た様子が想像出来た。
沢は大きく蛇行しながらも知床岳の南東面上部まで続き、時期によってはこの沢をある程度詰めて
から南東尾根に取り付くルートも考えられる。偵察では、明日自分たちが登るべき尾根を確認出来た
標高250m付近の沢上で終了し引き返した。
16:20 テン場に到着。今日の安着となる。

「明日、天気にな~れ!!」と思いを込めて乾杯した。

  <今夜のメニュー>
500缶ビール×2、国稀にごり酒500ペットボトル、つまみ少々、千恵美特製クリームシチュー






【3月23日(日)】 快晴
4:00 起床・・も夜中1時過ぎから何度も目が覚めていたエバだ。
コーヒーだけは欠かさず落とす。アルファ米の赤飯と五目おこわは、お湯を入れるだけ30分で
美味しいご飯が出来、昨夜の残りシチューと合わせて頂く。

5:50 出発。
快晴、気温は-1℃。雪面は適度に固くスキーを滑らすように歩く。
沢を渡渉し昨日の偵察終了点を過ぎていよいよ南東尾根への登りとなった。
ダケカンバと針葉樹の大木が混じる尾根は、疎林帯で登りやすく474m地点はテン場にもいい場所
がある。その上は低い松林と変わっていくがやがて森林限界となり尾根への一帯はハイ松帯と化
していた。昨年は、どの斜面にもどの尾根にもハイ松が顔を出しているところは無く、故に今年の雪解け
が早いのか、降雪が少なかったのか、日の当たる南東斜面はブッシュが目立っていた。

7:35 今回の核心部とも言える550m付近からは、南東面の尾根状となった急登への出合となり、
その斜度は650m付近から二本の足だけでは登れそうもないほどだった。
私は早々にスキーをザックに背負い幸いに残してくれた先人のトレースを辿って一歩一歩登り始めた。
チーヤンは、行ける所まで・・とスキーで登るも50mくらいが限界だった。見上げて顔を上げてしまうと
そのまま後ろにひっくり返ってしまいそうな斜度に胆を冷やす思いで必死だ。
斜度が緩む標高900m付近まで標高差は、約300mもあるのに始めからアイゼンを着けなかった
のも胆を冷やす原因であり失敗だったと後で反省する。アイゼンを着けたのは850m付近まで登って
からでダケカンバの低木が顔を出し、もうすぐ1000m台地の主稜線が見えて来る頃である。
装着後の安心感と先程までの恐怖感のギャップは大きかった。



北側に望む知床半島の1000m大地・・・


まだ登り始めの尾根上・・・先は長い。
★ スキーデポ、1000mから天候も一変する・・・
900m付近から上部は一面がハイ松帯となりまっすぐに登ることが出来なかった。
進路をやや北に変えながらハイ松帯との際(きわ)を辿り1000m付近までトラバース気味に登った。
しかし、その後もルート上にはハイ松帯が待ち構えていたことや半島の北西側から次第に雲が立ち
込め風が強くなって来たこと、更に未知なる半島の1000m台地がどの様になっているか不安が
つのり、苦労して持ち上げて来たスキーをここにデポして行くことにした。
チーヤンもこれには同意で、スキーを履いていたら強風にあおられて飛ばされる・・とアイゼンと
ストック二本で再出発したのが1000m付近である。予想通り行く先のルート上には何度もハイ松帯
を越える場面がありガスが立ち込めて強風となっていた。スキーを履いていたら難儀したことは間違
いなかった。ガスは一時ホワイトアウトになるほど先が見えない状態となり頻繁に標識テープを付け
たり、デポ旗を挿して帰路の遭難に備えた。そして、方向とトレースに神経を集中して山行を継続した。
時々ガスが切れた時、右側に見えたピークは、主稜線上の1159mピークであると分かり、おおよそ
の位置が確認出来た。ここは、まさに地の果て知床半島の真っ只中、人の立入りを拒むほど神秘で
神々しい世界を感じる場所だ。


★ 頂上への足取り・・・
前が見えずここに来て頼るのは事実上「トレース」だけだった。方向にも注意していたがトレースは
時折、別の方向を辿ることもあり、二人で顔を見合すこともあった。しかし、ここまでずっと迷い止め
のテープとデポ旗を付けて来たので、今回はもうしばらくトレースを信じることにした。
高度計は1200mを越え、大雪原から斜度を増していくと雪面も一層固くなり先の無い断崖絶壁の
場所に居た。まさにここは頂上稜線の岩峰帯に違いないと急に興奮する自分が居た。ただそのどこ
に居るのかがわからず、一番の高みを求めて慎重に西へ移動した。その時、一瞬だったがガスが
切れると辿る西側に突き出た高みが見えた。はじめそれは知床岳ではなくまったく別の山だろうと
思ったのだ。あまりに鋭く聳え立ち、ここよりすごく高く見えた。更にその手前には切れ落ちた絶壁
がある様に見えたのは私だけでなくチーヤンも同じだったようだ。しかし、地図を見るとそんな高み
は無くあれはいったい何なのか・・と慎重に近づいて見た。
手前の絶壁は、小さなコブに乗るとその高みと繋がっていて何でもない痩せ尾根だった。
少し回り込むようにコブを降りてひと登りするとその高みの上に立ち向こう側は下がる一方の稜線
だった。つまり、ここが念願の頂上なのだ。

10:50の登頂である。
北側は断崖絶壁、南側も少し降りると深い沢状の地形になっているので頂上の再確認とした。
何か狐に摘まれた感じの登頂だった。「ここが知床岳頂上だよ・・」とチーヤンと信じられないような
現実を確かめ合った。
テン場から登り5時間。涙が出そうな登頂劇に感動する。「やったネェ、やったネェ~お父さん・・」
とチーヤンも感極まっていた。よく頑張った・・と固い握手をしてリベンジ成功に達成感で一杯だ。
そして少しでも見せてほしいと念ずると、また一瞬だがガスと風が止み稜線上と南側の一部が見
え隠れして満足感はいっそう倍増した。
ほんとうにありがとう・・・・。諦めずに登ってきて良かったとうなずく二人だった。
強風の中、何とか写真だけは撮って早々の下山を開始した。自分たちが居る場所を確かめるように
登ってきたルートを忠実に戻り、付けて来たテープを一本一本回収しながら降りていった。
頂上稜線から離れ大雪原に来るとガスの中に挿して来たデポ旗が点々と見えた。
いつもながら、無事に帰れる・・と安堵する証のテープだ。



一面大雪原の半島大地、ホワイトアウトから一変して陽が差しオアシスと変わる
                             ・・・しかしまた、ガスが立ち込めて来た。



辿り着いた地の果て「知床岳」


★ 下山・・・
天候が少しでも回復して来ると辿って来たトレースを何度も振り返る。
すると知床岳頂上稜線が雪原の向こう側に見え隠れする。見る度に感極まる思いが蘇えってくる。

トレースとデポ旗が無ければこの雪原を正しい方向に導くのはかなり難しかっただろう。ただ、今は
GPSという画期的なキカイがあるがエバの好むところでは(ただ買えないだけ・・)無いので難しくても
地図とコンパスそして五感で歩く山行を楽しみたい。

12:00 標高1000m付近のスキーデポ地点に着く。気温も上がり雪も緩んできてツボ足だと時折
「ズボッと」埋まる。スキーは再び背負い、急斜面を慎重に降りた。そして600m付近で緩斜面にな
ったところで一気に安堵感となり、頂上で飲むはずの缶ビールを開けた。
最高に旨い一杯が五臓六腑に染み渡った。

13:55 テン場に到着。
スキーはシールを着けたままでも充分楽しんでの到着だ。余裕の帰還に快晴の日差しをゆっくりと
浴びて今日の山行を振り返る。感謝を込めて知床を仰ぎテント撤収、下山した。



後ろが知床岳頂上なのだが・・・


下山時、大雪原に晴れ間が覗く・・・向こうに見えるは知床岳か?


1000m台地上、少しずつハイ松が顔を出す・・・


南東尾根の600m付近の急斜面を降りる・・・


安堵する標高450m付近で休憩・・・振り返りまたホッとする。

★ 親爺に見送られて・・・
 お世話になったテン場から海岸まではトレースを辿ってほんの45分で着いた。
しかし、途中で生々しい山親爺の痕跡を目の当りにして慌しく笛を出す始末だ。ピィーピィーと静かな
白樺林に奇声を上げるエバ。相泊の登山口で地元の漁師が話していた事は嘘ではなかった。
(嘘とは思っていなかったけど・・漁師のおじさんごめんなさい)海岸に着いたときは本当に安堵して
下山したぁ~と実感した。でも今思うとあれは、「お前たち良く来てくれたね・・」と知床の主が見送り
に来てくれて近くで見守っていてくれたのだ・・・・と思えて笛を吹きまくった事を少し後悔している。

地の果て知床、神秘の知床は俺たち二人を自然と受け入れてくれたと感謝している。

本当にありがとう・・・





南東尾根の取付き、流氷は少し離れるも感動の景色に違いは無い・・・


使ったテープは47本、デポ旗は15本使用した。

俺たちの知床にありがとう・・・
【3月24日(月)】 雨
昨夜は、知床・羅臼道の駅の駐車場で車中泊した。
二人とも満足感に浸りながら知床温泉郷の一つホテル「峰の湯」で汗を流した。
本当に温まるいい温泉だった。静かな道の駅は私たちの貸切、リベンジを終えて思う存分にビール
と酒で祝杯した。

朝目を覚ますと外は雨だった・・。
予報通りだ。テントを撤収し下山して良かったと改めて思う。
すへてが忘れられない知床の夫婦登山だった。
来年以降も毎年知床を訪れ一つひとつ未踏の山々を楽しみたいと思った。

帰宅は、14:24 891㌔だった・・。



※ 私たちの記録が少しでも山を目指す方々のお役に立てたら幸いです。
また私たちも再編しながら新たらな気持ちを向上させるキッカケになっています。
記録はあくまでも私たち個人のレベルなのでルートやタイム、テン場などは参考程度に
読んで下さい。